動揺をおしこめて
必要とされていない皇妃など、陛下の隣にいる意味があるのだろうか.・・・。
だからだろうか・・・。
メルリには何が原因かはっきりとは分からない。メルリの知らない所で、ロゼリアに何かがあったのかもしれない。
ある日を境に、ロゼリアは変わった。陛下を遠くから眺めていただけだったのが、自分から陛下に近付き、声を掛ける様になった。
陛下の自室に自ら趣き、他愛ない会話をするようになった。陛下の態度は変わることは無かったが、それにもめげずに、ロゼリアは陛下の傍に居続けた。
まるで弱っている新芽を支える様に、彼女は人形のような陛下を支えた。
この時の陛下は、他の側室はおろか、重臣たちでさえ話しかけるのをためらうような表情をなさっていたと思う 。
現に皆必要最低限陛下に近付こうとはしなかったから・・・。
そんな中、皇妃であるロゼリアだけが、臆する事なく陛下に歩み寄った。
悲しみを紛らわすかのように、膨大な量の執務をこなされる陛下に休息を提案し、陛下が自室にいかれると、その後を追うようにロゼリアも陛下の自室に赴いた。
実に二年もの歳月、ロゼリアは何の見返りも求めずに、献身的に国王を支え続けたのである。
一年目は人形のようだった陛下も、二年目の中盤からは、もう殆ど以前の陛下に戻っていた。時間だけでは、ここまで早く陛下が立ち直れるとは思えない。
ロゼリアの支えがあってこそだったろう。
その頑張りを知っているからこそ、メルリは苦い気持ちでいっぱいだった。
なぜ、ロゼリア様ではないのだろう。
皇妃という座についていながら、陛下から一度たりとも顧みられることのない彼女。
ロゼリア様自身は、陛下を心の底から愛しておられる。
だが、陛下はーーー・・。
「でも、そう・・・。望んだのね」
その言葉に、メルリはハッとして顔を上げた。
「ようやく、彼女以外を」
そう呟いて、少し寂しそうに笑うロゼリア。
辛くないかと言われたら、やっぱり辛い。その相手が、もし私だったならと、考えてしまうのは仕方が無い。
この二年間のうちで、ロゼリアは陛下を愛するようになった。
人形のようだったあの方に、表情が戻るたびに感じる喜びは、いつしか愛しさに変わっていた。気づかなければ、ここまで動揺する事もなかっただろう。
きっと諸手を挙げて喜んだに違いない。今の自分では、そうすることは出来ないけれど。
けれど・・・それでも、嬉しかった。
一抹の寂しさはあるが、それでも、嬉しかったのだ。まだ陛下の口から直接聞いていないけれど、あの陛下がユリアナ様以外を見初めたのだと聞いて。
「後で陛下の口から、事実を聞き出さないといけないわね」
その時は、満面の笑顔で陛下の話に耳を傾けれるように。
しっかりと心の準備をしなければ。
「メルリ、ここを片付けてもらえる?」
「はい」
メルリはそれだけ言うと、布巾でテーブルを拭った。
テーブルの上に置いてあるティーセットを片付けようとして、確認のためにロゼリアに口を開く。
「なにか他に召し上がりますか?」
ロゼリアは顔をうつむかせたままだ。
「そうね、・・・ううん、いいわ」
「畏まりました」
それだけ言って、ティーセットをワゴンに片付けて行く。
最後の食器をワゴンに乗せたら、
「メルリ」
ロゼリアが俯いていた顔をあげてメルリを見つめた。
力なく笑うロゼリアに、メルリは姿勢をただした。
「はい?」
「私は・・・笑えるかしら」
ポツリと、ロゼリアは呟く。
独り言のような問い掛け。
メルリはそんなロゼリアに歩み寄ると、ぎゅっとその細い体を抱きしめた。
「はい。笑えます」
「ーーーそう。そうよね」
「はい、・・・・ですが」
そこで言葉を一旦区切り、メルリは体を離して、ロゼリアの顔を見つめて優しく微笑んだ。
「その後は、メルリの前でお泣きください」
泣けば少しは楽になれる。
そう教えてくれたのは、他でもない、ロゼリアだ。
「メルリ」
「さ、頑張りますよ。責めてもの腹いせです!陛下を盛大にからかって下さい!!」
「ーーーもう!なに言い出すのよ、メルリったら。・・・でも、有難う」
そうだ、暗い顔なんて陛下にお見せすることなど出来ない。
それならば、笑顔で。
あの方の側では、常に笑顔であるようにと、そう誓ったのは他でもない、自分。
笑顔であるべきだ。今までそうやって、『皇妃』をしてきたのだから。