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愛ある食事

作者: 葱野とろ


「あぁ、なんてことだ。そんな食べ方は邪道だ!」


 余りに意外な所から食べ始めた彼女を見て、僕は思わず叫んでしまった。

僕のその一言に、彼女はむっと顔をしかめる。


「別に良いでしょう?これをたべる事に対して、別に正式な作法や食べ方はないわ」


 彼女はそういって、食べにくそうに数本に別れた先端を指でまとめて頬張っている。


「ほら、口に入りきらなくてポロポロ零れてるし、口元が汚れてしまったじゃないか」


 僕は空いている左手で、彼女の口元をハンカチで拭う。

 彼女は目を細めて大人しく、僕の手にされるがままになっている。


「ふう、綺麗になった」

「ん、有難う」


 僕の手が離れると「ふう」とひと息ついて、再び手にもったフォークを世話しなく動かし始めた。


 そんな忙しない彼女を見て、僕は笑いながら彼女を嗜める。


「ほらほら、料理は逃げないんだからゆっくり食べなよ」

「うん、でもせっかく君が作ってくれた料理だから、美味しいうちに食べたいのよ」


 作った側としては、とても嬉しい言葉だ。

 僕は「ありがとう」といって彼女が美味しいそうに見ているを眺め続けた。




「ねー、そこの部分、切り分けてくれる?」


 しばらく黙々と食べていた彼女が、急にせがんでくる。

おそらくナイフを使うのが面倒になったのだろう。

 こういう時の彼女は少し言葉の出だしが甘えるように鼻にかかるので、良くわかる。


「はいはい、分かったよ」


 小さく笑いながら、手に持ったナイフで切り分けていく。切り分ける度にじゅわりと肉汁がこぼれ、香ばしいかおりが辺りに漂い、彼女がそれに合わせて鼻をひくひくと動かしている。


「ああ、もう、我慢できないわ!」


 そう言うが早いか、彼女は切り分けた端からフォークで突き刺し、小さな口にひょいひょいと運び始めた。


「おいおい、行儀が悪いよ?」

「ふふ、ごめーん」


 僕の言葉に、彼女は小さく舌をだして誤魔化す。

 

 やれやれ、全くあざとい。

 だが、それに対して強く返せないのは、きっと惚れた弱みという物なのだろう。

またしばらく無言で食べ続け、今度は僕の方から彼女に声を掛ける。


「まだ食べれそうかい?」


 これでちょうど半分ほど食べた事になるのだろうか。

 しかし、まだ彼女の胃は収まらないらしい。


「全然平気よ。ちゃんと全部食べないといけないもの」


 彼女は微笑みながら口に運び、それのコリコリとした触感を楽しんでいる。

 僕は、その姿を見つめる。


「なに? 欲しいの?」


「いやぁ、美味しそうに食べている君が可愛くて、つい見とれていたんだ」


 僕が素直に思った事を答えると、彼女は「なにそれ」と言いながら恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。


「ね、ねぇ、馬鹿な事言ってないで、食べさせて?」


 そう言うと、彼女はこちらにフォークを差し出してきた。

 食事も、だいぶ佳境に入ってきた。そろそろ彼女も手が疲れてきたのだろう。

僕は彼女の代わりに、フォークを持って彼女の開いた口へと運んでいく。


「……なんか、餌付けしてるみたいだ」


 そういうと、彼女はまた恥ずかしそうに頬染めて「馬鹿」と言い、しばらくまごついた後、先ほどのように小さな口をこちらに向けた。


「早く次をくださいな、親鳥さん?」


 彼女の返しに僕は思わずクスリと笑ってしまう。


「ふふふ、どうぞ」


 僕は可愛らしく突き出された口に、料理を運んでいく。

 そんなやり取りを数回繰り返している内に、いよいよ残すはデザートだけになった。


「さあ、これがデザートだよ」


 彼女の前に、それを置く。器が、机に触れて固い音を立てる。


「あぁ、いよいよね。待ちかねたわ」

「ふふ、君はこれが一番楽しみだったものね」

「えぇ、ずっと食べたいと思っていたの」


 嬉しそう笑みをこぼした後、急に口をつぐんで申し訳なさそうに言う。


「ねぇ、ごめんなさいね。あなたも食べたかったんでしょう?」

「……まぁね」


 彼女の言うとおり、僕も食べたくなかったと言えば嘘になる。

 これが僕以外の誰かに食べられたと言うのならば怒り狂ってしまうだろうが、他ならぬ彼女の望みだと言うのなら、仕方がない。

 なにより、彼女が食べて幸せな表情になってくれる事の方が嬉しい。

 そう彼女に伝えると、彼女は大きく口の端を釣り上げて「ありがとう、おいしかったわ」と言ってくれた。


「じゃぁ、いただきます」


 まるで禁断の果実か何かに口づけるかの様に、彼女はゆっくりと顔を近づけていく。

 そして、ひと口。

 ゆっくり味わうようにデザートに口づけた。


空になった器の前に、僕は立つ。


「おいしかったかい?」


 彼女は、答えない。

 だが、満足そうに端を釣り上げてくれている口が答えを教えてくれていた。

「そうか、よかった……」


 僕は胸を撫で下ろす。なにせ材料は一人だけ。失敗は許されないのだったのだから。


「じゃあ、僕も最後のひと口を……そうか、君はそんなに幸せだったのか」


 好きな人の事なら、なんだってわかる物なのだ。

 それが例え、ほんの一部になってしまっていたとしても。

 僕は、最後に残った幸せそうな彼女の口に優しく口をつけた。


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