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第百十一話 覚醒


 腰まで届くロングの黒髪に、パッチリと大きな瞳。その瞳も、今やなんだか泣きそうに潤んだままでこちらを見据える絶世の美女。

「まりあ……さまぁ……」

「……お前……トリム、か?」

 辛うじて――本当に辛うじてだが、俺が仕立てた今ではオーバーサイズのだぼだぼになったその服だけがトリムの面影を残す。劇的ビフォーアフターなんてメじゃねーよーなスーパー大変身を遂げる、なんて事があって良いのか悪いのか、信じられない思いで声を掛けた俺に目の前の美女はコクリと小さく頷いて見せた。

「……マジかよ」

 いや、マジで。はぁ? なんじゃ、そりゃ? さっきまでボンボンボンのドラム缶体型だったトリムが今じゃ出るとこは出て引っ込み所は引っ込む絶世の美女だぞ? んなもん、有り得る――

「――って、おい!」

 まるで生まれたての仔鹿の様、ふらふらと覚束ない足取りでこちらに歩いて来ようとするトリムの服が、まるで漫画の様に『ずるっ』と擬音でも付きそうな程に派手にずり下がる。考えてみれば当然、先程のドラム缶型トリムとこのニュータイプトリムじゃあまりに体型も違いすぎる。そんな自身の醜態に、先程までの夢遊病者さながらの瞳をしていたトリムの瞳に光が戻り――って、言ってる場合か!

「トリム!」

 慌てて駆け寄り、自身の着ていたジャケットをトリムに着せる。先程までのドラム缶体型ならいざ知らず、随分小さくなったトリムに俺のジャケットは十分過ぎるくらいに丈もあるのですっぽりその体を包み込んだ。

「あ、ありがとうございます!」

 俺のその行動に呆気に取られたのは一瞬、恥ずかしそうに――それでも嬉しそうに頭を下げるトリム。その笑顔があまりにも綺麗で、なんだか若干ドキドキしてしまう。

「べ、別に。普通だろう、普通」

 そんな自分が恥ずかしいやら格好悪いやら、俺はトリムから視線を外し、頭をポリポリと掻きながら視線を会場に飛ばして。

「………………へ?」

 会場中の男――否、男だけではない。会場中、それこそ同族である筈のサキュバスですら見惚れる様にトリムを見つめる視線に気付いた。漫画的表現なら、瞳にハートマークが浮いているだろう男たちの視線に、それぞれのパートーナーであるサキュバス達が一様に何かに気付いた様に自身の連れ合いの意識を取り戻そうと必死にモーションを掛けだす。あるものは『何見てるのよ!』と憤り、またあるものは『ほ、ほれ! こっちも見てよ!』とまるで哀願するように男の袖を引っ張る。ある種、地獄絵図のその光景を見るとは無しに見つめていた俺の耳元に、不意に聞きなれた声が聞こえて来た。

「……いや~、やってくれたね、マリア君!」

「……どこでも現れますね、貴方」

 聞きなれたその声に視線を向けると、分かり切っていた事ではあるがそこには底抜けお気楽、最近では明るい家族計画を実の娘に打ち明けるノー天気魔王様の姿があった。

「此処、ある程度セキュリティー厳しいはずなんですけど?」

「まあ、魔王様だし? それにほら? これってサキュバス族の同窓会でしょ? よく考えたら私にも参加資格あるかな~って」

「え? 無いでしょ?」

「だって私、魔王様だよ? この子達のボスの、更にボスだよ? 枝の仔が悪さしない様に見張るのだってトップの大事な役目じゃん?」

「『枝』って」

 ヤの付く自由業の方じゃないんだから。って、そんな事より。

「……さっき魔王様、『やってくれたね』って言ってましたよね? 俺、なんか不味い事しました?」

「ん? ああ、不味い事? ぜーんぜん。むしろ良い仕事をしたと思うよ、マリア君。なんせトリムちゃんを『覚醒』させたんだからね!」

 そう言って親指をグッと立てる魔王様。えーっと……

「……覚醒、ですか?」

 いつの間にか俺の隣に立っていたトリムがおずおずとそう声を掛ける。そんなトリムの姿に目を細めて、魔王様は小さく頷いて見せた。

「いや~、本当に綺麗になったね、トリムちゃん! トリムちゃんのお母さんの若い頃にもう本当にそっくりだよ!」

「……母の若い頃に、ですか?」

「そ。覚醒前のトリムちゃんもお母さんそっくりだったけど、今のトリムちゃんの方がもっとお母さんに似てるね~。そだ! 折角だし見て見る? 昔のトリムちゃんのお母さん!」

 そう言って魔王様がごそごそとポケットの中を漁ると、一枚の写真を取り出す。少しだけ角が色あせたその写真には今と大差ない容姿の魔王様が映っており、その隣には。

「……トリム?」

「い、いえ! 私はこの様な写真を取った覚えは――」

「うん。だからコレ、トリムちゃんのお母さんだって。まだ私も結婚前で、トリムちゃんのお母さんも結婚前の写真。仲良しだったんだ、私たち」

「――ありま……え? お、お母様? こ、これ、お母様なのですか!?」

「そだよ~? 『トリムには絶対見せないで!』って言われてたけど、『覚醒』したらいっか! って思って最近ずっと持ち歩いてたんだ~。いや~、思ったより早かったけどね~」

 そう言って写真をヒラヒラと振って見せる魔王様。いや、仮にも仲良し名乗るんなら『娘に絶対見せないで!』って言われた写真を無許可で見せるなと思うんだが……そんな事より。

「えっと……未確認ワードが出て来たんですが? 覚醒?」

「そ、覚醒」

「なんすか、その中二病満開のワードは」

 少しだけ頭が痛いぞ、おい。

「文字通りだよ? サキュバス族、それも限られたサキュバス族の一族はある条件を満たすまでは……あんまり良い言い方じゃないけど、『醜い』容姿で生まれるんだ。トリムちゃんのお母さんしかり、トリムちゃんのお祖母ちゃんしかり……トリムちゃんしかり」

「……」

「でもね? そんなサキュバス族の特殊な一族――まあ、族長家なんだけど、族長家の人々はある条件を満たすとその容姿が変化するの。その現象を指して、その一族は『覚醒』と呼んでいるんだよね」

「……そんな話、初耳です」

「そりゃそうだよ、トリムちゃん。なんせこれ、サキュバス族のトップシークレット……とまでは言わないけど、少なくとも時期族長候補には伝えちゃいけない決まりになってるのよね」

「……そうなんです? つうか、別に伝えてあげれば良いんじゃねーんですか?」

 少しだけ。

「……マリア君?」

「だって、そうでしょ? トリムが……まあ、今みたいな美少女に変身できるんなら、それを教えてあげれば良いじゃないですか」

 少しだけ――否、がっつり、腹が立つ。

「トリムが、サキュバス族の学校や社会でどれだけ辛かったか、俺には想像に過ぎません。過ぎませんけど、でもやっぱり、それはきっと辛いモノだったと思うんですよ」

 自らを醜いと思い。

 信頼できる友人なんて、ほんの一握りしかいなくて。

 寂しそうに、『自分は醜いから』なんて笑うトリムの姿が。

「……なんすっか、サキュバス族って? そんなトリムを嘲笑う様な事する一族なんですか? 趣味悪いですよね、それ?」

 そんなトリムが――堪らなく、可哀想で。

「……ま、マリア君の言う事も一理あるよね~。私だって、トリムちゃんのお母さんが随分悩んでたのも知ってたし? 彼女が大変身した時にはびっくりしたもん。そんでその事を、覚醒の事実を『内緒』にしてたって聞いた時には思わずサキュバス族にカチコミ掛けてやろうかって思ったぐらいだし」

「いや、カチコミって」

 キャラにはスゲー似合うけどさ。

「でもね? サキュバス族の覚醒の条件を聞いたら納得したんだ。そりゃ、隠しておかなくちゃならないな~って」

「……覚醒の条件?」

「そ。覚醒の条件。マリア君、知らないの? お約束だよ、お約束! なーんの代償も無しに覚醒できるなんて、世の中そんな美味い話がある訳ないじゃん? ピンチになったら秘められた力が発動するのと一緒よ、一緒。某野菜の星の人々は怒りで超が付くバージョンに変身するでしょ? あんな感じでサキュバス族にも覚醒のカギとなる感情があるんだよ!」

「……カギとなる感情?」

「そ! サキュバス族の覚醒を促すカギとなる感情はね――」

 そう言って魔王様は再び親指をグッと上げて片眼を瞑って見せて。



「――恋だよっ!」



 ……頭痛くなってきたぞ、おい。


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