第百八話 サキュバスの同窓会
海津国際ホテル。
海津駅前に立地するそこそこ大き目なホテルであり、学界やなんやかんや――という程大きい規模のイベントは海津で行われる事は無いが、少なくとも同窓会や、或いは地元の商工会議所の忘年会・新年会では必ずといっていい程使われるホテルである。
「にしても、まさかサキュバスの学校の同窓会が海津国際ホテルで行われるとは。サキュバスって海津に多いんっすか?」
高校生男子的には然程使う事も無いホテルの前で若干ボケーっとしながらそれを眺めて言葉を漏らす俺に、小太郎先輩を挟んで隣の隣にいたユメ先輩が肩を竦めて見せる。
「まさか。当たり前だけど都会の方が多いわよ。東京とか大阪が多いんじゃない?」
「……んじゃなんで海津で開催なんです?」
「そりゃ……」
そう言ってユメ先輩は言い難そうに俺の隣――マリアプロデュースの衣装に身を包んだトリムに視線を向ける。
「……トリム様がいらっしゃるからね」
「……?」
ええっと……え?
「……どういう意味っすか?」
アレか? そうは言ってもサキュバス族の姫っていうヤンゴトナイ身分な訳だし、流石に遠出させる訳にはいかないし今いる場所で、みたいな感じか?
「そうではありませんよ、マリア様」
「トリム?」
頭と顔に疑問符を張り付けていただろう俺の言葉にトリムが笑顔で――寂しそうな笑顔を浮かべて首を横に振る。
「恐らく、私のいるこの海津市でやれば私が参加せざるを得ないと考えたのでしょう。遠方であれば参加出来ない『いいわけ』になりますから。近場なら、少しぐらい顔を出せるだろう、と」
「……それって」
「参加しなければしないで良い笑いモノに出来ますからね」
「ナターシャあたりの考えそうな事よ! ホントに底意地悪いんだから、あの子!」
悲しそうなトリムを庇う様、ユメ先輩がそう言って心持身を乗り出してトリムの姿を隠す。まあ、彼我の体格差もあり完全にどころか少しも隠しきれてはいないのだが。
「……それならさっさと顔だけ出して帰るか。ユメもトリムさんもそんな場所に居ても穏やかじゃ無いだろうしな。俺だってイヤだし……マリアもだろ?」
「うっす。気分のイイものじゃねーのは確かっすね」
そう言ってこっちに視線を向ける小太郎先輩に俺も小さく頷いて見せる。自分のツレ周りがバカにされるのは見てるのも嫌だしな。
「いやいや、マリア? 俺だって……それにお前だってきっと、サキュバスの集まりの中じゃ相当浮くぞ? こないだユメも言ってただろうが。男を『ステータス』って捉える奴ばっかだって」
「そ、そこまでは言ってないわよ!? 中にはそういう子もいるってだけで……そ、その、別に見た目が良いからってだけで選んだりしないわよ、サキュバスだって!」
小太郎先輩の言葉に慌てた様にユメ先輩がフォローに入る。フォローに入るが……まあ、アレだ。身内以外のファーストコンタクトのサキュバスが『アレ』で、加えて心優しいユメ先輩やトリムを仲間外れにしてた連中じゃ、レベルは推して知るべしな感じもする。
「ま、俺は容姿云々に関しては言われ慣れてますんで別に構いやしませんが」
「……なんだか聞いてるだけで悲しくなるセリフだな、それも。だからって別に『そういう』風に見られたいって訳じゃねーんだろ?」
「そりゃ……まあ」
俺に向けられる視線ってのは『恐怖』であり、それは言ってみれば『悪意』と一緒のタチのもんだし。俺だって悪意に慣れてはいるが、悪意に鈍感な訳じゃねえ。むしろ、悪意に晒され続けてるだけに、どっちかって言えば敏感な方だしな。
「だろ? ならお互い、精神衛生上長居するのは良くはねーだろ? まあ、ちょっと顔出してさっさと帰ろうぜ。そうだ。折角だしなんか喰って帰ろうぜ」
「良いっすね、それ。肉喰いたいです、肉。焼肉とか良くないです? 先輩の奢りで高い肉喰いたいです!」
「……お前に奢りとか恐怖しか感じないんだが」
「甘いっすね、小太郎先輩。トリムも俺並みに食いますよ?」
「ま、マリア様! わ、私はそんな事は!」
なんてトリムから突っ込みが入るが……いや、トリムさん? お前、俺といい勝負位に食う方だからね?
「……高い肉は勘弁だな。まあ、食べ放題の焼肉屋ぐらいなら奢ってやろう」
「泣くのは店だけだしね、それだったら」
肩を落とす小太郎先輩に、ユメ先輩が楽しそうに声を掛ける。先程までの何処か暗い雰囲気を吹き飛ばす様なそんな空気に思わず俺も口角を上げ、トリムを先導するようにホテルの入り口をくぐる。『鳳凰の間 夢の同窓会様』と書かれた看板に視線を飛ばし、『ああ、夢魔だから夢の同窓会か』なんてしょーも無い事を考えて、俺たち四人はエスカレーターを上がって会場の『鳳凰の間』のドアを開ける。
「――っ!」
ドアを開けた瞬間、まるで空気までも『甘い』と感じる様な錯覚に囚われる。そこには色とりどりのドレスに身を包んだ美女が、会場内を埋め尽くしていた。
「……」
否、埋め尽くす、では語弊がある。会場内に居るの精々十人程度の女性だけだ。だって言うのに、その十人程度の醸し出す圧倒的な『オーラ』に当てられる。
「……すげーな、サキュバス」
咲夜について何度か芸能人のパーティーにボディーガード代わりに参加した事もあるが、あの比じゃねーよ。夜の女王の名は伊達じゃねーな。
「……んー? あ! ユメとトリム様じゃん!」
そんな『ドキ! 美女だらけの同窓会!』に若干引き気味の俺達に掛かる声があった。その声に、視線をそちらに向けて。
「遅かったわね~? 待ってたわよ~?」
まるでネズミをいたぶる猫の様。美女に言う言葉では無いだろうが……醜悪と言っても差し支えない、そんな下卑た笑みを浮かべるナターシャの姿があった。




