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暗躍する影 ー2ー

ーーやはり、引き受けるのでは無かった。


薄れる意識の中、男はぼんやりとそんなことを思った。急速に冷えていく自分の身体から、どんどん力と共に抜けていく命の欠片。


最早痛みは無く、何も感じない。それでもどうしてこうなったのだろうと、彼は思う。


どんなに悔やんでも、今更だった。働かない頭でそんな事を考えていると、ふと、視界に黒いトランクが映った。


ーーああそうだ。


彼はゆっくりと思考を巡らせながら嘆息した。事の始まりは、あの荷物を運ぶ事を依頼された事から始まったのだ・・・。




彼は、ちょっとした配達をして、日々の生活費を稼いでいた。手紙や小包といった、たわいなく、有り触れた品物を指定された場所まで配達し、その運送料としてお金を貰う。日々の稼ぎはスズメの涙程ではあったが、それでも平穏な日々を過ごしていた。


その平穏な日々が続いていたある日、男の元に一通の手紙が届いた。宛名を確かめると、夢を追いかけて家を出ていった、大切な愛娘からの物だ。


可愛らしい小花が描かれた薄水色の便箋には、後日、その愛娘が家に帰って来るという旨が書かれてあり、男は喜びで頬を緩めて何度も同じ文章に目を通す。


どうせならば、派手に娘の帰還を祝ってやろう!


妻は遠の昔に他界している為に、二人だけという少人数でのお祝いになってしまうが、それでも久々に会える娘の顔を思い浮かべながら、彼は眠りに着いた。


翌朝、いつものように仕事をしに行く。娘のお祝いの為に、稼がなければならない。


そのせいもあって、彼はいつも以上に仕事に没頭した。娘が来る日にちまでまだいくばかはある。あせる必要はなかった。だが、気持ちは一歩先をいってしまい、どうにも熱が入ってしまう。

 

そんなこんなで、明日で娘が帰ってくるという日になった。こつこつ貯めたお金は正直自分でも驚くほどの金額だ。これだけあれば、娘も満足してくれるような素晴らしいお祝いが出来る筈だ。


そんな事を思いながら、いつもの様に仕事を貰い配達を繰り返す。


今日は少し早めに仕事を切り上げて、明日の準備をしようか。


頼まれていた配達を終えた彼は、ちらりと時計を見て頷くと、早々に仕事を切り上げる事にした。




だが、このすぐ後、とある荷物の配達を依頼された事で、自分の運命が大きく変わってしまうなど、まだあの時の自分は思いもしなかった。


いそいそと帰る準備に勤しんでいると、突然声をかけられた。顔を上げると、自分より遥かに背の高い男の姿が。


男は柔和な笑みを顔面に浮かべて、手にしていた黒い小さめのトランクを ドンっと地面に置く。そして、こちらを見るなり「依頼を頼みたい」と言ってきた。依頼人はえらく身なりの整った人物で、彼は僅かに片眉を顰めて、不躾にもジロジロと相手を眺める。


ーーお貴族様かね?こりゃぁ。


顎を撫でながらそんな事を思い、地面に置かれた黒いトランクに視線を移した。


「重いかい?」


「いや、軽い。ーーー中は」


「見ないから安心しな」


そう言うと、貴族と思われる男は、曖昧な笑顔を浮かべて頷く。


中身をいちいち見ている暇があるなら、その分配達に時間を回している。ただでさえ少ない賃金で日々を生きているのだ。その分数をこなさないことには生きてはいけない。中身しだいでは、非常に面倒なトラブルに巻き込まれる可能性もあるが、明日の事もあって、今日はさっさと帰りたかった。


気が急いた彼は、中身を見る事もしないままに依頼を請け負うか逡巡し、とりあえず配達先を聞いてみた。


「どちらまで?」


「オルギー通りの三丁目の寂れた屋敷だ」


「オルギーか、珍しいね」


オルギー通りは、通称お化け通りとも呼ばれている。よくあそこの通りで肝試しをやっている輩を見かけるが、その先にある寂れた洋館に、このトランクを運べばいいらしい・・・が、あの館に人が住んでいただろうか・・・。


はて、あそこに人が住んでいるという噂は聞いた事が無い。


顔を顰めて黙り込むと、その様子に男が淡々と口を開く。


「報酬は弾む。引き受けてくれないか?」


そう言って懐から一枚の紙切れを取り出して、こちらに突きつけてきた。


視線を落とすと、ゼロがいつも貰っている運送料金の三倍はある。目を剥き、慌てて顔を上げると、男は口端を持ち上げて軽く頷いてみせた。再び地面に置かれた黒いトランクを訝しげに眺め、顎を撫でさすりながら低く唸る。


金額はいい。良いというより、ありえない程だ。こんな小さなトランクをその館に届けるだけで大金が手に入るのだ。奇しくも、明日は大切な愛娘が帰ってくる日。もう金は十分にあるが、いくらあっても困ることは無い。


「分かった。引き受けよう。指定の時間は?」


彼は、渋ったが、結局配送に提示された報酬に目がくらみ、その配達を引き受ける事にした。後に、あのまま帰っていればと後悔するとも知らずに・・・。


「そうだな、一時間後に配達してくれ」


「一時間後ね。そうなると今から一時間半後に館に着くけど、引き取り相手は?」


「人を向かわせる手筈だ。すぐに分かるだろう」


「成程、了解」


彼が頷いて男を見ると、男は地面に置いていたトランクをずいっとこちらに突き出して、鷹揚に頷き去って行った。


一時間後、手渡された黒い小さめのトランクを大事に抱えて、男は配達を指定された場所まで運ぶ事にした。街並みの中を滑るようにして進み、目的地へと足を運ぶ。


そのまま足を進めて着いた先は、相も変わらず人の気配を微塵も感じられない場所だった。まだ日も明るいというのに、何となく薄気味が悪く、男は引き渡す相手が来るのをまだかまだかと首を長くして待つ。


暫くして、相手が姿を表した。


だが、その姿を捉えた瞬間、男の手からトランクが滑り落ちる。


「悪いね、これも仕事なんだよ」


そう言いながら現れたのは、黒いコートに身を包んだ年齢不詳の男だ。顔まで真っ黒い布で覆っているため彼にはその素顔を窺い知る事は出来ない。男が笑う気配がして、懐から何かを引っ張り出した。


自然に引き寄せられたその先で彼が捉えたのは、男の片手に握られていた、小型の拳銃だった。


「っひ!!」


鈍く輝くそれに顔を強張らせ、ジリジリと彼は後退る。


「恨みは無いが、君にはここで消えてもらう」


男は無情にも、こちらに拳銃を向けた。


「たっ助けてくれ!俺は何もしてねぇ!!」


訳が分からない。自分は何もしていない。死ぬ道理など無い。ただ、自分はいつものように仕事を依頼され、それを目的の場所にまで届けただけなのだ。


それなのに、なぜ、こんな事になるのだろう!!


「ーーー知っているとも。だが、これを見た以上、その存在を知っているものは排除しなくてはいけないんだよ」


これ、と言いながら、男の拳銃を握った手と視線が彼の足元に落ちている黒いトランクを指し示す。彼は、足元に落としたトランクを見下げながら、ブンブンと首を振った。


「なっ中身なら見てねぇ!!」


「ーーーそうだろうね。だが、中身云々ではなく、『それ』を運んだという事実がまずいんだよ」


「誰にも言わねぇ!」


「ーーーそうだろうね。だからこそ悪いと思っているんだ」


溜息を吐いてゆるゆると首を左右に振り、男がこちらに拳銃を向ける。そうして引き金に指を乗せたまま、安全バーを下ろしてこちらに標準を定める


風が吹いた。男の顔を覆っていた布が僅かに捲れ、その下にある顔が明らかになる。それを見て、彼は目を見開いた。


男は笑っていた。実に楽しげに、喜色満面の笑顔を浮かべて・・・。


「いっ嫌だ!死にたくない!死にたくないっっ!!」


背中を見せて、彼は走り出す。それを楽しげに見ていた男はうっすらと目を細めてーー。


「運んでくれて感謝するよ。どうしても、我々では人目を引くだろうからね」


にっこりと微笑んだまま、男は拳銃に絡めた指先を引いた。


同時に、甲高い音が辺りに響き渡る。




「ーーーーーーー!!!うぐっ・・」




絶叫の後、何かが地面に倒れこむ鈍い音がして、それが自分の倒れた音だと気付く。


白く濁っていく視界の端で見たのは、地面に落ちていた黒いトランクを、酷く緩慢な動きで手に取った若い男の姿だった。その少し向こう側に、依頼をした背の高い男の姿も見える。・・・何という事だろう。最初から殺すつもりだったのだろうか。


愕然とした面持ちで、彼は鉛のような瞼を閉じた。


すまない。


すまない・・・。こんな事になるのなら、引き受けるのでは無かった。


薄れていく意識の向こう側で浮かんだのは、無邪気に笑っている娘の笑顔。明日だった。要約、久しぶりに娘と会える。



『お父さん』



何処か遠くで、懐かしい娘の声が、自分を呼んだような気がしてーーーーー・・・。


彼はふっと微笑を浮かべた。





予告と違ってますが、ワンクッション間に・・・。


次は確実にメルリサイドになると思います。


あと、次回の更新は少し遅れるやもしれません。話がまとまり次第投稿いたします!

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