入学式
中学初のクリスマス、僕は聖剣に選ばれた。
■
「何だ、こりゃ……」
今日から晴れて、僕、天井勇輝も高校生だ。今日は四月七日。記念すべき入学式だ。
本当を言うと、僕は二年くらい前から高校生活なんて諦めていた。理由は、腰に差しているこの『聖剣』だ。
銘をアンスウェラー。名の意味は『導く者』。ケルト神話の『光神』ルーが使ったと言われる武器の一つ。こいつの所為で、中学校時代は毎日が滅茶苦茶だった。説明をしようとすれば、常人には支離滅裂なことを言っていると思われるだろう。
だが、そんな僕でも入学できる学校があると、ある知り合いの異形から聞いた。
それがここ、私立神桐学園。地図に載っていない大きな島。地図に載っていない理由は、この学園の存在そのものにある。
僕のように厄介な代物に選ばれてしまった人間や異能の力に目覚めてしまった人、あるいは裏事情に通じる家系の人間が通う学校。
と、入学に関して色々と手回しをしてくれた女性に聞いていたんだが……
「何で悪魔なんかと一緒の学校に通わないといけねんだ!」
「そりゃこっちの台詞だ! 時代遅れの吸血鬼どもが!」
「んだと! 上等だてめえ、その喧嘩買ったぞ! 行くぞお前ら!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
「俺ら高貴な悪魔がモスキート野郎なんかに遅れを取るかよ! やっちまえ!」
「「「はっ!」」」
何で悪魔や吸血鬼、ザ・人類の敵まで学生としているんだよ!? しかもガチの殴り合いを始めるしよ!
「見て! 吸血鬼と悪魔の集団が喧嘩してる!」
「ホントだ。やっぱり種族間の仲が最悪ね。ここに狼男がいたら三つ巴なのに」
悪魔と吸血鬼の喧嘩を遠巻きに見ている猫耳の少女たちがそんな会話をしているのが聞こえた。
てか、狼男もいるのかよ。そして何故わざわざ三つ巴を期待する?
「でも、ここの生徒会長さんって、両方の血が入っているんだよね?」
マジで!? どんなハイブリットだよ。
「そうそう。というか、力のある勢力は皆、悪魔と何かしらのハーフなんだって」
聞きたくなかった! 聖剣使いである僕、絶対に目を付けられるじゃん!
「うーん。そうなると悪魔が有利?」
「そうでもないみたい。吸血鬼は一枚岩だけど、悪魔っていくつも派閥を作っているみたいだから」
彼女らの話に耳を傾けている間に、俺の前を三メートルはある巨体の何かが通過した。岩みたいな身体をしていたから、ゴーレムかな?
あ、あっちでは小人の集団が列になって移動している。
噴水の方では半魚人の親子が記念撮影しているや。
龍が空から降りてきたかと思ったら、そいつが人間に姿を変えた。
マジで何だ、こりゃ☆ ここは百鬼夜行の宴会場か?
「あ、いたいた。おーい、勇輝」
「……美空か」
神園美空。
吸血鬼と人間のハーフ。血のように赤い目が特徴的で、茶髪ポニーテール。僕が聖剣に選ばれる原因の一端である少女だ。
吸血鬼って見た目より長生きらしいが、彼女はハーフであることも手伝って見たままの年齢らしい。僕と同い年だから同級生ってことになるのかな。
ブレザーの制服姿だった。学校だから当然なのかもしれないが、初めて見るから新鮮だった。絶対に言ってやらないが、似合っている。
「何? その不満丸出しの顔は?」
「その通りだよ。鈍いお前にしてはよく分かったな。何だよ、この学校。化け物だらけじゃん。まともな人間がほとんど見られないぞ?」
「ほとんどじゃないよ。全くだよ」
「僕以外いないってことか!?」
「その腰に差している剣を持ってして『まともな人間』を名乗るつもり? 人間の定義、言ってみなさい?」
「…………」
それを言われると弱い。この剣の力が扱える以上、美空の言う通り、僕は『まともな人間』とカテゴリーされる部類ではないのかもしれない。
『来るな、化け物!』
いつか、どこかで、誰かに言われた言葉が、脳裏に蘇る。
「……気に触った?」
「あ、いや。大丈夫。ちょっとショックだっただけだから。この学校にまともな人間がいないって事実に。参考までに聞くけどさ、この学校ってどんな種族がいるんだ? あそこで喧嘩しているのは吸血鬼と悪魔みたいだけど」
この学園は初等部から大学部まであり、彼女は初等部から通っているから、その辺りはある程度把握しているはずだ。俺は高等部一年に編入ということになる。
「うん。私が知っている限りでは、悪魔や吸血鬼に始まり、狼男など獣人、半魚人や竜人、巨人や小人みたいな亜人、鬼、悪霊、死神、猫又、竜、妖狐、不死鳥、雪女、鵺、土蜘蛛みたいな妖怪、精霊や幽霊、堕天使なんかがいるね」
凄いな。バラエティー豊か過ぎるだろ。
「あ、純粋な人間もいない訳じゃないよ。普通の人間はいないけど。私みたいなハーフや勇輝みたいに神器に選ばれた人間だけじゃなくて、預言者や陰陽師の末裔、先祖返りの妖怪憑き、少数だけど超能力者もいるって。生徒会にも改造人間や魔女さんがいるしね」
「か、改造人間?」
一人だけ毛色が違うような……。
「うん。面白いんだよ、その人。ある科学者に改造手術を受けたんだけどさ。機械仕掛けのサイボーグになりたかったのに、人間発電機にさせられたんだって」
「どういうことだ?」
「つまり機械人間に成りたかったのに、電気人間になったってこと。素人からしてみれば一緒だけど本人からしたらショックみたい。例えて言うなら、充電池と携帯電話の違いだってさ」
分かりにくい例えだな。でも、何でそんなことになったんだろうな。同じ人体をいじくって成るのでも、ベクトルが違うと思うんだが。
「ちなみに、その改造人間さんは同じ生徒会役員の魔女さんと良い感じです」
「要らない情報だな」
「いやいや。見ていて面白いから、あの二人は。魔女さんの方も逸話が面白いしね」
「ふーん。ちなみにどんな逸話なんだ?」
「あの人、元々は聖女だったんだけど、魔女になるチョコレートケーキを食べて魔女になったんだって」
「……は?」
「別に意図はしてなかったんだって。間違えて食べたらしい」
わ、笑えねえ。何だ、それ。聖女がケーキ食って魔女になるって……。悲惨すぎるよ。人生が真逆に反転してんじゃん。
「生徒会と言えば、さっき小耳に挟んだんだけど、会長さんは吸血鬼と悪魔のハーフなんだって?」
「うん。私の兄様」
「マジで!?」
「マジで。種違いだけどね」
重い話をさらっと入れるなよ! 兄がいるって話は聞いていたけど、生徒会長ってのも種違いってのも初めて聞いたわ! こいつの兄だから凄い人だとは思っていたけどさ。
「会計が魔女さんで、書記が改造人間さんね。副会長さんと庶務くんは一応人間」
「一応って何? 詳細を聞くのが怖いんだが」
「一言で済ませるなら、噂好きと悪食だね」
噂好きに、悪食?
「後で紹介するよ。多分、仲良くなれると思う。悪食くんは同じ一年だしね。それより早く式会場に行かないと。もうすぐ始まっちゃうよ?」
「あ、やべ。本当だ」
気になることはまだまだあるが、僕は美空にせかされる形で会場に向かった。
■■■
『……編入生の方々にも、この学園で青春を謳歌してください。では私からは以上です』
校長先生だという老人(仙人らしい)の挨拶がようやく終わった。がっつり一時間はあった。どういう学校でも偉い人の話は長いもんだが、長すぎだろ。よく喋り続けられたな。ここまでくると感心するよ。見ろ。あちこちで欠伸が連発されているよ。なんなら寝ている奴も大勢いるよ。
俺の隣に座っている二人も熟睡しているし(どちらも見た目は人間だが、感じるオーラが人外のそれだ。ちなみに人間もそれなりに多いようだが、僕と同じように武器らしき物を持っている奴が多い)。
校長の挨拶が終わると、幼い顔立ちの少年が壇上の端から出てきた。中学生くらいに見えるが、制服の仕様からすると僕と同じ高等部。
こういう場面に進行として出て来るってことは生徒会役員だろう。美空の兄だという会長さんではないようだし、少年だから魔女ではない。となると、噂好きか改造人間か悪食のどれかか?
『はい。アホみたいに長い話でしたね』
言ってはならないことを物凄くさらっと言った!?
『あ、僕、紅挟間というものです。生徒会庶務です』
庶務ってことは『悪食くん』か。僕の第一印象としては、悪食より毒舌なんだけど。でも、スポーツドリンク感覚で動物の血液吸うような吸血鬼に『悪食』呼ばわりされるなんて、普段どんな食事してんだろ。気になるな。見た目からはそんなイメージないけど。
ん? 何だか、彼が名乗ってから周囲がざわついているような。
「あ、あれが紅挟間!?」
「あの『悪食』か」
「堕天使を食ったっていう大罪人!」
「うわあ……。初めて見た……」
「人は見かけによらないって本当だよな」
はあ? 堕天使を食べたって……そんな馬鹿な。堕ちたとはいえ人の上の存在なんだぞ、天使って。そんな存在を人間が食うなんて有り得ない。
どうせ根も葉もない噂なんだろうけど。
周りのざわつきを全く気にせず、紅は進行を続ける。
『えーと。次は本当なら生徒会長である神園虚空の挨拶なんですが……』
ん? 歯切れが悪いな。生徒会長ってことは、噂の美空の『兄様』か。初めて逢った時からやたら自慢にしていたけど、こんな吹っ飛んだ学園の生徒会長だったとはな。
『ある事情につき、会長は式には出られません。というか出せません』
その言葉に会場がまたざわつき出した。そりゃそうだ。僕は知らなかったけど有名人みたいだし、彼の姿を見たかった奴も多いはずだ。なのに出られない? いや、出せないってどういうことだ? 風邪でも引いたのか?
『ですので、代行として生徒会副会長の灯篭崎万夜が挨拶をしてくださいます。では、どうぞ』
紅の言葉で壇上の隅から出てきたのは、一人の女性だった。
「……っ」
思わず呼吸が止まってしまった。制服の上に桜色の羽織という式じゃなくても異色のコーディネイトだが、そんなものに意識はいかない。
そこにいたのは、えげつないくらいの別嬪さんだった。この距離でも伝わる色白さ。パッチリとした眼は赤と青のオッドアイ。制服の上からでも分かる巨乳。スカートから覗く足はスラリとして綺麗だ。腰まで長い艶のある黒髪が麗しい。歩く姿は正に百合の花だった。きっと座れば牡丹なんだろう。
大和撫子を具現化したような人だ。きっと喋り方も上品なんだろうなあ。僕の人生で美人のマックスって実は美空だってんだけど、それが更新された。次の更新は簡単には起きないだろう。
うわあ、こんな美人が現実にいたんだ。感動。この学園に入って良かった。美空と知り合いみたいだし、後で紹介してもらおう。
副会長さんがマイクを取って、そこから鈴の鳴るような透き通った声が会場に響いた。
『よお、俺は灯篭崎万夜。よろしくな、生きる価値もねえ癖にあつかましくもこの学園にやってきやがったゴミクズども』
……あれ? 幻聴かな? 凄い綺麗な声で、滅茶苦茶な暴言を吐かれたような気がしたんだけど……。
『この中にいる何人か、具体的には俺のことをよく知らなかった奴はこう思っているだろう。見た目と中身が合っていないと』
そこまで言うと、副会長はニヒルに笑った。
『残念だったな。外見と性格の両方が美人の奴なんているはずねえだろ、ばーか。そして、式だからって礼儀正しい会話すると思ったら大間違いだよ、アホめ! TPOで俺の個性が殺せるはずねえだろ!』
この人、言っていること滅茶苦茶だ!
『そもそも「灯篭崎」を常識で縛ろうって考え方が気に入らないんだよ!』
ついにキレた。でも誰に対して怒っているんですか。
『つうかだ、何で俺が挨拶なんて面倒なことしないといけねんだよ。俺は注目されるのが苦手なんだよ!』
ならそんな暴言吐かなければいいのに。
『これ生徒会長の仕事だろうが! あのクズが! いっつも手間ばっか掛けさせやがって! 仕事はまともにやらない癖に、妹のことになると暴走しやがって! 俺が、俺がどんだけ……、あのバカの所為でどんだけ苦労したと……!』
何やら涙ぐんでいる様子の副会長さん。本当にどうしたんだろう。何か生徒会長さんと揉めているんだろうか。
『……ま、先に言っておくぞ。この中にいる誰か一人は多分、この一年の間に死ぬぞ』
どういうこと!?
『悪いがどうすることもできん。俺も誰がそうなる運命の奴なのか知らんしな。詳しいことは某吸血鬼のハーフに聞いてくれ。心当たりのない奴は関係ないだろうから安心していいぞ』
某吸血鬼のハーフ? それって美空? って心当たりがあるから僕は安心できないってことか? いやでも、美空と知り合いであることと死ぬこととどう関係しているのかさっぱり分からん。美空は少し離れた場所にいるからすぐ聞く訳にもいかないし。
『さて、この話は置いといて』
律儀にジェスチャーで『置いといて』をする副会長さん。って、置いておくて良いんですか!? ちょっとでいいので説明をくださいよ!
こほんと咳払いをする副会長さん。
『俺は平穏な学園生活を送りたい。いや、刺激も欲しいには欲しいが、自分で捜索するし創作する。何が言いたいかって言うと、面倒事を起こすなってことだ。面倒なのはシスコンのバカだけで十分だ』
それ、美空のお兄さんのことですよね……。副会長からしてそういう認識なんだ。
副会長は少し天井を見つめたかと思うと、一年生全員に向けてこう言い放った。
『地獄が遊園地だと思いたくなかったら、俺を怒らせるなよ?』
ゾク。
背中に悪寒が走った。聖剣を持って以来、様々な魑魅魍魎と出会ってきたが、ここまで純粋な殺気を向けられたことはない。この殺気、会場にいる一年生全員に向けているんだろ?
見れば、左右両隣もその隣も震えていた。異形の連中からしても、あの殺気は尋常じゃないのか。ただ、端の方で一人だけ目がギラギラしている奴がいた。あいつだけは武者振るいのようだ。バトルマニアか。
『ほお……。俺の殺気を受けても平気な奴が何人かいるみたいだな。今年はいい粒が入ってきたじゃねえか。楽しみだぜ。面倒は嫌いだが、イベントは嫌いじゃねえ。時を選んだ挑戦ならいつでも受けてやろう。ま、俺からは以上だ。あばよ』
けらけらと笑いながら副会長は壇上から降りていった。
灯篭崎万夜。
この人、一体、何者だ?
とにかく理解した。この人を怒らせてはいけない。敵に回すなんてとんでもない。僕が地獄だと思っていた時間が、本当に遊園地になってしまう。腰に差している、頼り甲斐のあるはずの聖剣が、ここまで心もとないと思ったのは初めてだ。
あの人と僕とでは格が違う。あれで副会長なんだろう? 美空のお兄さん、つまり会長さんはどんだけなんだよ。いや、強さで会長になれるとも思わないが、副会長より上だと思っていた方が良いだろう。
でも美空と知り合いで良かった。何か誤解が生じても彼女に仲介してもらえば、会長さんを敵に回さずに済みそうだ。あるいは問題が起きたときに助けてもらえるかもしれない。
ん? どこかのマイクが音を拾っているのか何か聞こえてきた。
『放せ、放すんだっ! 古林会計! 稲妻書記!』
『放せる訳ねえだろ!』
『そうです! 落ち着いてください、会長!』
『黙れ! もう探すのは面倒だ! 手っ取り早くここにいる連中を全員まとめて……』
『虚空!? 何でいやがる!? 俺の封印をどうやって解きやがった!』
『力ずくで破壊してきた!』
『な、あの術式どんだけ手間と金が掛かると思ってんだ! 正しい順序で外せば使い回しが出来るんだよ! 弁償しやがれ!』
『うるさい!』
『てめえ……! 今日と言う今日はもう我慢の限界だ』
『副会長?』
『灯篭崎先輩?』
『殺す。絶対に殺す。もう許さない。全身全霊全力を持って、俺の怪談全てを使い切ってでも! お前を殺してやるよぉ、虚空!』
『どうしましょう、先輩』
『ふ、副会長! 貴女にまで暴走されたら私達はどうすればいいんですか!』
『紅! こっちは俺と魔女がどうにかするから、進行を頼む!』
『オフコースです、稲妻先輩』
『おい魔女。俺が雷撃で結界を作るからそれを補助しろ』
『ちょ、大丈夫なの? あの二人の攻撃を防御したらアンタの身体がもたないんじゃ……』
『言ってる場合か! お前のサポートも重要なんだからな! 先生方が駆けつけてくれるまで持ち応えろよ!』
『で、でもあたし、自信……』
『信用してるぜ!』
『……うん!』
『頑張ってください、夫婦の共同作業』
『誰が夫婦よ、挟間くん!』
『何が共同作業だ! いつまでいんだ! さっさと行け!』
流れてくる音声に唖然としている僕達だったが、先程の庶務が壇上に上がってきた。
『えー、本来なら新入生代表に挨拶をしてもらう所だったんですが、問題が発生しました。省略させてもらいます。新入生の皆さんは会場から避な……退場して、指導員の指示の下、各自の教室に向かってください』
ちょっと待て! 今、避難って言いかけたよな! 何だ、何が起きているんだ!
『ではこれで。僕は副会長達の助太刀に行かなくてはならないので』
せ、説明をくれよ。誰でもいいからさ。
そんな思いを込めて遠くの席に座っている美空を見ると、苦笑しながらウインクされた。