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変わり、流れる


自室に戻ってきたロゼリアは、扉の前で直立していた兵士にやんわりと微笑を返して自分の部屋へと何事も無かったかのように足を踏み入れた。


そうして、誰もいない部屋をぐるりと見渡して、少しばかり、ほっと胸を撫で下ろす。


自分の部屋に帰るのはいいのだが、もしかしたらメルリが来ているかもしれないと危惧していたのである。しかし、どうやら杞憂で済んだようだ。ロゼリアの部屋は未だ薄暗く、自分以外は誰もいない。


静寂に包まれている部屋の中で、ロゼリアは備え付けてあるソファーに腰を落とした。そうして考えるのは先程会ったばかりのリヴァルトの事。


突然の対話でかなり動揺してしまった。


今頃は後宮に居るのだろうとばかり思っていたので、振って沸いたかのように現れたリヴァルトとの会話の内容は、正直最初、まともにものが頭の中に入ってこなかった。


どうにかこうにか落ち着きをとり戻し、必死に何でも無いかのように振舞えた自分を手放しで喜んでやりたいと思う。本当に。


それに、独り言の内容といい、本当に聞かれなくて良かった・・・。


聞かれたくないような話を当人の自室でするなという感じではあるだろうが、ロゼリアにとっては最早、毎朝部屋に赴いて彼を起こすのが日課になっている。その為自然に部屋へと足を運んでしまったのだ。


勿論そこに彼が居ないと言うことを知っていたので、あの場で居合わせる事になろうとは夢にも思わなかった。


ロゼリアはソファーから立ち上がって、部屋を出る前に残してきたメルリへの置手紙を手にとって、文字が判らなくなるまで小さく破くと、屑籠へと捨てた。一応と思って残したものだったのだが、逆に見られなくて良かった。


朝からとんだ失敗をしてしまったと思う。


頻りにロゼリアの髪を気にしていた所を見ると、余程陛下は気に召さなかったのだろう。


確かに、少し迂闊だったと思う。誰にも会わないかもとはいえ、自分の部屋に居るわけではなく、城内を少しとはいえ出歩くのだ。朝早くとはいえ、王の正妃、この国の皇妃としてそれ相応の格好で出歩くべきだった。


今の自分は、男爵家の娘ではなく、この国の皇妃としての立場にある。


「・・・少し、気を引き締めなおさないと。今はまだ、私が彼の妃なのだから」


何度も繰り返し、自分に言い聞かせる。


彼の恥にはなりたくない。


絶対に。


常に気を張り続ける必要は無いだろうが、そうあろうと努力する事は大切だ。




・・・それにしても。




ロゼリアは部屋の窓に近づくと、窓を覆ってあるカーテンにそっと手を伸ばし、真横に引いた。シャッと軽快な音とともに動きに合わせてカーテンが引っ張られ、窓に映る、微妙な顔をした自分の姿が目に飛び込んでくる。


「何で・・・陛下は自分の部屋にお戻りになっておられたのかしら?」


そう、それが疑問でならない。


彼が後宮に行ったのは事実だろう。


メルリが嘘を言うはずはないし、陛下の・・・。


『俺の勝ちだな』

 

ロゼリアの脳裏に不意に浮かんだのは、リヴァルトの部屋の護衛を勤めていた兵士の言葉。


あれ?と、ロゼリアは首を傾げる。


そもそも、ロゼリアはいつもの事だったので疑問に思わなかったのだが、今思うと明らかに不自然な状況だった。いや、陛下が部屋に居たのは不思議だが、その前にだ・・・。


まさか・・・。


いや、そうだ。そうだ、絶対。


あの時点で、ロゼリアは気付くべきだった。


普通に考えて、陛下の護衛も兼ねている部屋つきの兵士達が、無人である部屋を見張るわけが無いではないか。後宮に居るならば、陛下の私室を見張り続ける必要は無い。


どうして気づかなかったのだろう。


彼らが部屋の前に居た時点で、それこそが陛下が部屋に居る証明みたいなものなのに・・・。


「馬鹿ね私ったら」


あの時に気づいていれば、まともな格好で彼の前に・・・いや、もう少しでも、整った姿でいつものように心に余裕を持って対応できただろうに。


そこまで思って、ロゼリアはふっと笑いが込み上げてきた。


余裕って一体何なのだろうか。


思い返せば、一体、自分はいつから彼と会話するのにどぎまぎしながら話すようになったのだろう。緊張しながらの会話。


昔では欠片も考えられなかった。


こんなに臆病な自分になるなど、想像出来るはずも無い。いいや、そもそも、始まりを思えば、彼に思いを寄せる事すら・・・。


愛さないと最初に言われた。私を。彼女以外を。


誰にも話していない自分自身の気持ちがある。そう、最早話すつもりの無い、当時の気持ち。


思ってもいなかった未来。思い描こうともしなかった、今の気持ち、想い。


想像することも、その必要さえ感じなかった、あのころ。


城に着くが否や、唐突に突きつけられた、両親から聞いていた話とは百八十度違う、半ば強制的な婚約に結婚。男爵家とは言ったものの、ロゼリアの両親が統治していた領土は、この王都からすると僻地も僻地。この王都の噂も、その領地に住んでいた自分たちの耳には滅多に入ってくる事さえない田舎だった。


そんな田舎の男爵家の娘である自分に唐突に降って沸いた、陛下の側室へとの話しに、最初は冗談だと笑い飛ばしたのは、遠い日の自分。陛下の顔は遠くから数回見た事があるぐらいの程度しかなく、そんな自分にそんな話が来るなどありえない。夢物語を通り越して、想像することすら馬鹿げている。


そう思っていた過去の自分を思うと、今、自分が置かれた状況は、最早喜劇としか言いようが無い。


昔のままのロゼリアだったならば、リヴァルトに新たな想い人が現れた時点で、笑ってこの場を譲り渡した。こんなに苦しまずに、こんなに心を痛めずに、こんな思いも知らないまま、平穏な日々を過ごし、そうして、この想いを知らないままにここから去れただろう。


いや、もしかしたら、そうでなければならなかったのかもしれない。


彼の為に出来ることを・・・。


最初そう思った時は、将来こんな想いが自分に芽生えるとは思わなかった。


欠片でさえも、それだけは有り得ないと、ロゼリアは最初そう思っていたのだ・・・。




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