思考の破れ目に潜む影
静かに微笑むユリアナ様の肖像画。
暫くの間、ロゼリアはそれをぼんやりと真っ暗な部屋の中で見つめていた。
その後、ふっと息を吐き出して、何となく絵に近付く。こんなに遠慮なく堂々と絵を見ることが出来るのも、陛下がいない今だけ。
普段なら起きた場合が気まずいので、あまり凝視したりはしないようにしているのだ。
絵の中で微笑む少女に顔を近付けて、じっくりとその微笑みを眺めた後、顔を離した。
そして、ロゼリアはとある事に気付いて、神妙な顔付きで呟く。
「何か、陛下って器量好みだわ」
ユリアナ様といい、レイファ様といい、こちらがうっとりする程の物凄い美人さんだ。
それに比べたら、私はーー。
メルリは美人ですよって笑って答えてくれるが、どう考えても微妙だ。
まぁ別にこの顔が嫌なわけでは無い。
母親譲りのキャラメル色の真っ直ぐな髪も、父親似の優しそうに見える目も、金緑茶色の瞳も。
全て揃って、ロゼリアを形作るものだ。
この世界に二つと無い、両親から貰った宝物。
それでも、リヴァルトと立ち並んだ場合の光景を想像して落ち込んでしまうのは、きっと恋する乙女には仕方の無い事だろう。
ユリアナやレイファのように華のある風貌ではけして無いと、ロゼリアは自分を評価していた。
「ふぅん、・・・ふぅん。ーーーはぁ」
この絵を見ていると、何だかザクザクと心を切り裂かれる。ロゼリアは溜息と共に、肖像画から視線を逸らした。
駄目だわ。見ない方が良さそう。
ただでさえ落ち込みそうな心を奮い立たせてここに来たのに、愚痴をこぼす相手の顔をーーそれも、肖像画に描かれてある人物の顔を見て、余計に気分が沈むとは・・・。
つくづく面倒だ。
然し、折角ここまで来たのだ。愚痴らせて貰いたい。いや、これは別に報告であって、ロゼリアの愚痴ではない。
ーーーそうよ。そうだわ。
「だって、おかしいと思うの」
私にはあれ程ユリアナ様以外は愛せないと言っていた癖に、いつの間にか別の 人・・・レイファ様を好きになるだなんて。
「私だって、ずっと傍に居たのに」
好きになった相手が、自分を好きになる事は無いと知っていても、それでも傍に居たのに。
分かっている。
愛されなくとも、それでも、共にあろうと決めたのは、自分。それなのに、愛されなかったからと文句をつけるのは非常識だ。
分かっている。分かってはいる。
でも
ーーー分かっていても、止められなかった。
「陛下のーーー嘘つき」
「甲斐性無し」
「意気地無し」
「臆病者」
「鈍感ーーーーーー・・・誰も好きにならないって・・・言ったでしょう?」
そう、はっきりと
目の前で、貴方は私に言ったでしょう?
それなのに・・・。
「ーーーーー陛下の、バカ」
貴方は愛する人を見つけてしまった。
そのことに、私がどう思うかなんて、きっと貴方は考えもしない。
だって、最初に言ったから。
愛さないと。
分かっている。もう、分かっている。
あの言葉は、牽制だった。
私が貴方を好きにならないように、貴方は私を止めようとした。
愛されないとそう分かっていれば、私が貴方を愛して、そうして傷付く事が無いように。
その為の、言葉。
勿論、それはそのままの意味も持ってはいたのだろうけれど。あの頃の貴方には。
人形のようで、けれどそれでも、相手を傷付けることで、貴方は私がそれ以上傷付かないようにしてくれた。
残酷で、だけどそれ以上に優しい貴方。
愛さないと言われた当初は気付かなかった。
気付けなかった、貴方の優しさ。
その事に気付いて。
気付いてしまって・・・。
どうして、無関心でいられるだろうか。
そして、その意味を知って、日々の中で貴方の事を知りながら芽生えたこの気持ちの名を。
告げたくとも、告げられない。
そうして、結局傷付いている私の愚かさを。
貴方は知らない。
ーーー知らなくて、いい。
ずっとずっとこの先も、この想いを打ち明けるつもりは微塵も無いから。
だから・・・だから陛下、お願い。
もう少しだけ。
もう少しでいいから、私を貴方の隣に居させて。貴方と彼女が笑いあい、私に退く勇気が持てるまで。
「そうしたら・・・その時こそ・・・」
私は、ここから出ていく。
後半の言葉を、口に出す事は出来なかった。未だ勇気が無い証拠だ。
ロゼリアは苦笑して、振り返らずに、そっとベッドに腰掛けた。スプリングが弾んで、ロゼリアの身体を受け止める。
誰も居ない部屋。
・・・居ないと、ロゼリアは思っていた。
ーーー否、思い込んでいたのだ。
だから気付かない。
その部屋の中ーーロゼリアの背後で、静かに起き上がった影に。
微かに揺れるベッドに。
物思いに耽っていたロゼリアは、気付かない。
絹擦れの音さえ、今のロゼリアの耳には入らない。
だから
「君は」
ーーー突然背後から降ってきた低い声音に、小さな悲鳴をあげて飛び退ったのは、当然の行動だったと言える。
誰も居ない筈の部屋。
ロゼリアしか居ない筈の寝室で。
この部屋の主が、眠さで霞む両目を手でこすりながら、不機嫌そうな表情をロゼリアに向けていた。
やっとこさ続き投稿です。
毎日投稿を続ける作者の方々、尊敬致します。作者はダメです。考えすぎると頭が痛くなる。
というか、もうこの時点で頭が割れそう。
さてさて、お話の方ですが...。
リヴァルトにヘタレを返上させてみよう!という話の始まりの部分です。上手くいくか!?
あと、何となくですけど、寝台とかベッドとか、名称どっちかにして頂戴なってかんじですね。という訳で、ベッドにしときます。
因みに、続きはまた今度。今日は頭痛が酷い為これ以上は無理です。このお話を楽しみに待っていて下さる方々、本当にすみません。更新遅いのに。うう・・・。