おほしさま
「こんにちは。」
「いらっしゃい。よく来てくださったわね、中で主人が待っていますよ。」
そう言って、夫人は私を室内に招き入れた。なるべく無駄な動きのないように行動する。この家の主人はリビングで、夫人の言葉どおり私を待っていた。
「では、さっそく、」
私は、自分の仕事をこなそうと、この家の主人に近づいたが、先にお茶でも、と誘われ、ことわれずにソファに腰を落ち着ける。湯のみを出されるが、飲むものが入っていない。
こういう時、私は、特に怒らず平静を装う。このような家では、日常茶飯事な出来事だった。
私には、飲み物が見えないのだ。
それでも、私は一応、常識人らしく飲む動作のまねをする。まったく、たいそうな時代になったものだ。
「あら、ゆっくりなさっていいのよ。時間はあるでしょう。」
「いえ、仕事ですから。」
「真面目ねぇ。」
「彼は、そういう男じゃないか。無駄がない動き、ロボットのようですばらしい。では、よろしく頼む。」
これで、やっと仕事ができる。私は機械を動かした。この家の主人の、体調管理しを行う。私のようなものであれば、誰でも行える簡単な作業だった。メンテナンスを定期的に受ける今の世代では、めったに大事にはならず、健康診断のようで、なんの苦にもならないらしい。さすが長寿国とうたわれるだけあって、メンテナンスの時間は針の穴ほどにも感じられないようだった。
「調子のほうは、いかがですか。」
「問題ない。」
「それは、なによりです。ところで、事前に繰り返しご連絡させていただきましたが、この診断は今回で最後になります。」
「ああ、聞いている。しかしなあ、なんとかならんのだろうか。」
「申し訳ありませんが、この診断は廃止になることは決定事項です。」
「まったく、君は機械のような返答しかせんのか。」
「申し訳ありません。」
「私らも、診断が廃止になることは知っているが、せっかく手にいれた快適さは捨てられんよ。これからは、いったいどうやって生きていけばいいんだ。何かあったらどうするんだ。」
この家の主人は、メンテナンス中にも関わらず、顔から火がでるように不満を述べ続ける。このような家では、日常茶飯事の出来事だった。特に問題は見つからない。
「せっかく、長寿の体を手に入れたんだ。どうやって手放せと言うんだ。怪我をしてもすぐに治せるよう、流行りの樹脂でできた肉体に変え、脳内信号を既製の電気信号に変えたというのに。」
「その電気信号の回線が廃止になってしまったので、もう使用できないんですよ。」
「分かっとる、分かっとるが、私らみたいのは泣き寝入りするしかないのか。」
「もう時代は、新しい回線へ移行しているのです。みなさんは物質的なものを捨て光の信号の中で、いつもどおりに暮らしてらっしゃいます。」
私は、お馴染みの、営業トークに切り替える。
「そんなもの、使い勝手が、私らには想像がつかん。」
「そうね、物質を捨てるっていうのは、肉体がないってことよね。そんなのこわいわ。」
「回線を変えた後に、個人の設定で肉体は認識できます。今よりも、何倍も速く動き回れますよ。」
「君の言っていることは、まったく理解できない。」
「ようは、考えようです。昔に携帯電話が流行りましたよね、だんだんと改善されていくなかで、使いやすく快適に変わっていく。需要は、最新を求める。そして、それが浸透してゆくのです。」
「しかし、それは機械の話じゃないか。私らは、人間だ。」
「ええ、ですが、あなた方も快適さを求め、皮膚の下に流れる血も肉もを樹脂製品へと変えていったではありませんか。それで何年生きたのでしょう、寿命がなくなったのではありませんか。衰えもない、痛みもない。その快適さが、さらに向上するのです、今、次の回線に乗り換える機会なのですよ。」
私が、説得するつもりで、たんたんと語れば、彼らは、押し黙った。何かを考えているようだった。
「すぐに死ぬ、ということはないんだろうね。」
「ありません。」
「よし、いつまでも、このままという訳にはいかないなら、しかたない。乗り換えよう。」
「では、さっそく準備させていただきます。お振込みは、いつものようにお願い致します。」
「分かった。君はまだ、こちらへ来ないのかい?」
私は、何も言わずに彼らに機械をあて、スイッチを押した。作業はそれだけだった。
彼らは動かなくなった。
残ったのは、ただの機械人形だった。
いつのまにか、快適さをゆえに人間は肉体改造により機械化され、死ぬことはなくなっていた。けれども、そうでないものもいる。それが私だった。
さあ、家に帰ろう。家では暖かいスープと子供が待っている。そして私にこう聞くのだ。
「みんなはどこへ行ったの?」
「ひかりになってとんでいるんだよ。」