第百五話 貴方は可愛い
ドアを開けて早々『顔が悪い』という衝撃的発言に地味に結構傷付いた俺。そんな俺の姿を見てあわあわと面白いぐらいに慌てる妙齢の美女こそが、こんなクソ田舎の地方都市で芸能事務所を起こしちまった海津芸能界のパイオニアたる来栖玲子さんだ。年齢は確か24とか25ぐらいで、中々の美人さんである。
「ち、違うのよ! マリアくん、本当に言い間違えただけだから! ちょ、ちょっと緊張しただけだから!」
「……緊張して『顔が悪い』って言うってどういう意味っすか」
尚も『違うからー!』と叫ぶ玲子さんの顔をジト目(ちなみに無茶苦茶怖いと評判)で見やった後小さく溜息を一つ。
「……まあ、今更なんでそれはどうでもいいんっすけどね。社長、電話で話した件なんですけど、OKなんですよね?」
「だ、だから! 本当にちが――へ? あ、ああ、うん! マリア君はいつも頑張ってくれるから、それぐらいはイイよ! 全然使って貰って構わないから!」
「ありがとうございます。それじゃ……おい、トリム!」
玲子さんの言葉に小さく頷くと、俺は俺の後ろでその大きな体を小さくしているトリムを引っ張り出す。あうあうと、先程の玲子さんの生き写しの様な表情を見せながら俺の前に出たトリムのその姿かたちに玲子さんは目を丸く――
「あら。可愛らしいお嬢さんね。どうしたの?」
――しない。思いっきり本心から飛び出したその言葉に、トリムが小さく息を呑み、そして少しだけ玲子さんを睨む。
「……嫌味、でしょうか?」
その小さな言葉に、今度こそ玲子さんは目を丸くして見せた。
「嫌味? 何が?」
「その……私の容姿を見て『可愛らしい』なんて評価は出て来ない筈ですから。それも、貴方の様にお美しい方から」
今度こそ、睨みつける様な視線を玲子さんに飛ばすトリム。その視線にちょっとだけびっくりした様に玲子さんは視線をこちらに向けた。
「えっと……なんで?」
「まあ、こういう感じで若干卑屈なヤツなんです。トリム? なんで玲子さんの言葉で嫌味だなんて思ったんだよ?」
「それは……」
しばし、言い淀み。
「……そんな事、マリア様ならお判りでしょう? 私はこの容姿で、随分酷い扱いも受けて来ました。いえ、それ自体は自身に責任もある事ですから、文句や恨み言を言うつもりは毛頭ないのです」
そう言って、唇を噛み締める。
「……私が服を新調する度に、友人――いえ、知り合いは私に言いました。『あら? 服を新しくしたの? 可愛いわね、良く似合ってるわよ?』と、小馬鹿にした様な……見下した視線と口調で」
「……ほーん」
「……ですので、あの方の言葉がそれと同じように感じたのです。嫌味の様な、そんな――」
「社長、嫌味言ったっぽい言い方だったか?」
「――……それは」
「んじゃ、社長? トリムのどのあたりを見て『可愛らしい』って言ったんです?」
俺の言葉に、玲子さんはもう一度さらっと視線を上から下までトリムに這わせた後口を開いた。
「まず……肌がちょっと荒れてるのよね? 後、本当は綺麗な髪なんでしょうけどちょっと痛んで見えるのよ」
「それなら、猶更私が可愛らしいなど!」
「うん。今の貴方を見る限り、『可愛らしい』とは言えないかも知れない。でもね? こう見えても私も芸能事務所を経営してる経営者なワケ。そんで、KIDなんてアイドル抱えてる以上、アイドル達の健康管理も重要な仕事なのよ」
そう言って優しい笑顔をトリムに向けて。
「ダイエットしてるんでしょ、貴方?」
「っ! な、なんで!」
その言葉に驚いた様に声を上げるトリム。そんなトリムに、玲子さんはウインク一つ。
「芸能界だからね。体重維持の為に結構無理なダイエットしてる子も何人も見て来たわ。まあ、見た目も芸能人の商売道具だから、一概にダイエットが悪いとも言えないんだけど……貴方、典型的な『食事抜き』ダイエットしてるっぽいし。違う?」
「……いえ。違いません」
「やっぱり。まあ、摂取カロリーよりも消費カロリーの方が多ければ痩せるのは道理ではあるんだけど、あんまりおすすめしないわよ? どっかで無理が来るから。どのネットに騙されたのよ?」
「……ナルミさんにお薦め頂いたダイエット法です。ナルミさんはあの様にすらりとした体型で、効果が……」
「鳴海? 鳴海は元から体重軽いわよ。運動もしてるし……っていうか、鳴海! なんでアンタはそんな無茶言うのよ!」
「ひ、ひぅ! だ、だって~」
ささっと俺の体にその身を隠す鳴海。そんな姿をじとーっとした目で見つめた後、玲子さんは小さく溜息を吐いた。
「……はぁ。もういいわ。それで? マリア君、服が要るっていうのは、この子の?」
「うっす。こいつ、明日パーティーがあるんですけど、着て行く服が無くて」
「パーティー?」
「同窓会っすね」
「んじゃあんまり堅苦しいヤツじゃない方がいっか。カジュアル系で攻める感じ?」
「あー……でもまあ、コイツの出身って結構お嬢様な感じなんですよ。だからカジュアルよりはちょいパーティードレスっぽいヤツが良いかなって。此処、そういうの豊富にありそうですし」
「それはラッキーだね! こないだ偶々仕入れたのよ、大きなサイズのドレス! それじゃそれをちょっと詰めようか。明日なら今からやる?」
「そうっすね。早速、良いですか?」
「良いよ~。今日はもう暇だし。それじゃトリムちゃん? だっけ? さあ、あっちの試着室にいこっ! サイズは流石にマリア君に計って貰うのは恥ずかしいでしょうから、私が計ってあげる」
そう言ってトリムの背中をぐいぐいと押す社長。そんな勢いに押されるかの如く歩みを進みかけたトリムだが、何かに気付いたようにトリムはその歩みを止めた。
「あ、あの!」
「ん? どしたの?」
「そ、その……先程、私の肌は痛んでるし髪も痛んでると仰いました……よね?」
「あ……あちゃー、ごめん、ごめん。女の子には失礼だったよね? 大丈夫! メイクの仕方も教えて――」
「そ、そうではなくて! そ、その……そ、それでは……か、可愛らしいというのは……」
「――あげ……へ? ああ、『可愛らしい』ってなんで思ったかって?」
玲子さんの言葉に小さくこくりと頷いて見せるトリム。そんなトリムに、玲子さんはウインクを一つして見せて。
「貴方ぐらいの年齢の女の子のダイエットなんて、綺麗になりたいか、可愛い服を着たいか、好きな男の子に好かれたいか、の三つぐらいのものなのよ」
「……」
「そんな風に自分を変身させようって頑張ってる女の子よ? そんなの――」
可愛く無い訳、ないじゃない、と。
呆然とするトリムの背中を『さ、いこ!』と力強く押しながら玲子さんは笑ってそう言った。




