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三年目の朝の日課

 ロゼリアの朝は早い。まだ日が登り切らないうちからベッドから起き出し、身支度を整える。そのため、必然的にその侍女であるメルリも朝が早くなる。ロゼリアは何度も寝ているようにと諭すのだが、メルリは俄然として首を縦に振らなかった。

 彼女曰く、主人と共にあるのが侍女というものらしく、主人をほっといてのうのうと惰眠を貪るなどプライドが許さないらしい。

 メルリはもう少し楽に生きるべきだとロゼリアは彼女を鏡ごしに眺めながら思った。生真面目で感情が豊かなメルリは、ロゼリアにとってはいい相談相手ではあったが、これでは仕事ばっかりで年頃の令嬢達のように恋愛も出来はしないはずだ。

 メルリはとても美人だから、もったいない。


「ねえ、メルリ」


 そう思ったロゼリアは、ちょっとした好奇心が自らの内に頭をもたげたのを感じ、それとなく聞いてみることにした。

 メルリが髪を結っていた手を止めて、鏡ごしにロゼリアに、視線を向ける。


「何でしょう?」

「メルリは気になる方とかいるの?」

「……気になる?そりゃあ勿論ロゼリア様にきまってますよ」

「え?私?ーーーいや、あのね、私が言いたいのは異性の方で……。その、好きな方の事を聞いているのだけど」


 じっと鏡ごしに見つめてくるメルリから僅かに視線をそらしつつ、ロゼリアはモゴモゴと口を開く。

 こういう恋の話などあまりしたことがないためか、何故か顔が熱くなってしまう。

 一人で身悶える主人を見下ろしながら、メルリは止めていた手を再び動かすと同時に、吐き捨てるように言葉を紡いだ。


「いるわけないです。そんなの」

「ええ?」

「いいですか?私がこの世で一番嫌悪しているのは男という生物です。そりゃあ奴らがいなかったら私はここにいませんでしたけど、男なんて最悪の生き物ですよ。あ、二番目はゴキブリが生理的に嫌ですね」


 怒濤の如くまくし立てたあと、肩で息をするメルリの姿に、ロゼリアの頬が若干引きつる。つまるところ、メルリは男嫌いであるらしい。そう言われてみれば、彼女は異性と話す時五割増で素っ気ない態度のような気がする。それにしても、そこまで嫌っているとはメルリらしくもない。なにか異性との間でトラブルでもあったのだろうか……。


「現在進行形で迷惑をかけられそうになってます。まあ、全力で振り切ってますけど」

「そっそう……」


 どうやら既にメルリにアタックしている人がいるらしい。この分では、相手の方には微塵の恋愛感情も持ってないようだが。

 大変だけど、相手の方には是非とも頑張っていただきたい。


「さ、出来ましたよ」


 顔をあげると、髪が綺麗に結われていた。メルリの髪結いは最早既に芸術の域を超えてると思う。どうやったらこんなに綺麗に結う事が出来るのか……謎だ。

 ロゼリアは立ち上がって、最終確認のため、鏡の前でくるりと体を一回転させる。


 ……うん、変な所は無いわね。


「じゃ、行ってくるわね」


 部屋の扉をそっと開けるメルリに小さく微笑んで、ロゼリアは開けられた扉から廊下へと出た。


「行ってらっしゃいませ」


 メルリが軽く頭を下げたのを確認したあと、ロゼリアは国王陛下の寝室へと足を向けた。





 陛下の寝室の前まで一人でくると、扉の前に構えていた護衛が、軽く頭を下げてきた。

 合わせるように軽く会釈して、護衛に中に入ることをつげると、ゆっくりとした動作で分厚い茶色の扉が開かれた。毎朝同じことを繰り返していたので、護衛の人たちが不審に思うことは無い。ロゼリアにとって、毎朝国王の元を訪れるのは当たり前で、それは周囲にも当たり前のようになっていた。


「ありがとう」


 完全に開いたドアをすり抜けて、陛下の寝室に足を踏み入れると、音もなく背後の扉が閉められた。それをチラリと確認してから、ロゼリアは迷いなく寝室の奥まで歩いて行く。

 まだ日が出ていないため部屋はとても薄暗いが、何度もここに来ているロゼリアは部屋の間取りを完璧に把握していた。そのため何かの角で、足先をぶつけるという忌々しい事はしない。慣れない時は何度も何度も足先をぶつけて大変だった。


 これも努力の賜物だわ……。


 ロゼリアは感慨深く頷いて、陛下が寝ているベットの側まで来ると、暫く黙ったままその寝顔を凝視した。

 さらさらした絹を思わせる金髪が顔にかかっている。それが不快なのか、陛下の見目麗しい顔が僅かに顰められていた。スースーと軽い寝息が聞こえる。


「陛下」


 小さな声で呼んでみたが、返事は無い。相手は寝ているのだ、当たり前である。

 ロゼリアは満足気に微笑んで、陛下の顔にかかっていた髪の毛を、そっと指先で払いのける。そしてベッドの傍に置いてあるソファーに腰を落とすと、ぼんやりと床を眺めた。

 今ではもう殆ど無いが、二年前の陛下は寝ることを必死に拒んでいた。何度も、身体に悪いから、と睡眠をとるように促しても、頑なに頷こうとはしなかった。


 ーーー夢を、見るらしい。


 それが誰を指すのか、言われなくても悟って、複雑な気持ちになった。

 ロゼリアは顔をあげて壁に掛けられてある肖像画に目をやった。そこに描かれてあるのは、一人の少女。

 ゆるいウェーブがかった茶髪をひとまとめにして背中に垂らし、瞳は鮮やかな青色で塗られてある。絵の中の人物は、静かな笑みを口元に 浮かべて微笑んでいた。


 ユリアナ・ベルンハルト


 陛下の寵愛を唯一受けた、かの側室で、齢十八という若さでこの世を去った少女。

 ロゼリアを悩ませる原因で、陛下にとっては苦しむ発端となった人物。直接の面識はないが、非常に活発な方だったと聞いている。この絵からは、大人しそうな印象を受けるために、最初そう聞いた時は首を傾げた。この絵からは活発そうな印象は受けない。それどころか控えめな性格をしているような、そんな風に感じられるからだ。


「一度でいいから会ってみたいわね」


 それはロゼリアにとって、叶うことの無い願いではあるが、ーーーなんたって相手は既に雲の上の人になっている、それでも一度あって愚痴の一つでも言ってやりたいと何度となく思うのは、仕方が無いとおもう。

 ため息を吐いて立ち上がると、カーテンが引いてある窓の側まで歩み寄り、シャッとカーテンを開いた。

 王の寝室は城の三階にある。ある程度の高さがあるその部屋の窓からは、城下が遠くまで見渡すことが出来る。

 ロゼリアの寝室では、向かい側に中庭があり、それを囲むような造りになっている城なため、残念ながら中庭は見下ろせても、城の外は眺めることが出来ない。

 空を見上げると、先ほどまで星が瞬いていた空には、薄っすらと日の光が差し込んで、オレンジ色に染まっている。

 部屋に掛かった時計を見ると、午前六時を過ぎたあたり。

 そろそろ陛下を起こしても良さそうだ。




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