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第百十六話 リッチの言い分

「そもそもリッチという種族は吸血鬼やオーク、或いはサキュバスの様に……そうだな、『特殊』な生まれを持ったものではない。元来人の子であった我々が艱難辛苦を極めて『不死』を手に入れた事によって初めてリッチになる。リッチに生まれたのではない、リッチになるのだ! といった所か」

「……」

「まあそんな訳で種族的な纏まりは非常に弱い。言ってみれば堕天使族と近しい感じだが、あちらは『天使』という種族的な纏まりがある分、幾らかマシだろう。元々の天使界での序列もあるしな。そもそも、リッチ族は魔族かどうかすら怪しい所もある」

「……そうなのか?」

「『死ぬ』という行為は神が許した一つの真理、というのがあちらの考え方だ。神の真理に背いた我々をあちらは認めようとはしない。無論、人間界でも死を超越した存在なんて気味悪がられるのがオチだ。そう言った意味では、我々が住めるのは魔界だけ、といった所だな」

 そう言ってアリスは炬燵の天板の上に置かれたコーヒーを両手で持つと美味しそうに啜る。色々と言いたい事はあるんだが、話が進まないで続きを促す様に口を開く。

「じゃあ、何か? 迫害されているから、今の状況を是正したい、とでも?」

「まさか。勘違いするな、新魔王殿。私は別に迫害されているなどと思った事はないし、私以外のリッチもそうだろう。そもそも、少し『おかしい』人間がリッチになるんだ。今更差別だ迫害だと騒ぎ立てるつもりは毛頭ない」

「……じゃあ、なんだよ? 俺を新魔王として認める『条件』って?」

「リッチ族は不死に至った人間の集まりだ。言い方は悪いが、頭の作りは普通の人間とは段違いに、違う。知識量だけなら神にも劣る事はない、とそう思ってすらいる」

 チラリと視線をヒメに送る。こういっちゃいるが、流石に今のコイツの姿を見てそんな感想は浮かばないんだが……

「……アリスの言っている事は正しいわ。リッチは智の探究者にして大賢者。その頭脳はずば抜けているの。アリス・ワンダーワンドだって……その……こんなんだけど、『智の深淵を覗くもの』と言われているのよ」

「……看板に偽りありまくりな気がするが」

 いや、まあこう見えて凄いのかも知れんが。そんな俺のジト目に気付いたのか、アリスが面白そうにカンラと笑う。

「知識は披露する時と場所に応じて、だ。ゆくゆくは披露する機会もあるのだろうが……まあ、そんな事はどうでも良い。ともかく、そんなリッチ族なのだが……最近、少々困った事になってな」

 そう言って少しばかり眉根を寄せるアリス。ここまでずっと、大胆不敵というかなんというか、まあともかく偉そうな態度をしていたアリスらしからぬその表情に俺は心持真剣に聞くために体を前のめりにして。


「――最近、『この知識を魔界の発展の為に使うべきだ!』などと言いだす輩が現れおったのだ!」


「――――は?」

「私の双子の妹であるマリン・ワンダーランドがその筆頭! 私が部屋で〇ちゃんを漁っていると『姉さま! 何をしているのですか! その深謀遠慮をどうか魔界の為にお使いください!』などとほざきおってからに!」

「…………待て」

「そもそもだな? 私がリッチに――なんだ、新魔王殿?」

「いや……ええっと……え?」

 その持てる知識を魔界の発展に使うって……

「……良い事じゃね?」

「バカな事を言うな! 我々はリッチだぞ? リッチは人の道に外れた、いわばアウトローの人間だ! そんな我々が表舞台に立つことは在ってはならぬ! 暗い部屋でパソコンのモニターの明かりだけで暮らすのが我々リッチの本業だろう! 湿度と暗闇だけが友達さ!」

「それはナメクジの発想だ! いや、待て待て! でもその……妹? マリン? その子の言ってる方が正しいだろう? 別に魔界はアウトローだろうが何だろうが気にしない……と思うぞ? 少なくとも俺が新魔王になったら、そんな所で差別とか区別するつもりはねーし」

 ……そう考えると魔界って随分懐深いよな? むしろ心が一番広いのは魔族なんじゃね?

「……はぁ。君にはがっかりだよ、新魔王殿」

「……なんでだよ?」

「良いか? 私はなぜ、リッチになったと思う?」

「いや、そんなものいきなり聞かれても」

 知る訳ねーだろ。そんな俺の視線に気付いたアリスが、心持胸を張る。


「働きたくないからだ」


「………………は?」

「人はどうやって生きる? そうだ、パンを食べて生きる」

「いや、何にも言って無いんだけど……」

「パンを食べるにはどうしなければいけない? そう、お金が無くてはいけない。そして、お金を手に入れる為には何をしなければいけない? そう! 働かなくてはいけないのだ!」

「……」

「……私は嫌だったんだ。毎日毎日、王城の研究室に朝九時から夕方の五時まで出仕し、行きたくもない飲み会に参加し、愛想笑いを覚え、上司のセクハラにも耐え、そして雀の涙ほどの給料をもらいながら何十年も働かなくてはいけない様なそんな生活、私には耐えられなかった!」

「……」

「だから、私はリッチになったんだ! 不死を手に入れ、働かなくても生きていける様に! 食事もせず、日がなだらだら暮らしていける様な、そんな生活を手に入れる為に! その夢がようやく叶ったというのに、なぜ今更働かなくてはならないのだ!? 意味が分からない! 働きたい奴だけ働けばいいだろう! 私は嫌だ! 絶対に働きたくないでござる!」

 まるで『ドンっ!』と効果音の付きそうな勢いで一息で喋ると鼻から『ふんす』と息を吐き出すアリス。いや、言いたい事が腐る程あるんだけど……

「……取りあえず、なんだ? それって手段と目的が入れ替わって無いか、おい?」

 楽して生きて行きたいから、不老不死になる努力をするって無茶苦茶矛盾している気がするんだが。

「先程『艱難辛苦を極めて』なんて言ったが、実際は然程苦労した訳でもない。ちょこっと勉強して不老不死の薬を開発しただけだ。スポンサーも付いてたし、金銭面で苦労をした記憶も無い」

「……そんなちょこっとで出来るもんなのか、不老不死のクスリって」

「さあ? マリンは数十年ぐらいかけて研究してたがな。昔から要領が悪いんだ、アイツは」

「……」

 いや、要領とかじゃないと思うんだが……なんだ? コイツ、実はマジで規格外の天才だったりするのか?

「……でもなんだ? インターネットするのだって金掛かるだろ?」

「その辺りはアレだ。日本のシステムを採用した」

「日本のシステム?」

「他人の家から電力を源泉徴収」

「盗人だ!」

 ダメだろ、それ!

「冗談だ。余暇で作った新薬やなんやらの特許があるからな。働かずともその権利料が振り込まれてくる。大して使うアテも無いんで溜まる一方だしな。な? 働く必要が無いだろ?」

「……」

「だからまあ、私は働きたくないし、働く必要もない。なので新魔王殿にお願いしたい事はただ一つだ」

 そう言ってその美しい顔ににこやかな笑みを浮かべて。


「私と共に、あの悪辣非道なマリンを打ち破ろう! そして、誰もが働かなくても生きていける魔界の創生をっ!!」


 ……腐った事を言いやがった。


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