クラスメイト
入学式の後、僕は自分が一年間お世話になる教室に向かった。
クラスメイトをざっと見渡したが、どいつもこいつも人間じゃなかった。見た目人間の奴も何人かいたが、その内の何割が純粋な人間なんだろうか。変化している奴や美空みたいなハーフだっているだろうし。
しばらく経って、最初のホームルームが始まった。
「中等部から進級してきた人は……人じゃない子が多いけど便宜上、ヒトはお久し振り。高等部に新入してきたヒト達は初めまして。皆さんの担任になりました、町井長子です。一年間よろしくお願いしますね」
担任は、女性の『ろくろ首』でした。顔は美人だけど、素直に怖い。だって、頭が天井に届いてんだぜ? つうか、首が邪魔で黒板がよく見えない。何故、そんなスタイルで教師になったんだ。
「突然ですが、先生が身のためになる話をしてあげましょう。特に男子はよく聞いておくことです。いいですか? 恋愛は男の方から別れ話をしてはいけません。男の方が相手の女性に飽きてはいけません。浮気なんて以っての他です。そんな男に生きる権利はありません。一度好きになった女性のことは、死ぬまで愛してあげなさい。まして自分から『好き』だと言っていた相手のことに『ごめん、他に好きな子ができたんだ』なんて言うなんて死刑に値します。あ、それから折角女性が尽くしているのに、それを『重い』だなんて言って拒否するのは駄目です。死刑どころか地獄の業火で焼かれてしまえばいいんです。恋愛は男のためではなく、女性のためにあるのです。だから男の方が良い思いをしようだなんて間違っています。いえ、恋だけではありません。世の中は女性のためにあるんです。だから男に自分の意見を言う権利なんてないのです。男尊女卑はこの世で最も意味不明な妄言の一つでしょう。先生が何を言いたいかと言うと、ずばり、男は女性を絶対に傷つけてはいけないということです」
な、何の話なんだろうか。
「まっちー先生、また振られたみたいだな」
素っ気ない声がした。声の主は、窓側の席三列目の鋭い眼をした赤毛の少年だった。不良っぽい顔つきだけど、雰囲気は不思議と穏やかだ。
「うわあああああああああああああああああああああああん! 私の何が駄目だって野おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 首が長いのが魅力だって言ってくれたじゃない! あれは嘘だったの!? 何が『俺にはキミしかいない』よおおおおおおおおお! 三ヶ月で捨ててんじゃないわよ! 私より先に新しい恋人見つけてんじゃないわよ! いつになったら私は永久就職できるのよ! 教師で人生終わるために教員免許取ったんじゃないわよ! 退職のときに生徒達に惜しまれながら別れの言葉を送りたいからなったのにいいいいい! 校長も教頭もお見合いの話とか持ってくるけど良い男が一人もいないのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! あのハゲダルマと深海魚がああああああああああああああああああああ! うわあオオおおおおおおおおおおおおおおおおん!」
突然泣き出したぞ、この担任! うわ、長い首が黒板の前で縦横無尽に暴れていて、滅茶苦茶怖い。何だ、この恐怖映像! 子供が見たら号泣するレベルじゃねえか!
教室の生徒は困惑する奴らと呆れる奴らに別れていた。多分、困惑しているのが高等部に編入してきた側で、呆れているのが中等部からの進級組なんだろう。
「えーと、収拾つかねえや。おい、狭間。進行やってくれよ」
先程の暴言を吐いた赤毛が、前の席に座っている童顔に言う。あ、よく見たら入学式で進行をやっていた生徒会の庶務じゃん。確か、桶狭間だか何だか、そんな名前だったような気がするけど。
「何故、僕が」
「生徒会じゃん。学級委員だって決まってねえし、臨時でお前やれ。俺達、まだ自己紹介すらしてねえんだぞ」
「いや、キミの責任なんだからキミがやれよ、ジャック」
「それもそうだけどよ……あ、こんなところに青森アポーがあるぞ」
「よし、やろう」
リンゴで買収された!?
童顔は教卓に出向き、泣き止みそうにない先生を自分の席に座らせて、ハンカチを渡して、黒板の前に立った。
手にはチョークとリンゴ。
「どうも皆さん。しゃくしゃく。生徒会庶務の紅狭間です。むしゃむしゃ。振られたばかりの先公の代わりに、僕が進行を務めさせていただきます。ごっくん」
食べるか喋るかどっちかにしろ、という定番の突っ込みが入る前に食べ終わったってやがる。いや、あれは食べるってより飲むか? 芯まで飲み込んでいるしよ。
「まず自己紹介から始めたいと思います。とりあえず僕から」
言うと、狭間は黒板に自分の名前を書き出した。……転校生じゃないんだから。
「改めてまして、紅狭間です。生徒会所属で庶務。部活は家庭科部に所属しています。あ、編入組のヒトに言うんですが、この学園は一つの部活に小中高の学生が所属できます。僕はそれを利用して初等部の頃から家庭科部に所属していました。食べることが目的なので、別に美人の顧問や美少女の先輩が目当てではありません」
うん、絶対に嘘じゃないと思うよ。今日が初対面だし、お前のことは何も知らないけど、それだけは確かだと思う。
「それから、これは皆さんのために言っておくんですが……生徒会長と副会長を怒らせないこと。あの二人には極力関わらないこと。もし二人との間にトラブルが発生したら、大至急、僕か二年の生徒会書記、稲妻先輩に言うこと……と、生徒会顧問の先生に言えと言われていたので言っておきます」
お前の意思じゃねえのかよ。あと、生徒会顧問、生徒に丸投げしてないか?
「あ、それから稲妻先輩からの要望なんですが、生徒会会計の古林先輩にはトラブルの相談はしなこと。苦しい言い訳みたいな建前は省略して、『俺の惚れた女に余計な手間を煩わせたくない』という本音だけ伝えておきます」
……良い仲なのかな? 美空がそれらしいことを言っていたような気がするけど。
「稲妻先輩と古林先輩は『喧嘩するほど仲が良い』の典型です。特に、古林先輩はツンデレです。さっさと付き合っちゃえよ、いっそもう結婚しろよ、と学園中が思っています。でも、あの二人の喧嘩は見ていて面白いです。だから温かい目で見守りましょう」
な、なんて悪意と確信に満ちたお節介だ。どうやら、僕の想像以上に生徒会は人間性豊からしい。まともな人間は一人もいないみたいだが。
「さて。僕の自己紹介はここまでで良いでしょう」
紅は一度、机に突っ伏したままの先生を見て(見なかったことにして)、進行を続けた。
「では次。ジャック、キミの自己紹介と洒落込もうぜ」
「あー、メンド。パスは?」
「3パスまで」
「じゃあパス」
パスって何だ。七並べかよ。
「じゃあテン」
「ほーい」
廊下側の席の一番前の女子が反応した。いかにも天真爛漫な活発そうな女の子だった。スポーツ女子って感じ。
彼女は立ち上がって、教室中を見回した後、にやりと笑んだ。
「どーも、行脚天外でーす。占術師の家系の出で、進級組で、あの悪食とそこの赤毛とは初等部からの仲でーす。あだ名はテンでーす。よろでーす」
軽い感じの挨拶だな。性格がよく分かるけど。
「一応、天文学部の所属で、副部長をやっています。部員、絶賛募集中です! 興味のあるヒトは是非とも十号館、通称『部室棟』までお越しください! 待ってまーす!」
それだけ言うと彼女は席に座った。
「じゃあジャック、次はお前だ」
「ちっ。何が何でも俺にやらせたいみたいだな? じゃあさっさと済ませるか」
赤毛は舌打ちしてから、頭を掻きながら立ち上がる。そんな露骨に面倒臭そうにしなくても良いと思うんだけど。
「俺はジャック・オ・ランタン10世。ジャックと呼んでくれ。ランタンや10世って呼び方は好きじゃない」
なんとか世って奴には初めて会ったぜ……ってジャック・オ・ランタン!? あのハロウィンのくり貫き南瓜で有名な、あの!?
「名前から分かってもらえると思うが、地獄にも天国にも行けない亡霊、『混迷の悪霊』ジャック・オ・ランタンの末裔だ。ほとんど人間だけど。以上」
座ろうとするジャックだが、それを紅が指を差して制する。
「もう一つ何か言いなよ」
「……風紀委員だ」
そ、その風貌で? つうか、亡霊だの悪霊だの言われている奴の子孫が風紀委員なんてやっていいのか? これは偏見か?
ジャックは着席したが、紅は今度は制さなかった。
「では皆さん。これらを参考にして、自分が進級か編入か、どんな種族かを言ってください。何か付け足すことがあればそれもどうぞ」
その後、クラス全員の自己紹介があった。流石に全員の分は覚えていないが、印象に残っている奴の自己紹介を紹介しよう。全員インパクトの塊だったが、中でも特に目立っていた三人がいた。
まず、ジャックの次に指名された長身の女子。雪みたいに白い肌に、殺意がこもってんじゃねえかってくらい鋭い眼が印象的だった。
「渦堀みとれ。編入組で、大蛇だ。好きな食べ物はウサギで、嫌いな食べ物はナメクジとゴキブリだ。飼育委員に入る予定だ」
ウサギもナメクジもゴキブリも食べ物ではありません。それから、何の目的で飼育委員に入る気なんだよ。
中盤くらいにこんな奴がいた。
「な、名前不明です! ふ、ふにゃ、ふざけているんじゃなくて本当にそういう名前なんです! し、し、しし進級で、ま、まぎゅつじでぶ! あじゅば! 噛んじゃった! 魔術師です! しゅ、趣味は! しゅ趣味は……趣味は……趣味はその……アニメ鑑賞です……しゅき、じゃない。好きなジャンルは…………ロボットアニメーションです……」
名前不明……親は何を思ってそんな名前を付けたんだ……。いや、最初の女子の天外って名前も大概だけどさ。
というか、少女で魔術師なのに、何故、魔法少女ではなく、ロボットが好きなんだ。イメージが崩れるだろうが。いや、本物の魔法少女がアニメの魔法少女見るってのも変な話だけど。
そして最後の一人もこれまた印象的だった。
「輪道一門だ。編入組だ。人間だが、肩書きは『魔剣使い』ということになる。この学園には強くなりに来た。この中に次期魔王候補である神園虚空、裏人間社会の実質的な支配者である灯篭崎万夜に喧嘩を売ろうって奴がいたら、俺と組め。一緒に歴史を変えてやろうじゃねえか」
こいつの自己紹介の後、教室の空気が凍った。……えー、会長さんと副会長さん、そんなやばい連中だったんだ。絶対に喧嘩を売らないようにしよう。
ジャックだけが感心した顔で口笛を吹いていた。……ちなみに、先生はまだ泣き止んでいない。
「おい魔剣使い」
「何だ。史上最悪の大罪人集団『重罪煉獄』のただ一人の生き残り、『暴食』の紅狭間」
な、何だと……っ! 『重罪煉獄』だって!? そんな馬鹿な! ……って『重罪煉獄』って何だ? えらく物騒な名前だけど。
「喧嘩を売る相手を間違えたんじゃないか?」
「その言葉、否定しよう。相手は『悪』だ。『悪』ってのは倒されるためにある。それはお前が身をもって思い知っているだろう?」
「一応報告はさせてもらうよ」
「いいさ。別に隠すつもりはない」
輪道一門は不敵に笑んだ。対して、紅はこのやり取りの間、全く表情も声音も変えず無表情を貫いた。シュールだった。
その後、午後からの歓迎会の案内や諸注意を紅がして、最初のホームルームは終了した。