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第百六話 サキュバスの姫の恋心


「……マリア様?」

「……ん? と、なんだ、トリムか。どーした?」

「その……もうこの様な時間です。そろそろ……」

 トリムの言葉にチラリと視線を壁掛け時計に向ける。時刻は午前二時、既に半日以上このKIDの事務所に籠ってチマチマチマチマ裁縫をしていた事になる。

「あー……もうこんな時間か。お前はそろそろ寝ろよ、トリム」

「い、いえ! マリア様が私の為にして下さっているのに、私だけ寝てしまうなんて、そんな……」

「バッカ。俺はほれ、少々目の下に隈が出来た所で凶悪面が極悪面に変化するぐらいだからさして問題はねーけどよ? お前、明日は主役じゃねーか。流石に主役が目の下に隈作ってたら不味いんじゃねーの?」

「あ……い、いえ、その、私達サキュバスは夜と夢と共に生きる魔族ですので」

「ああ、そういやそうか。夜行性だもんな、サキュバスって」

「そ、そんな動物の様に言われても困りますが」

 そう言って困った様に苦笑して、トリムは俺の隣に腰を下ろす。長い髪から香るシャンプーの香りにドキドキ――はあんまりしないが、それでもまあ流石にトリムを隣に置いた状況で裁縫は無いか、と思い俺は明日のパーティー向けのドレスを側の机においてボキボキと骨を鳴らした。

「あー……肩こった」

「お、お疲れ様です。その……ものすごい音でしたが……」

「そりゃ十時間以上こんな事してたらな」

「す、済みません! 私のせいで!」

「ん? あ、ああ! すまん、そういう意味じゃねーんだ。つうかそんなに気にすんな! だってアレだ、ホレ! これは俺の趣味みたいなモンだしな!」

 い、いかん。疲れからつい、言い方が『こんな面倒くさい事』みたいになっちまった。いや、本当にこれは俺の趣味なんだ。だからトリム、そんな申し訳無さそうなツラすんなよ、な?

「……で、でも」

「昔っから麻衣とか奏に良く服作ってんだよ。スケジュールはタイトだけど、別にこんなもん苦でもなんでもねーんだって、マジで。ただまあ、やっぱり体勢は結構キツイからな」

 心と体は別モンなんだよな、マジで。こういうとなんか言い方がヤラシイ感じもするけど。

「だからそんなに気にするな。ホント、趣味だからさ」

 そう言ってマオハダな笑みを浮かべて見せる。マオハダ? 『魔王も裸足で逃げ出す』だよ。今は俺が魔王だけどな。

「……それでも、例え趣味だとしても、こんな時間まで、そんなに辛そうな顔をしてまでするものでは無いのではないですか?」

「……そっか? 趣味ってのは言わば遊びだろ? 遊びってのは楽しいモンじゃねーか。それこそ、時間を忘れてとか言うだろ?」

「ですが……」

 まだ何か言いかけるトリムの頭をポンポンと撫で、俺はコーヒーでも入れるかと立ち上がる。と、ずっと座りっぱなしの体勢だったからか不意に体がよろけた。立ちくらみっぽい感じに慌てて机に手を付く。流石に転ぶことこそなかったものの持ち前の体重の重さからか、ドンという結構大きめの音が室内に響いた。

「だ、大丈夫ですか、マリア様!」

「あー……大丈夫、大丈夫。問題ない」

 そう言って苦笑を浮かべて二、三度手をひらひらと振って見せる。が、流石にあれだけ派手に倒れそうになった以上誤魔化しもきかないか、顔にこれでもかと心配の表情を浮かべるトリム。

「問題ないワケないじゃないですか! そもそもマリア様! 今日は昼も晩もご飯を食べられていなかったですし! それなら倒れ――」

 そこまで喋り、トリムが口を噤む。そして、何かを思い出すようにしばし視線を中空に飛ばし、その後『はっ』とした様にキツイ視線をこちらに向けた。あ、これ、あかんやつや。

「マリア様!」

「は、はい!」

「今日の朝は何を食べられましたか!」

「……あ、朝は……その……た、食べてません」

「昨日の晩! 昼!」

「…………食べてません」

「マリア様! 何を為されてるのですか!」

 うお……怖っ! つうか、今のトリム、体型もあわさって物凄く怖いことになっていたりするんだが。

「お、怒るなよ。ほ、ほら? 俺もちょっとはダイエットでもしてみよっかな~って」

「嘘ばかり! マリア様、全然太ってはおられないでは無いですか!」

 つい冗談めかして喋ったら火に油を注ぐ展開に。おうふ……流石にこれは誤魔化しが利かねーか?

「……その……すみません、急に怒ってしまって。で、ですが……その、それは……わ、私の為、です……か?」

 そう言って上目遣いを向けて来るトリムに、俺は頭を掻きながらそっぽを向く。

「……まあ、ダイエットしろ、なんて言いだしたのは俺だしな。言った以上は責任も取らなきゃいけねーだろ、常識的に」

 何が嫌いって『これ、やっといて』って言って自分では何にも動かずに文句言う奴ほど嫌いなモンはねーからな。

「で、ですが! そこまでして頂くのは!」

「いや、俺も最初は健康的な、カロリー計算した料理でサポートって思ったんだよ? でも、鳴海のヤツが絶食って言ったろ?」

 マジで。最初はヘルシーだけど美味しい鍋料理とか考えてたんだけど。折角脳内レシピを漁って頑張って作るつもりだったのに……しかも、社長の話じゃ食事抜きダイエットはあんまりお薦めじゃねーんだろ? ひでー話だ。

「……それでは……先程、顔色が悪いと仰られていたのも……」

「……ま、燃費のイイ体はしてねーからな、俺」

 この体じゃ仕方ないけどな。流石にトリムに付き合って飯食わねーとしんどいのはしんどい。そもそも、そんなに脂肪がある方でもねーし。

「……して」

「ん?」

「……どうして、そこまでして下さるんですか?」

 まるで、捨て犬の様な潤んだ瞳。そんな瞳に見つめられ、ついつい視線を逸らす。

「……まあ、乗り掛かった船だしな。そもそも、俺はお前みたいに一生懸命頑張るヤツ、結構好きなんだよ。だから基本は応援してやりてーとも思うし、俺に出来る事なら助けてもやりたいと思うんだよ」

「……だから」

「ま、付き合って飯抜きなんてする意味があるかどうか分かんねーけどな? でもまあ、どれぐらいしんどいかはよーく分かった。きついな、これ」

 そう言って笑って見せる。俺のそんな表情を見て、トリムは泣き笑いの様な表情を浮かべて俺を見やる。

「……そんなに」

「ん?」

「……そんなに……そんなに優しくされたら、勘違い……して、しまいます」

 そう言って、いいえ、と首を振って。


「――勘違い、したいです」


 潤んだ瞳のまま、そんな事を言うトリムからそっぽを向き、俺は頬を掻いた。


 ――鏡なんか見なくても分かるぐらい、真っ赤になった、その頬を。


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