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入学式前日2

 改めまして、俺は灯篭崎万夜。


 魔物や妖怪、悪魔祓いや異能の末裔、伝説の神器に選ばれたり異形の力に目覚めたりした人間といった裏側の存在ばかりが通う学園で生徒会副会長をやっている高校三年生の怪談蒐集家だ。


 趣味は読書とネットと怪談創作。特技は暗記と翻訳。将来の夢は一万の怪談を集めること。好きな科目は現代文と歴史。尊敬する人物は鳥山石燕。好きな食べ物はざるそばと甘い物全般で、嫌いな食べ物は辛い物。好きなイベントは肝試しと誕生日パーティー。好みのタイプは根暗だけど笑顔の似合うキレイ系で、嫌いなタイプは露出狂のデブ。現在、恋人はいないが特に募集はしていない。家族構成は世界放浪の旅をしている母親のみ。


 明日の入学式進行の打ち合わせをするため、ほとんどの生徒が春休み最後の一日だってのに登校している。まあ、練習熱心な野球部と吹奏楽部は練習中だけどな。逆に言えばそれだけだ。教師一同を合わせても百人いるかいないかってくらいか。


 俺の目の前にいるのは……簡単に言うと、悪魔と吸血鬼のハーフで、神園虚空という名前の、シスコンの生徒会長だ。

 今、こいつは俺を面倒なことに巻き込もうとしていた。


「明日入学してくる奴の中に、妹の好きな奴がいるらしい!」

「…………………………………………………………………………は?」


 一瞬、思考が停止した。


「おいおい、何の冗談だ? お前の妹……こういう言い方はあれだけど、筋金入りのブラコンだぞ?」


 この兄にしてあの妹あり、みたいな。想像出来るか? この兄妹、高校生になって同じベッドで寝ることに抵抗がないんだぜ。

 いつ兄妹の一線を越えてもおかしくないつうか、今日まで越えていないのが不思議なくらいだってのが、二人をよく知る人間共通の意見だ。人間以外の意見もかなり入っているけどな。


「これが冗談を言っているような眼に見えるか!」

「近い。離れろ」


 しかし、本当に真剣な眼をしていた。こいつがここまで真剣な眼をしているのは、いつ以来だろうか。そうだ、確かこいつの妹にストーカーがついた時だ。俺も強制的に参加させられて、そのストーカーをリンチにしてやったんだった。まあ、俺がやったことと言えば、そいつの運命を怪談で縛って一生抜けられない迷宮に誘い込んでやったんだけどな。今もまだいるはずだ。助けることは出来ない。そういう怪談だから。

 いやあ、あの時は大変だった。何が大変って、こいつ、あのストーカー野郎を地獄の最下層こと『コキュートス』にマジで落とそうとするんだもんな。それが出来る権限が与えられているだけ怖い。あの氷結地獄に比べたら、俺の『永遠迷宮』なんて遊園地のアトラクションだ。


「冗談じゃないなら、勘違いって可能性はねえのか?」

「このメールを見てもそんなことが言えるのか!」


 野郎は俺の顔面に自分のスマホをぶつけてきやがった。画面にヒビが入るんじゃないかって勢いで。

 さすがに近すぎて画面が見えないので、引き離す。


「えっと、何々……『兄様、今まで黙っていたけど、好きな人が出来ました。明日から、この学園の一員となる人です。きっと兄様の御眼鏡にも適うと思います』か。なんともまあねえ」


 確かに、こりゃ勘違いのしようがねえな。


 こいつがあのブラコンシスターの冗談だって線も却下。あいつがこの『兄様』に嘘を吐くなんて有り得ない。まあ、その『兄様』を差し置いて別の男を好きになるって話も有り得ないと言えば有り得ないんだが……


「でも喜べよ、親友。お前の妹は青春を謳歌してやがるぜ?」

「黙れ」


 それは、いつものふざけた感じとは全く違う、威圧感のある声だった。魔王の血族にふさわしい迫力と殺意に満ちた声。

 頼むから、普段からその調子でやってくれよ! いやマジで!


「異性間の友情ならともかく、恋愛だと? どこの馬の骨だ、俺の可愛い美空をたぶらかしたのは! 死神に刻ませて煉獄で焼いてベヒーモスの餌にしてやる!」


 ああ、ベヒーモスってのは、『地獄のソムリエ』『終末の怪物』と呼ばれる大食漢の魔物な。書物によって姿は変わるが、アホみたいに巨大な肉食の化け物だと思ってくれれば間違いはない。


「おかしいと思ったんだ、最近、美空がふと上の空になることが多くてさ」

「へえ」

「この前の休日に買い物に行ったんだが、いつもと変わらず楽しそうにしているのに、時々憂いの表情を見せたんだ!」

「前聞いたな、それ」

「風呂も寝るのも別々になることが多くなったし!」

「それは年頃の女子としては普通だ」

「挙句、昨日なんか俺とのティータイムをドタキャンしたんだ!」

「ああ、それは異常だな」


 つい半年前だったか、こいつの妹はこんなことを言っていた。


『私と兄様のティータイムは、例え地球侵略を目論む宇宙人にだって邪魔させません』


 すげえ台詞だったし、殺気を向けられて言われたからよく覚えているんだ。


「紅庶務!」


 俺の背後にいた生徒会庶務、紅挟間を呼びつける生徒会長。


「はい、何でしょうか?」

「明日入学してくる連中の名簿を至急持って来い! メールの文章から察するに、俺の可愛い妹を汚したゴミは、おそらく高等部に入ってくるはずだ!」

「いや、そんなことは分かりきってんだろ」

「分からんぞ! この学園には初等部や中等部もある! 美空が実はショタコンだったという可能性も零ではないんだからな!」

「お前、実の妹がそんな趣味を持っていると考えているのか?」

「ついさっきまで俺以外の男に興味があるとさえ考えていなかったがな!」


 ごもっとも。俺も事態についていけねえよ。まあ、良い兆候ではあるんだろうけどな。兄離れ妹離れの時期が来たって感じだと思うけどね、普通に。


「会長、これが明日入学してくる人の名簿です。今年度の高等部への入学者は五十名ですね。主に人間で、神器に選らばれた人が二人もいます」

「よし寄越せ!」


 挟間の手から資料をひったくるようにして奪う虚空。これが俺の親友で、この学園の生徒会長か……。

 そういや、狭間も言っていたが、明日の新入生の中には神器使いが二人もいるんだったな。『答える者』と『裏切り者』。違う神話の産物ではあるが、何とも皮肉な組み合わせだ。俺の母親が立て続けに発見したというんだから、運命的なものを感じてしまう。

 もしかして、そのどっちかか? まさかねえ。


「お前も素直に名簿持ってこなくていいからな、挟間」

「いえ、生徒会長命令ですから。別に面白そうだなあーとか、副会長も実は楽しんでいるんだろうなーとか考えていませんよ?」

「嘘が下手過ぎる」

「で、副会長の本音は?」

「まあ、これを利用して新しい怪談を創ろうって気はあるな。愛した女の為に魔王と戦うって王道な話だけど、俺の怪談の中にはなかったしな」

「怪談に入りますか? それ」

「初代の創った怪談は最早神話の領域だからな。子孫の俺が似たようなことやっても問題はねえだろ。まあ、実際はシスコンの兄貴を折らせるってだけの話なんだが」

「怪談っていうか、恋愛小説みたいですね」

「ごもっとも」


 俺と挟間は肩をすくめた。


「くっ! さすがに情報が少なすぎる! どうすればいい!」


 はあ、全く。こんなことする義理も意味もないけど、知恵を貸してやるか。


「簡単じゃねえか、犯人のいぶり出す方法なんてよ」


 犯人って言い方もいぶり出すって表現も正直どうかとは思う。が、ここはこいつに合わせた方が動かしやすいだろ。


「早い話、そいつが誰か分かればいいんだろ? 美空はそいつのことを知っている。これが第一前提だ」


逆は有り得るかもしれねえけどな。美空がそいつのことを一方的に好きで、美空の存在を知らないって可能性はゼロじゃねえ。だけど、それを言っても始まらないので飛ばしておく。


「そして、そいつ……仮に『A』と呼ぼう。好きな相手だってんなら、美空は必ず『A』に対して何かリアクションを起こす。声を掛けるかもしれないし、遠くから見るだけかもしれない。だが、何かアクションは起こすだろう。クラスが違えば、顔を見る為だけに別の教室に行くかもしれない。つまり美空を観察していれば、自ずと分かるって寸法だ」


 本当は美空の頭の中を除けば分かるんだが、それはかなり無粋な行為だし、虚空が許さないな。次期魔王候補の血縁者にそんな真似をしたら、さすがに悪魔の連中も黙っていないだろうし。


「なるほど。だが、それはどう見極めればいい? そして誰がやるんだ? 俺やお前が一年の教室の前をうろつけば目立つし、使い魔の使用は校則で禁じられている……いや、妹の為だ。破るとしよう」

「いやいやいや! 待てこら! 普通に挟間にやらせたらいいだろうが!」

「え?」

「お前も『何で僕が?』みたいな顔すんじゃねえよ」

「だって僕、女子の視線の変化とかよく分かりませんし」


 真顔で言う挟間。


 そうだ。こいつ、観察力が皆無なんだった。人から離されて生活していた弊害だな。こいつの彼女になった奴は苦労するんだろうなと不要な心配をしてしまうぜ。


「じゃあ誰か知り合いに頼むか。俺が知っている新一年でこういうのが得意なのは、カボチャか占い師のどっちかだな」

「どっちも信用出来そうにないですね」

「あれ、あいつらってお前の悪友じゃなかったっけ」

「だから信用出来ないんですよ」

「ごもっとも」

「どういう意味ですか」


 そういう意味だ、悪食小僧。


「お前はどうだ、虚空」

「俺の知り合いで新一年で観察力がありそうな奴らは全員、美空の友人だ」

「……ああ、そりゃダメだな」

「え? 何でダメなんですか?」


 挟間が怪訝な顔をする。


「頼めば協力はしてくれるだろうさ。だけどな、挟間。例え異形だろうが英雄だろうが悪魔だろうが天使だろうが魔物だろうが妖怪だろうが、年頃の女子ってのは恋愛沙汰が好きなもんだ。参加するにしろ傍観するにしろ」

「はあ」

「つまり、美空が恋をしていることを教えれば、あいつら余計な真似がすることは目に見えている」

「具体的には?」

「そうさなあ。俺達に間違った情報を渡したり、美空と『A』の橋渡しをやったり、俺達の作戦を邪魔しようとしたり、美空と『A』の恋模様を見守りながらニヤニヤしたり。とかだな」

「分かりましたけど、よく分かりません」

「会計の魔女にでも少女漫画借りて、それを読め。いくらか参考になるはずだ」

「分かりました」


 まあ、最近は少年雑誌でも普通に甘酸っぱい恋愛漫画やっているみたいだけどな。バトル漫画でも要素の一つとして繰り広げられているし。

 王道は過去の偉人達が究めたからな。そういう点も出来るようにならねえと、これからの漫画家は生きていけねえよ。


「副会長は読まないんですか? 少女漫画」

「あー、持ってないことはないけど、かなり古いのにかねえからな。内容は古いし、本そのものもかなりボロいぞ」


 そういや、時世って少女漫画読むのか? 元とはいえ聖女だし、そういう嗜好の類には手を出さないのかもしれない。そもそも、あれが少女漫画見て二次元の恋する乙女に共感する姿とか想像……出来るな。あいつ、絶対ツンデレだし。相手は鉄人な。


「まあ、あれだ。とりあえず訓練も兼ねて、挟間にやらせよう。明日はとりあえずそれで試して、その結果次第で次の手を考えようじゃねえか」


 ぶっちゃけ、俺も興味あるしな。あのブラコン吸血鬼が好きになる男って。

 考えられるパターンは二つ。

 一つ目は、虚空のような奴。こっちだと虚空の代用品としての意味合いもあるな。

 二つ目は、虚空とは反対な奴。こちらだと虚空との対比として選んだってことになるな。

 番外で、その中間。虚空のような部分も虚空とは違う部分も顕著な奴。まあ、見方によっては一つ目とも二つ目とも思えるパターンなんだが。


 まあ、どんな相手だろうとこの生徒会長は認めないだろうがな。そもそも、向こうが美空のことをどう思っているのかは皆目不明だし。


「まあ、眼鏡に適うとか言ってんだ。美空の方から言ってくるんじゃねえの? 『これが私の好きな人なの!』みたいな」

「っ! 認めん、俺は絶対に認めん!」

「会長、父親みたいなことを言っています。ザ・過保護ですね」


 挟間の台詞は、その過保護な生徒会長には全く聞こえていないようだった。


「俺の妹をたぶらかせたことを、全力で後悔させてやる……!」

「程々にな」


 さてさて……面倒なことになってきたぜ。





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