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第百七話 魔王様の錯覚教室


「……いや、凄い凄いとは思ってたんだよ? 思ってたんだけど……一晩で此処までやるって、流石マリア君だよね?」

 翌朝、結局徹夜になった俺の目の前で、いの一番に出社した社長(徹夜明けの俺の顔を見て悲鳴を上げた。酷い話だ)が完成した白のドレスを見て感嘆とも賞賛とも、それに呆れとも取れる微妙な笑顔を浮かべて見せる。

「……褒めてます?」

「褒めてるわよ、これでも。凄いな~って。それで? 今回のコンセプトは何?」

 服の裾を掴みながら『良く出来てるわね~』なんて呑気な声を上げた社長がこちらに視線を向ける。その視線を受け、俺も座っていた椅子から立ち上がりドレスに一歩近づく。

「……今回のテーマは『錯視』です。咲夜や麻衣ならともかく、今回はトリムですから……ある程度、サイズ感を意識して作りました」

 そう言ってワンピース型のドレスの胸元を指差す。

「胸元は思い切ってざっくり開けています」

「おお、せくしー。マリア君も男子高校生だね~」

「……揶揄うんなら説明しませんよ?」

「冗談だって」

 そう言ってごめんごめん、と笑顔で手を合わせる社長をじとーっとした目で見つめた後、小さく溜息を吐く。

「ミュラーリヤー錯視って知ってます?」

「聞いた事ある様な……」

「一本の線で両方に矢印が付いている絵、見た事ありません? 外側と内側に矢印が付いてて……」

「ああ、どっちが長いでしょうか、ってやつ? 同じ長さでした~って」

「です。あれは鋭角なら鋭角ほど細く見えるって錯視を利用した問題なんですけど、それをファッションに取り入れると」

「ああ、なるほど。Vネックの方が細く見えるってやつ?」

「そう言う事です。加えて、上をトリムが来てもゆったり目、ウエストに向けて絞って裾は大胆に大きく開いてみました」

「まるでウエディングドレスだもんね、コレ」

「そこまででは無いでしょうが……まあ、細身の人なら綺麗なIラインでより細く見せるんでしょうけどトリムじゃ無理ですから。なもんで、思い切って短めのワンピースっぽく裾を切って、そっから覗かせる足を細くするようにしました。裾が広ければ広い程、出て来る足は細く見えますからね」

 ちなみにこれ、『ジャストロー錯視』とか言ったりする。

「なるほど。でも、白にしたんだね?」

「……と、言うと?」

「いや、白って膨張色じゃない。逆に太って見えるかなーって」

 色には大きく分けて二つある。膨張色と収縮色の二つだ。細かい説明は省くが、白を筆頭にした淡い色はなんとなく太って見えるし、黒を筆頭とした濃い色は引き締まって見える、ぐらいのイメージで良い。

「仰る通りです。なもんで、今回はこれも用意しました」

 そう言って俺は机の上から一着のコートを探し当てると、手に持って広げて見せる。足元まで届くような黒のロングコートをマジマジと見つめ、社長はん? と首を傾げて見せた。

「これ?」

「です。これ、横の面積を結構大きめに取ってるんですよね。だから、トリムでも前をしっかり合わせられる形にしていますので……」

 そう言って俺はドレスに黒のコートを羽織らせて見せる。

「……へー。白のドレスを少しだけ見せる、って感じ?」

「敢えて前を止めずに、ストライプっぽい感じになる様にして見せました。バイカラー錯視ってヤツですよ」

 一般的に、横縞よりは縦縞の方が痩せて見えるって聞いた事あるだろう? 流石にドレスでピンストライプってのも……まあ、無くは無いんだろうがちょっとな感じもしたんで、こういう感じで無理やりストライプを作って見たってワケ。

「幸い、トリムは身長自体はありますから。コートの着丈を長めに取ればフィック錯視も使えますしね」

「フィック錯視?」

「横に置くより縦に置いた方が細く見えるってヤツです。これで、なんとなく高く、そして細く見える様になりますから」

「へー」

「後は黒のストッキングと黒のヒールでも履かせて多少でも足を長く見せればそれだけ細く見える、って寸法です」

「フィック錯視的に?」

「フィック錯視的に」

 もうホントに誤魔化しのオンパレードだ。だがまあ、これぐらいしないと流石にトリムを細く見せるってのは無理だからな。

「最も、流石に室内ではコートも脱ぐでしょうから気休め感は拭えないんですが……まあ、後は黒のストールでも羽織って俺が黒スーツでも着て隣に立てば少しはトリムも小さく見えるんじゃないですかね?」

 近くによりデカい物体があれば、相対的にその隣の物体は小さく見えるのは説明するまでもねーだろ? アレだ、某芸人さんの『俺の顔がデカいからや!』ってヤツだ。

「なるほど……んじゃこれ、マリア君の技術の粋が詰まった一品ってワケね?」

「んなオーバーなもんじゃねーですよ」

 実際、ドレス自体にはさして仕掛けをしている訳でも無ければ、ぶっちゃけさして時間が掛かった訳でもない。それに加えてコートを作ったりストールを作ったりの時間を加味したから徹夜になった、ってだけで、要は必要な品数が多かったから時間が掛かったってだけの話だ。

「ふーん。ま、マリア君がそう言うなら良いけど……」

 そう言ってもう一度、ドレスとコートをマジマジと見つめる。

「……でも、ちょっとトリムちゃんが羨ましいわね」

「へ?」

「だって、愛しの男の子が自分の為だけに一着、それも自分の事を考えて服を作ってくれるんだよ? これ、女の子としては幸せな事だと思うわ」

「……そうっすかね?」

 っていうか、女の『子』って。社長、とし――

「……失礼な事、考えてるでしょ?」

「か、考えてません!」

 こわっ! エスパーかよ! 

「そ、それはともかく! そ、その……い、愛しの男の子? そんな事はねーですよ、別に」

 実際、俺とトリムの間にあるのは『魔王とサキュバスの姫』ってだけの話だからな。言ってみれば政略結婚、別に恋だ愛だの恋愛感情的な――

「ふーん」

 ――なんですか?

「それじゃ……」

 そう言って社長は良い笑顔を浮かべて俺の後ろを指差して。



「そこで、幸せそうに眠ってるトリムちゃんを見つめて、もう一回言ってみて?」



 そこには、寝落ちしたままでは風邪を引くだろうと思い掛けてやった俺のコートの端を握りしめて笑顔を浮かべてスヤスヤと眠るトリムの姿があった。


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