第百十四話 キャラが被る!
早めに――まあ、あんなことがあったから仕方ねーんだが、切り上げたのが早かったから夜の九時前には家に帰りついた。
……うん、皆さんにお見せしたかったね。
時間も時間という事で、ウチに勢ぞろいしていた妹ズ&魔界のプリンセスであるヒメ、全員が全員劇的ビフォーアフターかましたトリムの姿に、美少女がしちゃだめな大口開けてポカンとしてたからな。最初は全員、トリムだと認識しないレベルではあったが、まあ、そこはなんとなく醸し出す『トリム感』に全員が全員、これをトリムだと認識し、その上で『キレイ!』『凄い!』『めっちゃ美人です、トリムさん!』なんて大絶賛してたんだよ。
「…………詐欺です」
……一人を除いて。
「え、ええっと……」
「こんなの、詐欺じゃないですかぁ! なんですか、なんですか? メガネを取ったら美少女並みの詐欺じゃ無いんですか、こんなの! 許されませんよ、こんなの! そこのところどうなんですか、トリムさん!」
「ひ、ひぅ! ま、マリアさまぁ!」
とんでもない程血走った目で詰め寄る女性――まあ、奏だが、奏のその勢いに怯えた様にトリムが俺の背中にその体を隠す。ああ、こないだは俺の体に隠れようとして体型デカすぎて全然隠れて無かったな~なんてしょーも無い事を考えていたら。
「なんですか、マリアさんまで! そんな顔をして!」
「どんな顔だよ?」
「魔王ヅラです!」
「……いや、酷くね?」
生まれつきなんだよ、この顔は。
「だって! だってぇ! 今のマリアさん、どう見ても美少女のお姫様を攫って来た魔王みたいな顔じゃ無いですか! トリムさんも凄くお淑やかなお姫様ですし! こんなの詐欺です! ズルです! ズルいです!」
「……や、まあ俺の魔王ヅラはともかく……いや、攫って来たと云うのも語弊があるが……つうかな? そもそもトリムはサキュバス族の姫だぞ?」
『美少女のお姫様』ってんなら、まんまその通りだろうが。なんだよ、『ズルい』って。
「……お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「……ん?」
首を傾げていると、腰のあたりをトントンと叩かれる軽い衝撃を覚える。そちらに視線をやると咲夜が若干呆れた顔を浮かべて奏を見やっている姿があった。
「どした?」
「奏ちゃんはね? 焦ってるのよ」
「……焦る?」
……何に?
「イヤだってさ? ちょっと信じられないけど、今ってお兄ちゃん、人生最大のモテ期が到来している訳じゃん? 美少女何人も侍らせての酒池肉林、正に魔王っぽい展開の真っただ中にいる訳じゃん?」
「……言い方に一々引っ掛かるモノを覚えるが……」
まあ、間違ってはいない。ヒメを初めとして麻衣や鳴海や奏、ローザやクレアに今ではトリムまでもだかんな。一か月前の俺が知ったらひっくり返るんじゃないか?
「でね? そんなモテ期到来のお兄ちゃんのハーレム要員の皆様ですが、まあそうは言っても皆『色分け』出来てたわけだよ」
「ハーレム要員って……ん? 『色分け』?」
「麻衣ちゃんは元気っ子キャラ、鳴海ちゃんは気弱な妹キャラ、ヒメさんは守ってあげたくなる正統派ヒロイン」
「……」
麻衣や鳴海はともかく……最後のなんだよ、最後の。
「そんでクレアさんはメイドさんで、ローザさんは昔は敵で今は愛人っていう美味しいポジションじゃん? 特にローザさんなんて年末には絶対有明に行列できる感じのイイ感じのポジションだと思うんだよ。敵につかまり、無理やり愛人にされた綺麗な吸血鬼なんて」
「年末の有明とか言うな!」
聞きたくない! 妹からそんな言葉は聞きたくない!
「ま、私の事は良いじゃん。ともかく! そーんな皆さんの中で奏ちゃんは『お嬢様キャラ』だったワケ」
「……」
「んで、今のトリムさんよ。掃除、洗濯、料理と家事は完璧。お兄ちゃんとセッション出来るほどのベースの腕前を持ち、しかも美少女の奥ゆかしいお嬢様だよ?」
「……」
「つまりね、お兄ちゃん?」
そう言って、たっぷり二秒。
「――――奏ちゃん、がっつりキャラ被っちゃったんだ!」
「いやぁあああ! 言わないで! 言わないでください、咲夜さん!」
親指をぐっと上げて良い笑顔でそんな事を宣う咲夜に対し、奏がその場で崩れ落ちる。いや、咲夜? 仮にも親友で幼馴染をそんな扱いしてやるなよとか言いたい事は沢山あるが。
「…………あのさ、咲夜? 流石に奏を『お嬢様キャラ』って言うのは無理が無いか?」
「…………へ?」
「何処の世界に服にちょっとアクセサリーが引っ掛かったからって不良をタコ殴りにするお嬢様が居るんだよ」
なんだ? 俺だけ違う世界線で生きてるのか?
「そ、それは……まあ……う、うん」
「だろ? つうかだな? 『キャラが被る』? は! 奏とトリムで何処がキャラが被るんだよ? トリムは家事全般完璧キャラだぞ? それに比べて奏は家事は全滅じゃねーか」
「な、なんですかマリアさん! 私の事をトリムさんの下位互換とでもいう気なんですか!」
「いや、そもそも下位とか上位とかじゃねーよ」
土俵が違うんだよ、土俵が。
「ど、土俵が?」
「そう。ええっと……ああ、アレだ。同じ演算機器っていう括りでもパソコンと電卓だったら全然違うだろ? それだ、それだ」
電卓をパソコンの下位互換……って、云う人間も要るにはいるだろうけど、用途は全然違うだろ? あんな感じだ。
「だ、誰が電卓ですか! 私の事を一山幾ら、九百八十円の安い女だと言っているのですか、それは!」
「ちげーよ!」
あー、もう!
「……わざわざ家計簿付けるのにパソコン立ち上げて電卓使う人間なんかいねーだろうが。それと一緒だ」
「最近はそういうソフトもあると聞いていますが」
「……俺は手書き派なの。ともかく、その……なんだ? だからまあ、アレだよ、アレ。別にキャラが被ってるとか、そういう事を気にするんじゃ無くてだな? 要はその、アレだよ」
「ええっと……マリアさん? アレばっかりでは……」
だから!
「…………別に、お前はお前で良いんじゃねーか? 誰と似てるとか、キャラが被るとか、そんな事気にしなくても。アレだ。皆違うから、皆良いんだよ」
まりあ。某有名詩人も言ってるだろうが。
「……マリアさん……!」
俺の言葉に、奏の目がキラキラと輝きだす。うん、まあ、そこまで喜んでくれるのは嬉しいんだよ? 嬉しいんだが、その、なんだ? トリムさん? 後ろで俺の背中を力一杯ぎゅーっと抓るのは止めて――
「――ふむ。新魔王殿はそういう性格か」
不意に。
室内に聞いた事のない声が響く。
「……誰だ?」
「……ん? ああ、すまない。夜分に急に押し掛けた非礼を詫びよう、新魔王殿」
声はすれども姿は見えず。注意深く警戒心を持って辺りを見回す。
「何処を見ている。此処だ、此処」
声は、自身の下方から。慌ててそちらに視線を向けると、そこに。
「済まんな、お邪魔している。ああ、新魔王殿? 炬燵の上のみかんを取って貰えるか?」
炬燵に体全部を入れ、首だけをすっぽりと出している美少女と目が合った。




