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生徒会の昼食会


 神は死んだ。


 これは紛れも無い事実である。


 同時に、裏世界におかる共通認識の常識である。

 もっとも、この百年年ほどで出来た新しい常識だが。それは一万年という単位で存在した神話からしてみれば、ほとんど昨日あったことのような感覚だ。


 聖書に記されし神、ヤハウェが殺害された日。神の席が代わった日。あらゆる常識が破壊された日。ミカエルを含む天使が絶滅した日。通称、『神の命日』。全ての神話への反逆が始まった日。


 人によっては『早過ぎた黙示録』とも『神仏の大虐殺』とも呼ばれる。


 誰もがその真偽を失った『神の命日』からの一年。たった一年の間に、あらゆる神話の神が殺された。あらゆる神話が破壊された。


 北欧神話のオーディン、ギリシャ神話のゼウス、インド神話のインドラ、アステカ神話のインティ、ケルト神話のルー、ゾロアスター神話のアフラ・マズダ、エジプト神話のラー、日本神話の天照大御神。


 魔王ですら震え上がるような高名な神をもってして、『彼』の殺戮は止められなかった。何せ、どの神々も『彼』に致命傷を与えることすら出来なかったのだ。太陽神も破壊神も創造神も龍神も光神も悪神も関係なかった。神にとっては存亡を懸けた死線だったが、『彼』にとってはただの除去作業であった。


 神の大量殺害、それを起こしたのはたった一人の“人間”だった。信じられないことに、それだけの『偉業』をたった一人の個人がやってのけたのだ。


 めぼしい神を殺して、全世界の異形を支配下に置き、逆らう者や歯向かう者が一人もいなくなると、聖書の神の席に座り、『彼』はこう宣言した。


 ――我、すなわち『神』こそが諸悪の根源である。人間よ、永久平和が欲しくば我を倒してみせろ!


 実際、彼が所謂『正義』の側の異形をほとんど殺してしまったことで、『悪』の側の異形のみが栄えることになる。第二の『彼』でも生まれてこない限りは、この現状は変わらないだろう。あまり期待できない可能性だが。


 今、天国に天使はいない。代わりに悪魔がいる。今、天国は楽園ではない。現代の天国は地獄以上の地獄だ。地獄の最下層の方がよっぽど楽園だ。天国に召されようものなら、『彼』が魔界から引っ張ってきた怪獣達の餌になるだけだ。最早、天国はただ『空の上にある地獄』と化している。


 神は人を愛さない。神は罪を赦さない。神は善を救わない。神は悪を裁かない。神は正義を行わない。神は英雄を選ばない。神は世界を導かない。

 神はただ見るだけ。究極の傍観者。

 それが現代の『神』。


 神に縋るのは無駄だ。神に祈るのも無駄だ。神に願うのさえ無駄だ。


 神は何もしてくれない。


 人を救えるのは人だけだ。


 彼の虐殺から生き残った神やその関係者もいないではない。だが、そういう連中のほとんどは人々に紛れて惨めに暮らしているか、『彼』やその側近に慰み者にされているかのどちらかだ。

 一部の地域にのみ信仰されるような土地神のように取るに足らないと判断された微弱な奴らは見逃されているが。そいつらが『彼』の足元を掬うなんてことはない。絶対にない。それほどまでの確固たる存在感の差がある。


 見た目は二十代前半の青年だが、実際は百を超えるジジイだ。まあ神にしては若いのかもしれないけど。若すぎるのかもしれないけど。


『神滅の王』セカンド。

 人間だった頃の名前は×××××。世界を支配するために生まれてきた元人間にして、現在の『神』。本当の意味での唯一神にして絶対神。最後の神。


 この学園の理事長にして創設者だったりする。逢ったことは生徒会所属になったときに一度だけ。ただ向き合っただけで震えが止まらなかったね。


「本来なら神々の手にあるべき『神器』を人間が持っているってのは、その“神器を持つべき神々がすでにいないから”なんだよな。主人を失った神器は新しい主人として人間を選んだ」


 優れた武器は『死蔵』されることを嫌った。だが、それは前主人の仇を討ってくれる奴を探しての選択じゃない。暴れたいだけだ。殺したいだけだ。かつての主人の死などどうでも良い。元々、あの手の武器には忠誠心などない。


 未だ行方不明の神器も多いけどな。


 それから、『神が使っていた訳でもない武器』が『神器』と同じような現象を起こしたり、反対に『神が使用していたはずの武器』が『神器』として機能しなかったりと、まだ詳しいことは分かっていない状態だ。

 セカンドには分かってんのかもしれないが、彼はその辺りどうでも良さげだからな。詳しい説明をしたりはしない。


「そして、我が学園には神器使いが多い。神器に準ずる『聖遺物』の所有者も数少ないがいる。神器じゃない魔剣や聖剣もそれなりに多い」


 場所は生徒会室。時は昼休憩。ソファに座る俺は灯篭崎万夜で、生徒会長の席に座るのは神園虚空。


「今年入学した神器使いは二人。一人は聖剣アンスウェラーの天井勇輝で、もう一人は魔剣レーヴァティンの和道一門だ。何の因果か、どっちとも狭間や美空と同じクラスだな」


 今、俺はシスコンな悪友のために二人の『神剣使い』について、現時点で判明している情報を教えていた。


「聖剣……アンスウェラーだと?」


 虚空は首を傾げた。


 妹と同じクラスにいること以上に、その一点が気になったようだ。まあ、相手がこいつでなければ当然の反応なんだけど。こいつだから異常なんだけど。つまり、俺が常識から考えてどれだけおかしいことを口にしたかが明らかだろう。


「おい、万夜。我が親友、灯篭崎万夜。お前は何を言っているんだ? 光の神ルーが所持していたアンスウェラーは、『魔剣』だろうが」

「ああ。本来はな」


 虚空の言うことが正しい。本来なら、な。


「だが、天井勇輝は『聖剣』を『魔剣』を逆転させやがったんだよ」

「……ただの人間が、それを成したのか?」

「かの『神仏の大虐殺』に比べたら何でもないことじゃん」

「あれと比べるな。この世の全てに起きた森羅万象全ての事柄がしょぼくなる」

「それもそうだな」

「……それで、可能なのか?」

「俺も半信半疑だよ、正直な所は。聖魔の逆転ってのは現代では神格クラスにだって上級にしか有り得ない。だが、天井勇輝は人間だ。純血のな。英雄や術者の血縁でもない。いくらあのババアが情報源だからってこれはねえよ」

「ババアって……。仮にも実の母親だろうに」

「うるせえよ! あいつを母親だと思ったことはねえ! あいつのおかげで、俺がどれだけ苦労したと……いや、『苦労している』と思ってんだ!」

「お互い『母親』には苦労するな」

「ああ。全くだ」


 そう考えると、俺とこいつが友人をやっているのは傷の舐め合いなのかもしれないな。主に立場と母親に対しての。


「『魔』を『聖』に転じるか。そんな奴いたんですね」


 書類に目を通しながらおにぎりを貪っているのは生徒会書記こと稲妻鉄人。おにぎりは彼のお手製。『雷帝』は自炊が出来る男なのだ。ぶっちゃけ、生徒会メンバーでは二番目に料理が上手い。


 俺? 何で俺が料理なんてしないといけねえんだよ。試しにやってみたことはあるが兵器みたいなのが出来たわ。紅は自分が食べるから平凡なレベルなら可能だが、垢抜けない。虚空は包丁を持ったことすらない。お坊ちゃんだからな。


「そこの魔女みたいに『聖』から『魔』に変わった奴なら知っていましたけど」

「はっ。程度の低い科学で生まれた改造人間さんには分からないだろうけど、『聖』が『魔』になることもこのご時勢では珍しいのよ?」


 で、一番料理が上手いのが、稲妻の喧嘩を買った魔女こと古林時世だ。てか、学園でも上位の料理の達人なんだよな。


 彼女は自分で作ってきた弁当を食べている。色とりどりで見た目もよく、栄養バランスもばっちり考えられている。どこか洒落ていて実に女の子っぽい。


 ちなみに、俺の昼飯は学園近くのコンビニで買った弁当で、紅は購買のパン(山積み)、虚空は彼の使用人が作った重箱弁当だった。なんか、俺だけすごい浮いているのは気のせいだろうか。


「誰が程度の低い科学で生まれただ。本人の脳細胞レベルが低いよりマシだ」

「あー、はいはい。確かに私はアホですよ。一年の時に学年一位を取ることくらいしか出来ませんよ」


 この魔女は何気に賢い。その辺り、生徒会として相応しい成績を誇っている。だからこそ会計を任せられるってもんだ。


「何ムキになってんだ。学年の順位で言えば、俺だって十一位だからな?」

「むしゃむしゃ。カレーパン、美味いですね」

「微妙ね。一人くらい抜きなさいよ」

「もきゅもきゅ。クリームパンも美味い」

「黙れ。中等部の頃は俺の方が成績上だったろうが」

「ばくばく。コロッケパンも最高」

「過去のこととかどうでもいいんじゃない。大事なのは今じゃないの?」

「がつがつ。ハンバーガーが一番美味いけど一個しかなかったんですよね。残念です」

「だったらお前は魔女の今の方が大切ってことか? 聖女だった過去よりも」

「アップルパイ、あまーいです」

「当たり前じゃない」

「デザートのヨーグルト食べよっと」

「お前らその変にしとけ。話が進まない。それから、狭間。お前、どんだけ食う気だ? 見ているこっちが胸焼けしてきた」

「とりあえずさっき購買で買った分は完食しようと思います」

「その量、お前にとっては『とりあえず』なのか? 大食いタレントかお前は。ま、狭間の食い意地の半端なさは置いておいて、本題に入らせてもらうぞ。別に飯を生徒会で食うことが目的じゃねえんだ」


 何で昼食会という名の会議を開いているかといえば、議論することがあるからだ。


「まず、この後の新入生歓迎会についてだ。虚空は父兄の方々への説明会に、俺は明日以降の行事の打ち合わせがある。新入生歓迎会の進行は頼んだぞ、古林、稲妻。二人のサポートしっかりしろよ、狭間」

「勿論です」

「へーい」

「ふぁい」

「特に、稲妻。野球部のゴリラと放送部の似非ラッパーが勝手なことしたら裁け。最悪、病院送りにして構わん」

「分かってますって」


 この後のことに関してはこのくらいで良いだろう。事前に打ち合わせをしてあるから確認みたいなもんだしな。


「それじゃ、聖剣使いの方に話を移そうか」


 俺はパンを飲むように食べている狭間(デザートと称していたヨーグルトの後に二個目のカレーパンというチョイス。普通、逆じゃね?)に目を向けた。


「狭間。お前、クラスが同じになったんだから、何か分からなかったか?」


 聖剣使いと魔剣使い、どちらが美空の想い人なのか。関係ない方を攻撃したら不憫すぎる。虚空にもどちらがそうであるか特定するまで動くなと言っている。だから、正直ここで答えが出ても困るんだが、狭間がそこまで有益な情報を拾ってくるとも思えない。


「ごっくん。美空さん、聖剣使いの方をやたらちらちらと見ていました」

「答え出てんじゃねえか!」

「よし、殺しに行こう」

「だー! 待て、虚空! だから早まるんじゃねえよ!」

「あ。それから、自己紹介で会長と副会長に喧嘩を売っていました」

「……あ?」

「なんか同志を募ってお二人を倒す予定のようです。むちゃくちゃ好戦的でしたね。絵に描いたような問題児でしたよ」

「ほう……」

「火に油をそそぐな!」

「あ。すいません。それは魔剣使いの方でした」

「紛らわしいことすんな!」


 どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!


「そういえば、先輩。例の噂ってどうなんですか?」

「あ?」

「『妖怪の勢力を滅ぼした』と『龍神を屈服させた』。今年入学してくる神剣使いがそうだと聞きましたが、二人いますし。どっちがどっちなんですか?」

「あ、それ、俺も聞いたわ。なんか放送部と新聞部の連中が騒いでた。期待の新人として特集作るんだってさ」

「あー、それな」


 自然と歯切れの悪くなる俺。


「あ。さてはどっちかデマなんですね?」

「いや、どっちも真実だ」

「? じゃあ、何でそんなに言いにくそうなんですか?」


 稲妻が首を傾げる。他の面子も同じような反応だ。こうなったら言い辛いが言うしかないよな。あーあ、まさかこんなことになるとはな。


「どっちとも、同じ奴の仕業だったんだよ」

「「……は?」」


 この瞬間、魔女と改造人間は見たこともないくらい間の抜けた顔をした。


「あ、有り得ないですよ、副会長。だって、どっちも頭がおかしいとか考えられないような偉業ですよ? 両方ともやったって言うんですか?」

「それは違うな、古林」

「え?」

「それだけじゃねえんだよ、聖剣使いの実績ってやつは。流石、吸血鬼の姫君を惚れさせただけのことはあるぜ」


 調べてみたら驚きの経歴が出るわ出るわ。何で今日の今日まで世間の噂にならなかったのか分からない。

 おそらくお袋の仕業だろう。あのババア、こんな面白い奴の情報を隠してやがったのか……! 今日になって明るみになったのは、俺への当て付けだろう。本当、いい性格しているよな!


「妖怪の勢力を潰しただけじゃねえ。竜王を屈服させただけじゃねえ。」


 しかも。


 それらの行動の全てが『八つ当たり』だというのだから笑える話だ。


 本当、最高の怪談になってくれるだろうぜ、こいつは!


「天井勇輝。こいつは、歴史の軋みが生んだバケモノだ」


 そのとき、虚空が笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。


 それは兄としての神園虚空の顔ではなく、『魔王』としての虚空・L・ルシファーの顔だった。


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