11 小さな村の依頼者
太陽が上りきり、少し傾きはじめた頃。シャフィとアークは狭い道を歩いていた。少し遠くに小さな家が見え始めている。あそこがシューロ村だろう。辺りの森は深く、漂う空気は厳かだ。古代遺跡があるという先入観からだろうか。
「あそこか」
アークの声にシャフィは頷いた。
「そうだろう。いきなり行くと、驚かれるかな」
「……話が行き届いてるといいが」
「ああ」
ちょうど化け蜥蜴の退治をした時だ。依頼を出したのは一人の若い村人で、他の村人は何も知らず、行って早々怪しまれた思い出がある。
そんな不安を抱えながら村に近づくと、ちょうど手前の家から一人の女性が出て来た。子供も一緒だ。
「あの、すみません」
シャフィがそう声をかけると、女性は驚いた様子で二人を見つめた。そんな様子に不安が大きくなる。
「ギルドの依頼で参りました。依頼内容は荷運びと聞いていますが、こちらはシューロ村でよろしいでしょうか?」
「えっ? ギルド、ですか?」
女性が警戒しているので、シャフィもアークも一度足を止めた。きょろきょろと二人を交互に見る様子に、二人とも顔を見合わせてしまった。
「あの、ここは確かにシューロ村ですが……」
そう、戸惑いながらも答えてくれる女性の足に、子供がしっかりしがみついてこちらを警戒している。シャフィとアークはちらと目配せしてしまう。危惧した通り、あの時の二の舞を踏んだようだ。
相手は女性。そして子供も連れている。ここはシャフィが話をすることにして、アークから受け取ったカードを女性に見せながら、シャフィは少しだけ近づいて言った。
「そうですか。あの、これを見て頂けますか? ガリアのギルドにあった依頼です。依頼元のところに、シューロ村とあるのが分かりますか?」
女性は恐るおそるといった感じでシャフィの様子を見ながらカードを覗き込む。そして怪訝そうに首を捻った。
「ええ……本当。この村のようですね」
なおも警戒心が緩まない女性を見て、シャフィはどうしたものかと困惑しながらも尋ねる。
「あの、どなたかギルドに依頼をしていないか、確かめて頂くわけにはいきませんか?」
「ええっ……」
「もしどなたもご依頼されていないのであれば、誤登録ということでギルドに伝えて、削除してもらいますので」
「はあ……」
荷運びは単純な仕事だ。ギルド初心者でも受けやすい仕事と言える。だからこそ、もしも依頼した覚えがこの村にないのなら、取り消しておかなければ、これからもよそ者が尋ねてくるだろう。そう思って申し出たのだが、女性は判断がつきかねるようで、おろおろと辺りを見回している。
すると、女性の目がシャフィ達の後ろで止まった。誰か来たのかと振り向いたのと同時に女性が声を上げる。
「あんた!」
やってきたのは、女性の夫らしい。男は困った様子でシャフィとアーク、そして女性をちらちらと見て、小さく溜息を吐きながら来た。
「依頼を出したのは俺です。あの、お名前を伺っても……?」
「えっ、あんたが依頼を?」
なんだかきまり悪そうに、目を逸らしたままそう言う男に、女性は唖然と見つめて問いかける。が、男は妻の問いかけは聞こえなかったのか、じっとシャフィとアークと見比べていた。
「あ……わたしはシャフィ。そして、アークです。あなたは?」
その様子に内心首をひねりながら、シャフィは男に尋ねた。やはり、何か別の依頼をされそうだ。
「俺はノーイックです。こっちはラフで、こっちはカルロ」
ちらと視線を飛ばして指し示す。どうやら奥さんがラフで、子供はカルロというらしい。その大雑把な様子にアークの目が細くなった。呆れているんだろう。
「ノーイックさん。それで、ご依頼内容は荷運び」
「シャフィさんとアークさんって、あのシャフィさんとアークさんですよね?」
内容確認を遮られ、なんだか妙な勢いで妙な確認をされ、シャフィの目は点になりそうだった。
「え? あの、とは?」
ぱちぱちと瞬きするシャフィを見て、アークが溜息混じりにノーイックへ声をかける。
「どれかは知らないが、そうある組み合わせの名前じゃないだろうな」
わずかに含まれた不機嫌さが伝わったのだろうか。ノーイックはアークをきょとんと見た後、少し慌てて弁解した。
「いや、いいんだ。多分俺の予想通りだから」
「……?」
これにはラフとカルロも不思議そうに首を傾げている。が、ノーイックは先ほどから、妻と子供は目に入っていないようだった。しばし目線を泳がせた後、どうやら覚悟を決めたようで、少し引き締まった表情でノーイックは口を開いた。
「あんた達に頼みがある」
シャフィとアークは目配せをして、それからノーイックに視線で先を促した。
「ちょっとこっちへ来てくれないか」
言いながら歩き出してしまい、ラフとカルロはぽかんと男の後ろ姿を見つめている。シャフィとアークはちらりと目を合わせ、言われた通りにノーイックの後を追うことにした。