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入学式前日

俺の名前は、灯篭崎とうろうざき万夜ばんや


 灯篭崎家五代目当主にして、神桐かみきり学園生徒会副会長をやっている者だ。


 夢は、一万話の怪談による世界最多の怪談集『怪奇万物語かいきよろずものがたり』を完成させること。

 歴代の『灯篭崎』は皆、世界に誇れるほどの怪談を創ってきた。特に初代が創った世界最長の怪談『唯一怪談』、二代目の史上最悪の怪談『十遺物伝』は、怪談を超えて、神話の領域だ。

 俺も彼らに負けないような偉大な怪談を創りたいものだ。


 今現在、明日の入学式の打ち合わせを生徒会長としているところだ。場所は生徒会室。時間は正午前。


 さて、晴れて三年生になる訳だが、俺の次の進路は既に決まっている。都心の大学で民俗学を学ぶつもりだ。夢の完成にも役立つだろう。

 初等部時代から腐れ縁の切れない悪友ともこれでようやくおさらばだ。……の、はずだ。はずだよな? 実はあいつも同じ大学に進むなんてことはないよな? あいつ、実家を継ぐ為に俺よりずっとレベルの高い大学に通うはずだものな。具体的には、この学園の大学部。

 でも、この心配が杞憂で終わらないような気がしてならない……。何故だ。


 俺が生徒会で副会長をやっているのはあいつが原因だ。というか、あいつが生徒会長になった所為で俺まで巻き込まれた形だ。

 我が高校の生徒会の会長は、代々選挙制だ。他の役員は、生徒会長が独断と偏見に基づいて選ぶか、一般生徒百名以上の推薦によって任命されるかのどちらかだ。自分から入るのはどちらかと言えば、前者に入る。

 で、俺は後者。

 俺を推薦した連中曰く、「あの人の相方はアンタ以外にはいない」らしい。

 いい迷惑だ。

 俺以外の役員は前者だ。中には来年度高等部に繰り上がってくる中等部の奴もいた。いや、変だけど良い奴だったのでさして問題はないが。まあ、書記と会計のチョイスは最悪だけどな。まあ、あれは喧嘩するほど仲が良いってタイプの人間だけどな。いや、仲の良い喧嘩しかしねえ関係ってとこか。


 だけど、敢えて合わせるもんでもねえだろうに。俺の親友の考えることは俺には分からん。あいつの妹には分かるかな。いや、分からないな、多分。


 それだけ、難解な生物なんだ。いや、悪魔で吸血鬼なんだから生物っていうのは微妙なラインなんだけど。


 そんな俺の思いも知らず、『そいつ』は紅茶を飲んでやがる。てか、主に仕事は俺がこなしているんだかな。


「ん? どうした、万夜?」


 神桐学園第百十八代目生徒会長、神園虚空は、何一つ悪びれる様子なく俺に問う。


 神園かみぞの虚空こくう

 まあ、虚空は母親が名付けたもんだが、神園ってのは皮肉を効かせた偽名なんだよな。

 怪しげな雰囲気を醸し出す美少年。切れ長の目が特徴的で、優しげな微笑みが嫌味なくらいに似合う。おそらく全世界の男の敵だろう。小中高大一環の学園であるだけに、その人気は同世代だけでなく、年上や年下にまで及ぶ。

 そんな彼の身の上を簡潔に言えば、魔王ルシファーの末裔にして、吸血鬼の族長の血も引く異形のハイブリット。異常ったらねえ。どんな混血種だよ。才能って時点で鳥肌が立つ。存在がぶっ飛びすぎて、こいつの怪談を創ろうって気は皆無だ。

 この学園内では、断トツで最強だろう。いや、『世代』単位で見ても十分に最強だな。


 俺が尊敬して止まない初代『灯篭崎』の怪談よりもなお、彼に『最強』の二文字はふさわしい。

 怪談を扱えるだけの人間である俺では、逆立ちしても勝てないだろう。


 だけど、何故か強気で出てしまう俺がいた。


「いや、さぼってねえで手伝えや。この混ざり者」


 俺の言葉に、会長は何が可笑しいのか目を細める。


「くくく。俺にそんな口を効くのは親戚を除けばお前以外にはいないよ」

「その台詞は聞き飽きたよ」


 お前以外にも色んな連中から言われるからな。主に、お前の従者とかお前の好敵手とかお前の高貴なお友達とか。


「それより万夜。突然なんだが、俺の妹の魅力について語らないか?」

「本当に突然だな! いきなりどんな話を振ってきてんだ、お前は! そんな話題を振られても、俺はただただ困るだけだ!」


 このドシスコンが!


「ほら、俺は悪魔の血も引いているから欲望に忠実なんだ」

「何一つ説得力のない話だな!」

「まあ、その欲望さえも俺は支配するがな」

「さっき思いっきり左右されてたじゃねえか!」

「ちなみに俺の妹の最大の魅力は胸部と笑顔にあると思う」

「単純におっぱい星人で面食いなだけじゃねえか!」


 実の妹をどんな眼で見てやがる!


「いやしかしだ、万夜。妹の性格が良いと感じるのは余計に危うくないか? 倫理的な観点から」

「悪魔が何ほざいてやがる! そしてお前ら未だ一緒に風呂に入ってんじゃねえか! その時点で倫理を騙るな!」

「え?」

「何が『え?』だ! 言っておくが、高校三年生の兄と高校一年生の妹が一緒に風呂に入るなんて普通じゃねえからな! 例え人間じゃねえとしても!」

「そうなのか? いや、ベルゼブブ家やリヴァイヤサン家の連中も、兄弟姉妹で普通に入浴すると……」

「そ、それの家族交流が貴族の嗜みとでもほざくつもりか、この腐れ悪魔どもが!」


 と、俺が叫ぶと、近くの教室から怒鳴り声が聞こえてきた。


「はああ!? このクソアマ、もう一回言ってみろや!」

「ああ何回でも言ってやるわよ、この人間スタンガンが!」

「誰が人間スタンガンだ!」

「なら人間コンセントかしら! その鼻に冷蔵庫のコンセントを刺せばさぞかしお似合いじゃないかしら!」

「んだと、てめえ! 足に石くくりつけて橋の下から川に落とすぞ!」

「やってみなさいよ! どうせ効かないから!」

「え、じゃ、じゃあ十字架に縛り付けて火葬してやんぞ!」

「だから効かないんだって!」

「不死身かよ!」

「その通りよ!」


 俺は深い溜め息を吐く。


「行ってくるわ」

「ああ。頼む」


 お前が行く気はゼロなのかよ。と、聞くまでもない。こういう雑務は俺の仕事だ。あいつはただ、じっとりと構えいれば良いんだから。

喧騒が聞こえる教室に入って、睨み合う二人に声を掛ける。


「おーい、静かにしろよ、お前ら」

「あ、副会長! アンタからもこのアマに言ってくれ!」

「灯篭崎先輩! 先輩は私の味方ですよね!」

「どっちの味方でも仲間でも同志でもねえよ」


 強いて言うなら同属だ。同類でも同族でもないので要注意、っと。


「お前ら、何でそんなに仲が悪いんだ?」

「知りませんよ! こいつが性格悪いからじゃないですかね!」

「はあ? ふざけんじゃないわよ、一時は聖女とまで言われた私の性格が悪い訳ないでしょ!」

「だけど今魔女じゃねえか!」

「しょうがないじゃない! あんな美味しそうなチョコレートケーキがまさか魔女になるアイテムだなんて分からなかったんだから!」


 毎回思うけど、すげえエピソードだな。チョコレートケーキを食べて聖女から魔女になるってどんな人生だよ。


 彼女、古林こばやし時世ときよは、魔女だ。

まだ女子高生なので、正確には魔法少女と呼ぶべきだろうか。それにしては色々と荒んでいるが。性格もかなり過激でピーキーだし。魔女になった後に受けた迫害が原因らしいが、それも含めて敵役の魔女が適任だ。まあ、最近の魔法少女は方向性が変わってきているそうなので、彼女でも務まるかもしれないが。

 生徒会会計で、この春からは高等部二年生。

 聖女から魔女に転落しようと才女であることには違いなく、学年でもトップの成績を誇る。単純な頭の良さなら虚空に並ぶだろう。

 しかし、魔女になった時のエピソードから分かるように、どこか抜けている。残念な天才とでも言うべきなのか。

 眼鏡を掛けているが、伊達だ。綺麗な髪をしているが、手入れは魔法で済ませているらしい。その他家事も基本は魔法でちゃっちゃとやるらしい。魔女になったことを嘆いている癖に、ちゃっかりしている。


「はん! ざまあねえな!」

「何よ! アンタだって人体改造されてその姿になったんでしょ!? 人のこと言えないじゃない!」

「うっせえ! 俺は自分から志願したからいいんだよ!」

「よく言うわよ! 本当はサイボーグになりたかったんでしょ! だけどアンタ、体のどこもメカじゃないじゃない! 電気発するだけじゃない!」

「それを言うな! 手術ミスだ!」


 それがミスの範囲に入らないことは、お前が一番よく分かっているだろう?


 彼、稲妻いなずま鉄人てつとは改造人間である。

 ある研究者がサイボーグを作ろうとした。鉄人はそれに志願し、改造手術を受けた。しかし、研究者の気が途中で変わり、「あ、電気人間って創ってみたいかも」と気軽な感じで予定を変更。そうして、電気ウナギならぬ電気人間、『雷帝』稲妻鉄人は誕生した。

 生徒会書記で、この春から高等部二年生。

 電気人間も相当すごいはずだが、サイボーグになりたかった彼からしてみれば違約もいいところだった。しかし研究者はそのまま逃亡。元の純粋な人間にもなれず、鉄人は電気人間として生きていくことになったのだ。

 成績も運動神経も悪いない。むしろ上の方だ。特に戦闘能力でいえば、あの虚空を戦慄させるほどの一撃を持っている。学園内でも指折りの実力者だろう。

 だが、性格が短気過ぎる。挑発にすぐ乗る。罠によく嵌まる。頭は悪くないはずなのに、それを戦闘で使えない。こいつはこいつで、残念な天才だ。


 俺が思うに、時世と鉄人の仲が悪いのは同属嫌悪のようなものだろう。本来なら別の姿をしていたはずの自分を、相手と重ね合わせているのかもしれない。

 単純に馬が合わないってだけかもしれないが。いや、このぶつかり合いは夫婦喧嘩みたいなもんだけどな。


「このチョコレート魔女め!」

「……っ! 言ってはならぬことを言ったわね、この人間スタンガン!」


 まあ、似たような関係や喧嘩もこの学園ではよくあることだ。戦いで成長するのが、異形の宿命なのだから。

 ただし。


「喧嘩なら余所でやらんかい! 教室で暴れんな!」

「ぎゃあ!」

「うえ!?」


 まあ、もっと言うなら校庭で暴れとけ。お前らの火力と電力はちょっとした大事故クラスなんだからよ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、副会長! その今にも人を殺しそうな目付きは何だよ、こええよ!」

「そ、そ、そそそそうですよ、わ、私は悪くない! 悪いのはこいつです! その物騒な本はこいつに向けてください!」

「あ、てめえ汚えぞ!」

「汚くないもん!」

「黙れ。喧嘩両成敗だ」


 というか、この場合はどっちも悪いだろうが。


「安心しろ。永遠に苦しめるタイプの怪談は使わない。一瞬で終わらせてやる」

「い、一瞬!?」

「一撃もかけないってことですか!?」


 当たり前だろうが。俺を誰だと思ってやがる? 一万という途方もない数字の怪談を集めようとしている大馬鹿だぞ。

 常識や定石なんて井戸に捨てたよ。


「俺の怪談の餌食となれ」


 犬猿の仲である二人が俺を怯えた眼で見ながら抱き合った瞬間。


「副会長。ボルテージマックスのところスイマセンけど、判子ください」


 と、急に背後から声を掛けられた。

 俺を相手にそんな真似が出来る奴は、この学園に十人といない。その内の二人が、我が生徒会にいるというのだからやり辛い。


 俺は後ろに振り返る。

 そこには予想した通り、彼がいた。


「気配を消して俺の背後に立つな」

「スイマセン」

「本気で謝ってる?」

「はい。モチのロンです」


 一応、誠意は感じるんだが、こいつの持つ独特の雰囲気がそれを妨害している。どんな雰囲気かといえば、刀が納められた鞘を向けられているような、馬鹿にされているような加減されているような、そんな雰囲気だ。

 実際のところ、俺はこいつの本気が怖くて仕方ないが。


 彼の名前は、くれない挟間はざま

 どこか眠そうな目をした童顔の少年。

 生徒会庶務にして、この春からは高等部一年生。明日高等部に編入してくる連中とは同級生になる訳だ。

 彼は昔、ある堕天使を食したことがある。人間が『堕ちた』とはいえ天使を食うなんて前代未聞の大事件だった。天使が人間に殺されたり犯されたりすることはあったが、『食われる』なんてのは異例の事態だ。そして、その食われた堕天使の属性ってのも厄介な能力だったんだ。無論、挟間はそれを我が物とした。

 危険度だけで言えば、時世や鉄人よりも高い。成長株としてこれほど楽しみな人材はない。けど俺は好きだぜ? こういう常識の向こう側にいるような異物は。初代にも負けないような怪談になってくれそうで。


「それで、何の判子だ?」

「はい。昨年度の各部活の支出報告書です」

「その提出期限、かなり前じゃないか?」

「はい。他の部活は二ヶ月前の期限を守っているのですが、野球部がついさっき提出してきまして」

「……またかよ、あのゴリラ」

「はい。またです」


 あいつが部長になってから、野球部はこういう書類提出がかなりルーズになった。練習は前にも増して熱心になったんだがな。そのしわ寄せってところか。


「予算削るか?」

「それ、僕も言ったんですが、そうしたら……」

「暴力で脅してきたか?」


 俺の可愛い後輩をそんな目に遭わせるとは、許すまじ。


「いえ。土下座して『お願いですからそれだけは勘弁してください! 今年こそ裏甲子園に行くことを目指しますから!』と言われました」


 おい、つまり昨年度までは行くつもりがなかったってことか。つうか、同じ言い訳を去年もしてなかったか?


「…………呆れて物が言えないな」

「一応、副会長のご意見次第だと言っておきました」

「会長の意見ではないんだな」

「副会長が会長に反対することはあっても、その逆は滅多にありませんから」

「よく理解してんなあ」


 思わず苦笑する。

 挟間から書類を受け取って、会長のいる部屋へと戻る。ちなみに、時世と鉄人は俺と挟間が話している間に、仲良く逃走しました。あの二人、本当は仲良しなんじゃね? って、実は学園中の生徒先生が知っている事実だけどな。


 部屋に戻ったら、何故か会長がテーブルと一緒に引っくり返って紅茶を頭から被っていたんだが、それはまた別の話。


 何やってんだ、こいつ……。


「き、聞いてくれ、万夜!」

「へいへい。何だよ」


 どうせまたくだらねえことだろうな。いつかみたいに魔界の運動会へ参加しろとかじゃねえだろうな。それとも、部屋を掃除された母親にエロ本でも見つけられたか? あるいは親父さんがまた勝手に見合いでも決めたか?

 どう転んでも俺が面倒事に巻き込まれそうな気がする。という一点だけは見事に当たっていたのだが、その内容は予想だにしない驚愕のものだった。


「明日入学してくる奴の中に、妹の好きな奴がいるらしい!」

「…………………………………………………………………………は?」



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