2ページ目
これで、ストック二つ目。後一話、説明回が続きます。すみません。
「すみません! 遅れました!」
私は時間ぎりぎりに教室に飛び込みました。これが生徒のセリフなら許せるのですが、残念ながら私は先生です。恥ずかしい。
「センセー、時間通りなんだから遅れたとか言わなくていいよ」
生徒の一人がそう言って励ましてくれました。でも、私は早めに来て生徒たちの質問に、できるだけ答えてあげたかったんですけどね……。
「ありがとうね、セリ。さて授業を始めますが、出席を取りますよ」
週に3回、私は町の宿舎の一室を借りて生徒たちに授業を行っています。生徒たちの年齢は様々、小学生くらいの子もいれば私と同じ年齢の子もいます。たまに大人の人も授業を見に来ます。
何故、高校生程度の知識しかない私が先生の真似事をやっているのか。それはこの世界の都会と地方で、教育のレベルに格差ができていることにあります。
中央に位置する王国では、レベルの高い教育を行っている所もありますが、地方の田舎町では教育者が完全に不足しており、読み書きすらできない人もいます。
反対に教育者の需要は多くなっているのが現状です。
私もここに来た当初は文字を書くことが出来ませんでしたが、おば様の手ほどきと仕事の手伝いをしている内に覚えました。
「ルーテ以外は皆さんいるみたいですね……」
「ルーテは遅れるって言ってたよ」
「セリ、伝言ありがとう。それでは先に始めてしまいましょうか、誰かルーテの分を代わりに書いてくれる人はいませんか?」
手を挙げたのはルーテの近くに住んでいるツーレちゃん。年も近いし、彼女に任せましょう。
「では、今回の授業は――」
私がこの世界に来て少し経って、未だに混乱しつつも少しずつ私の部屋になれていった頃。
「隣の部屋の掃除を頼めるかしら?」
そう、おば様は言いました。理由を聞くと、『どうしても外せない用事があるので、隣の部屋だけ掃除をしてほしい。もちろん給料も出します』ということだったので、もちろん引き受けました。
「ここ……、ですか……」
この部屋は、前に他の人が住んでいたようです。中は古い紙の匂いが充満していました。
「懐かしい匂いですね……。日本にいた頃を思い出します」
私はこの匂いが好きです。おじいちゃんの書庫にいる時、図書館にいる時、図書室で本を読んでいた時、私はこの匂いに包まれていたのです。
ここには、本という歴史が積まれていた。私は恐る恐る本に手を伸ばす。読みたいという欲求に、抗うことはできませんでした。ですが……、
「読めない……?」
それは日本語では書かれてはなく、読むことができませんでした。
そもそも、前提から間違っていた。おば様と意思疎通ができたとはいえ、会話以外の手段は一切試していなかったのです。最初の方に語った理由も相まって今の今まで気づきませんでした。
「そっか……。ここは日本じゃないんだね」
そのことを改めて実感させられました。
掃除の後、おば様が帰ってきた後に私は頼みました。
――私にこの国の言葉を教えてください――。
おば様は厳しかったり、実践で仕事の手伝いをさせたりとかなり厳しかったのです。でも、私は懸命に食らいついて、一カ月で大体の読み書きをおぼえました。……まだ少し怪しいですけどね。
後は空き時間や寝る前にあの部屋から本を借りて読むことで補完しました。借りることはおば様から許可を取ることができ、私は本を読むのが好きだったので、読めないところがあっても全然苦になりません。むしろ、新しい言葉に出会い学べる喜びがありました。
そして、ある日。
「私が……、教師ですか!?」
おば様やここの町長さんからそんな話題が上がりました。
「あなたって勉強熱心じゃない。もう教える側になっても十分だと思うけど」
「そなたの知識をこの村のために役立ててはくれぬか?」
最初はお断りしました。
「無理です! 私なんかが……。前にいたところでは、私は学生だったんですよ! なのにいきなり先生はちょっと……」
混乱していたとはいえ結構失礼な言葉遣いでしたが、町長さんの心は折れませんでした。
「そなたは先日、テルさんの家で農業の手伝いをしておったろう……」
「うっ……」
「その知識を他の者にも分け与えてほしいのじゃよ」
私は考えます。私にできること……、私程度の少ない知識でも、この町を豊かにすることは出来るのではないでしょうか。
「……分かりました。若輩者ですがその仕事、務めさせていただきます」
「はっはっは。そんなに固くならなくてもいいわい。若者たちの背中を少し押すだけでいいのじゃからな」
結局、私は町長さんが最後に言った言葉の意味を理解することはできませんでした。
「――以上で授業を終わります。何かあったら連絡してくださいね」
授業が終わり、ふぅ、と一息つきます。今日は太陽が真上に上るまででお終いです。
「センセー。頼んでたものはー?」
セリ君は真っ先に教卓(といってもただの大きな机ですが……)に来て、そう言いました。そういえば今日はセリ君の番でしたか……。
「はい。一冊しかないので大切に扱ってくださいね?」
「分かってるよ、そんなの」
そう言って、彼は大事そうに『それ』を持っていきました。
――私にも、やるべきことを見つけたのです。




