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知らされたもの

「ロゼリア様!!」


 あまりに大きな声だった。


 息を切らせ慌てて部屋に飛び込んできた侍女は、椅子に座って不自然に固まっている己が主人に目を向けた。

 ロゼリアの手に握られているティーカップから、僅かに赤茶色の液体が伝い、白いテーブルを濡らしている。

 先ほどの大声に驚いて、零してしまったようである。主のロゼリアは、顔を顰めてそれを凝視したあと、溜息をついて、部屋の入り口に立つ侍女に顔を向けた。


「どうかしたの?メルリ」


 未だ乱れた息を繰り返す侍女ーーメルリは、切羽詰まった顔で、ロゼリアに詰め寄った。


「どうかしましたとも!!聞いて、落ち着いてお聞き下さい!」

「そうね、私は充分落ち着いているから、メルリが落ち着くべきね」


 ティーカップを静かにテーブルに戻し、ロゼリアはやんわりとした口調で、メルリに言った。メルリは恥ずかしそうに俯いて、もじもじと体を揺すった。


「もっ申し訳ありません……」

「ふふっーーーーで、どうしたの?」


 メルリが落ち着くのを見計らいそう問いかけると、彼女は今日の朝一の集会で得た情報を、のんびりとした主に告げた。


「こっ後宮に、新しい側室様が入られるそうです!!何でも陛下直々のお望みだとか!」


 ーーーー側室

 ロゼリアはテーブルの下で動揺を押し込めるかのようにきつく両手を握りしめる。

 ーーーーそれも、陛下直々の。


『お前を愛することは無い』


 初めてお会いした時の陛下の言葉が脳裏を過る。愛さないと言った陛下が、望んだ側室。


「そう」


 出した声は、以外にも震えていなかった。


「……そう、陛下が」


 ロゼリアは俯いて、白いテーブルに広がる紅茶をぼんやりと眺めた。


 側室が後宮に入る。


 ロゼリアにとって、それはずっと考えていたことだった。側室自体は後宮にすでに三人ほどいるから、それほど珍しくはない。

 国王なのだ、妃が何人もいるのは当たり前と言えよう。しかし、今回は少し違う。

 現国王は、ロゼリアとの結婚式のさい、ロゼリア本人にこう、告げていた。


『私は、彼女以外を、愛する事はない』


 ……と。彼女とはユリアナ様の事だと、あの時の私にはわからなかったけれど。


 とにかく今回、


『愛さない』


 そう断言した陛下が望んだ。

 ロゼリアの戸惑いの要因は、そこにあった。そう言えば、朝方陛下が何事か言いかけたが、あれは、この事だったのかもしれない。

 願っていた事だった。陛下が、いつか誰かを、再び、愛せるようになるように。この二年間、ただそれだけを願い続けてきた。ーーーーーきたはず、だった。

 喜ぶべきだ。

 陛下のことを想っているならば。

 喜ばないといけないのにーーーーそれなのに……。


「……ロゼリア様」


 顔を上げると、今にも泣き出しそうなメルリが、心配気にこちらを見つめていた。

 その唇が、言葉を紡ごうと開かれ、けれど何も発さないまま閉じられる。

 ロゼリアの胸中に渦巻いているのは悲しいとか悔しいとか、そんな感情では無かった。いや、既に心は悲しむ事を放棄しているのか……。現に皇妃になってから、涙を見せなくなっていた。皇妃になるまでは、涙腺が壊れているのでは無いかと言われるくらい泣き虫だったのに……。


 今の気持ちを言うなら、ただ、漠然とした喪失感。ぽっかりと、心に穴が空いたような、そんな感じとでも言おうか。


「駄目ね」


 ロゼリアは自嘲めいた笑みを口元に浮かべ、額に片手を当てて呟く。


「本当に、駄目。……自分で決めた事なのに。陛下が望んだのよ?あの、陛下自身が望まれた。いいじゃないの。素敵だわ」

「……」

「ずっとずっと願ってきた事が、漸く叶ったというのに……何でこんなに……喜べないのかしら」

「ロゼリア……様」


 メルリは俯くロゼリアに言葉をかけれずに、唇を噛み締めた。メルリが主人であるロゼリアに使え始めて早二年。その間、誰よりも傍にいたからこそ知っていた。ロゼリアがどんなに陛下に心を捧げてきたか。

 最愛の人を亡くし、まるで人形のようになってしまった陛下。後に重臣の言葉もあり、皇妃を決めることになった際、陛下の最愛の人が立つはずだった座に選ばれたのは、その日後宮に入ったばかりのロゼリアだった。

 困惑するロゼリアに顔を見せることもなく、ロゼリアが陛下の顔を拝見したのは、式同日。


『まるで幽霊みたい』


 部屋に戻ってきたロゼリアは、侍女の顔見せの際、メルリにそうポツリと漏らした。

 表情が消え失せた陛下。

 彼女がこういうのも無理はなかった。

 式が終わった晩は、本来なら陛下が皇妃の部屋を訪れるのが通例だが、陛下は実室に引きこもったまま、ロゼリアの部屋に訪れることは無かった。

 そして二年経った今でも、陛下が皇妃であるロゼリアの部屋に訪れたことは一度も無い。


 たったの一度も。


 皇妃として、王の子を成すのは最早当然の仕来りであり、義務。

 こればっかりは、一人ではどうにもならないのだが、頭の硬い上役の方々は、ロゼリアを既に見限っていた。

 皇妃であって皇妃では無い。

 仮初めの皇妃。


 ロゼリアは、陰でそう蔑まれていた。


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