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第百四話 社長


「ま、マリア様? え、えっと……どこに行くんですか?」

「いいから。黙ってついて来い」

 ユメ先輩の突然の来訪から少し後。俺は咲夜と麻衣、それにヒメを連れて海津の街を歩いていた。

「まあまあトリムさん。そんなに心配しないでも大丈夫ですって! ね、麻衣ちゃん?」

「そうそう! トリムさんは何にも考えずに付いて来ればいいから!」

 少しだけ挙動不審の様子すら見せながら、街中をきょろきょろと見回すトリム。そんな姿をちらっと横目で見ていると、俺の隣にトトトと駆けて来たヒメが小声で俺に尋ねかけて来た。

「ねえねえ、マリア? 何処に行くの、これから?」

 期待半分、不安半分な視線を向けて来るヒメ。一瞬、トリムに視線をチラリとやってから、そんなヒメに視線を合わせる。

「あー……ま、お前なら言っても良いか。いまから行くのは」

 そう言って、トリムの両手を引っ張る様に捕まえて歩く咲夜と麻衣を見る。

「あいつら――妹ズの所属する事務所だよ」

「妹ズの所属する事務所って……あ! KIDの事務所?」

「そうだ。あいつらの所属する海津芸能事務所。これから向かうのはそこだな」

「そっか! 海津芸能事務所に――」

 そこで言葉を切る。その後、『ん?』と言わんばかりに首を傾げて。

「えっと……なんで?」

 後、きょとんとした表情を見せる。

「明日、トリムの同窓会だろ? 明日までにいきなり痩せる! とか無理だろうし、それなら多少は……あー、なんだ? 誤魔化しのきく衣装やら化粧やらを頼もうかなって思ってな」

「それで事務所?」

「あいつらの所属する事務所ってのはホントに個人経営のこじんまりとした事務所なんだよ。だからまあ、あそこの社長はスタイリスト兼メイク担当兼社長みたいな感じの人でな。衣装持ちでもあるし。アイツらがテレビで着てる衣装だって社長の会社の衣装だしな」

「……」

「どうした?」

「えっと……ほら、サクヤちゃんとかマイちゃんって細身じゃない? 個人経営って事は所属している役者さんもそんなに多くないだろうし……」

「サイズが合うヤツがあるかって?」

「……うん」

「さっき電話で聞いたらキングサイズもあるって言ってたし、問題ない。小さいサイズを大きくするのは無理だが、大きいサイズを詰めるのは俺でも出来るしな」

 やっててよかった趣味裁縫。別にこのためにやった訳じゃないけどな。

「そっか。裁縫はマリア、得意だもんね」

「下手の横好きだけどな」

「あれで下手だったら、世の『趣味裁縫』って言ってるOLに喧嘩売ってるとしか思えないんだけど……」

「俺が喧嘩売ったら高い確率で警察に御用されるから勘弁」

「もう。でも、いいの? 衣装って事は仕事で使うんでしょ? 勝手に詰めたりなんかして」

「あー……まあ、良いんだろ? 社長も『いいわよ』って言ってたし」

 ちなみにこの『衣装詰め』だが、地味に俺の貴重な収入源だったりする。あそこの社長、何考えてんだか明らかにサイズが合わねーであろうぶっかぶかの衣装を買ってきちゃ俺に『詰めて』とか言ったりするからな。まあ、金欠学生には有り難い話だが。

「そんな事までしてるの、マリア?」

「まあな。時給換算じゃねーし、空いた時間で出来るだけで良いっていう条件だから、割合良いんだよ。ただ、必ず事務所に出所して社長の監視下で、って条件は付いてるけど」

 持ち帰り出来たらだいぶ時間も短縮できるし良いんだけど、『もしかしたら必要な時もあるかも知れないから、持出しをされると困る』とは社長の弁だ。

「……監視下?」

「ああ、言い方が悪かったな。俺が仕事するときは必ず社長の居る時じゃないとダメって話だ」

 一応『こういう風にして欲しい』ってイメージがあるらしく、俺の裁縫姿をスゲー見て来る。まあ、大して注文がついたりする訳でもねーが……それでも、裁縫姿を人に見られるってのはある程度緊張感ってもんもあるし、若干ご遠慮願いたいのは事実だったりする。

「……」

「なんだよ?」

「いや……ちなみに、その時の社長って人、どういう表情をしているの」

「顔? そりゃ……真っ赤にして、なんだか泣きそうな顔をしてるけど。俺の顔が怖いんだろうな」

 そんだけ怖いんなら別に俺の側に居なきゃいーのにとは思うが……でもまあ、自分の私物を弄らせる上にそれが商売道具だかんな。真面目な社長だぜ、ホントに。

「……それ、多分違う理由だと思うけど」

「ん? 何が?」

「何でも無いわよ。それで? トリムに黙ってた理由は?」

「『お前が痩せるのは無理だから衣装の力で誤魔化そうぜ』って言えると思うか?」

「それ、言い方の問題じゃない!?」

「後、なんとなくアイツ逃げ出しそうな気がしたからな。だからまあ、取りあえず連れ込んでひん剥いちまえばこっちのモノかと」

「だから言い方! それ、貴方が言うとなんだか洒落になんないから!」

「……その言われ方は若干傷つくんだが――と、着いた」

 海津駅前から徒歩十分ほどにある二階建てのビル。このビルの一階をまるまる使ったのが咲夜達が所属する『海津芸能事務所』の本社だ。勝手知ったるなんとやら、俺は事務所のドアを押し開けた。

「こんにちは~。社長、います~?」

 顔見知りの社員さん(既に慣れたか、この人たちは俺の事を怖がらない)に挨拶をすますと、奥のドアを指で差される。失礼しますと頭を下げて社長室へ歩みを進める。ドア前でコンコンコンとノックを三度、『どうぞ』の声に俺は社長室のドアを開けて。

「いらっしゃい、マリア君。待ってたわ」

 笑顔を浮かべてこちらに視線を送って来る『社長』こと来栖玲子さんに一礼。と、社長の顔が『あら?』っと表現できるほど、あからさまに驚いた表情に変わる。え? なに?

「……マリア君、あなた」

 なんだか深刻そうなその態度に、思わず俺もゴクリと息を呑む。なんだ? 俺、なんか――




「貴方……顔が悪いわよ?」




「知っとるわっ!」

 なんだコイツ。どんなイジメだよ、これ!

「へ? あ、ち、違った! か、顔じゃない! 顔色よ、顔色!」

「……今更フォローはいらんのです……」

 ち、違うからー! と涙目でフォローを続ける社長に俺は小さく肩を落とした。


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