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第百三話 ダイエット生活、三日目


 鳴海プレゼンツ、トリムダイエット計画から早三日。

「…………ま、マリアさまぁ……お、おはようございます」

「お、おう……その……なんだ? 大丈夫か?」

 トントントンと軽やかな音と共にリビングに顔を出したトリムだが、足音とは裏腹、まるで幽鬼の様な真っ青な顔をした姿に、思わず俺も視線を逸らす。

「今日は……ああ、豆腐のお味噌汁ですか……ふふふ……美味しそうですね」

 ぐぎゅるるーと獣の様な盛大な腹音を鳴らすトリム。どちらかと言えば良家のお嬢様的な立ち振る舞いのトリムにあるまじき行為であるが、最近ではそんなナリも顰めたかのようなその姿はなんだか物悲しい。

「ええっと……なんだ? ちょっと食うか?」

「ふ、ふふふ……いえ。我慢、します。此処で辞めたら今までの苦労が水の泡ですから……がんばり、ます」

「そ、そっか。それじゃお前の分は無しで良いか?」

 ぐるぐる、と腹の音が聞こえる。おいトリム、頼むから腹の音で返事をするな。

「その、なんだ? まあ、トリムが良いなら良いんだが……ちょっと頑張り過ぎじゃないか? なんなら俺から鳴海に言ってやるぞ?」

 そんなトリムが少しばかり哀れに思い少しばかり『甘やかし』発言をする俺。トリムからしてみれば甘い誘惑、それでもトリムは首を左右に振った。

「いいえ。折角ナルミさんが私の為に考えて下さったのです。ならば、私もこれぐらいは頑張らないと」

「……」

「特段苦しい運動などをしている訳ではありません。能力的に出来ない事ではなく、ただ『我慢』するだけなのですから。ならば、こんな所で折れる訳には行きませんから」

 そう言って『むん』と小さな握りこぶしを作って見せるトリム。そんな姿に少しばかり苦笑を浮かべ、俺は鍋の火を止めて冷蔵庫を開けて牛乳とイチゴを取り出すとトリムの前に差し出した。

「ほれ」

「……へ?」

「イチゴは多少糖分高いんだろうが、それでも少しぐらいは喰っても大丈夫だ。お前、最近水しか飲んでねーだろ? ちょっとぐらいは良いじゃないか」

 なんだっけ? チートデー? 一日ぐらいはイイだろ?

「で、ですが……」

「内緒にしておいてやるから」

 ほれ、と差し出す器の中身に目をキラキラと差し出すトリム。まるでうっとりと見つめる様にイチゴを眺め、おずおずとその手を伸ばして。

「…………いえ。やはり、止めて置きます」

 その手で、そのまま器を俺の方に押し戻す。

「そっか」

「折角のご厚意、お気持ちだけ頂戴します。その『ちょっとぐらい』が命取りになりかねませんので」

 そう言って申し訳無さそうに頭を下げるトリムに、苦笑を浮かべたまま手を左右に振って見せる。

「いや、こっちこそ悪かったな。誘惑しちまったか?」

「ええ。今すぐにでも手を伸ばしたいと思う程に。流石、魔王様ですね?」

「……これでそう言われるのは甚だ心外なんだが」

 まあ、誘惑の総本山は悪魔だろうし、魔王って言ったら悪魔の親玉みたいなモンだから分からんでもないが……親切心だぞ、これは?

「分かってますよ。ですが、少しばかり『くらっ』と来ましたので。ふふふ。『魅了』は私達の専売特許の筈なのですが、このイチゴにはそれ以上の力がありますね?」

 そう言ってにっこりと笑う姿に、思わず俺も息が詰まる。

「あー……そうだな」

「……」

「……トリム?」

「今朝、魔王様――ああ、アイラ様、こられていましたよね?」

「……気付いていたのか?」

「これでもサキュバスの端くれですので。強い魔力は感じましたし……そもそも、あのお方は魔力を『隠す』様な事はなされませんので」

「……だろうな」

 我儘放題好き放題、自身の力を全力で全方位に押し出すイメージだかんな、あの人は。そもそも、隠すなんて器用な真似が出来そうなイメージも無いし。

「……ですから、聞かれたのでしょう? 私の『チカラ』と、それがサキュバス族の誰よりも弱い事も?」

「……まあな」

「直ぐに顔に出ますから、マリア様は」

「らしいな。親しい奴、皆に言われるし」

「親しい方以外は分からない?」

「親しく無い奴はそもそも俺の顔を直視しないし。見られないからって油断してたからか、直ぐに顔に出る癖が付いちまった」

――おい、トリム。『理由が悲しすぎます』とか小声で言うな。聞こえてるからな?

「ま、まあそれはともかく……魔王様の仰られた通り、私はサキュバス族で最も魅了のチカラの弱いサキュバスです。まあ、この体型で『魅了』など出来る訳もないですが」

「……そういうのぶっちぎるのが『魅了』じゃないのか?」

「魅了はそこまで万能ではありません。精々、『大して好きでも無い』ものを好きにすることは出来ても、『嫌いなもの』を好きにする力は無いです」

「ん? ちょっと良く分からんのだが」

「容姿の整った女性を殿方は好むでしょう?」

「まあ、否定はせん」

「『あの子可愛い』を『あの子、好き!』にする事は出来ても『あの子醜い』を好きにすることは出来ないんですよ」

 ……なるほど。ふり幅に限度があるって訳か。

「そして、私はそのチカラが人一倍弱いのです。ですので精々嫌われない様に、隅っこの方で生きて行くのが妥当な生き方なんですよ」

「それは――」

「……ですが、それでも鳴海さんはそんな私に『綺麗になれ』と言って下さいました。それは、私に取って何よりもうれしい事です。このダイエット生活は大変ですが……それでも、ちょっとだけ楽しくもあります」

「……そっか」

「私も『女の子』ですからね? 綺麗な服や可愛い服に憧れだってあります。それが着れるかも知れないって思うと……ちょっとだけ、ワクワクしますよ?」

 そう言ってにこりと微笑むトリムに俺の頬も緩む。うし! それじゃ今日も一日頑張るか!

「はい! 頑張りま――」



「マリアくん! トリム様、いるっ!」



 トリムの返事、その声が最後まで放たれる直前、玄関のドアがバーンと開く音と聞きなれた声が俺の耳に飛び込んで来た。

「……あれって」

 あの人だよな? と思いながら俺はリビングのドアを開けて玄関へ。そこには肩で息をする『あの人』――ユメ先輩の姿があった。

「はぁ……はぁ……ま、マリアくん!」

「ど、どうしたんですか、ユメ先輩? そんなに慌てて」

「そうですよ、ユメ。そんなに慌ててどうしたんですか、はしたない」

 俺の後ろから歩いて来たトリムもそんなユメ先輩の姿に眉を顰めている。と、ようやく息が整ったのか、ユメ先輩が顔を上げて。



「トリム様、マリアくん! サキュバスの同窓会――明日だって!」




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