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転がり始めた石

内容は一緒です。場所を入れ替えました。




長々と時が過ぎていく。



側室との顔合わせを済ませ、執務室に戻って来たリヴァルトは、机の上に積み上げられた書類に減なりと顔を崩した。


本来動き回っている方が好きなリヴァルトにとって、この量は拷問に近いものがある。それにしたって、今日は大人しく書類に目を通す気分ではないのだが、そんなことを言っても先に進まないのは分かっている。


仕方が無いので渋々椅子に腰を下ろして、高く積まれた書類に手を伸ばす。


そしていくつかの案件をこなしては、溜息と共に窓から空を見上げている。


いつもだったら書類整理や会談に時間などあっという間に過ぎ、もうこんな時間なのかと溜息を吐くのだが、今日に限っては堪らなく遅く感じる。


何度もそわそわと執務室の窓から空を眺め 、そこに輝く太陽を見るたびにガクリと肩を落とす。


そしてどれくらい時間が経っただろうか、ーーーと言っても、大して時間は進んで無かったのだが、あまり進んでいない書類の山に手を伸ばしかけたリヴァルトの手が、不意に止まった。


「ーーー来たか」


視線を扉に向けて呟くと同時に、コンコンと小さく扉をノックする音が部屋に響いた。


「入れ」


手早く机の上に積みあげられた書類をどかし、引き出しから一通の手紙を取り出す。


「失礼致します、陛下」


扉が開けられ、一人の男が部屋に入ってきた。白髪混じりの髪を丁寧に撫でつけ、漆黒の服に身を包んでいる。


スッと切れ長の目をリヴァルトに向けると、にこりと笑みを浮かべた。


・・・死神が笑ったら、こんな感じになりそうだな。


表情を変えずにリヴァルトは思った。


先代からこの国の王に仕える王の右腕と言って支障なく、リヴァルトとも昔から関わりのある人物。


その才能を先代に見出され、半強制的に傍で仕える事を強いられながら、それでも、国の為に成す事をする、気高き心の持ち主。


ーーーそれほど凄い人ではある。ではあるが・・・如何せん、この宰相ときたら、顔が不気味なほど薄気味悪い。


いや少し言い方が違うか。造形は恐ろしいほど整っている。若かりし時は、さぞかし周りから黄色い悲鳴を浴びていたに違いない。


ただ、そういう目に見えている不気味さでは無く、怖いとかでも無く、何故か漠然とした不審感を煽るのだ。


性格に問題が有るからか・・・いや、この場合はーーー『あいつ』の祖父だと分かっているから、それが余計に拍車を掛けてるとか?


先代も良く傍に置いたものだ。まぁ、有能過ぎる程に有能なのだから気持ちは分かるが。


賢王と呼ばれ謳われた先代の王であり、己が父。


その先代から王に仕えている彼からしたら、自分など赤子も同然、孫のような存在であるに違いない。


「ーー陛下、あまり変な事を考えますな。じじいな私ですが、傷付くではありませんか」


相変わらず目敏い。


しかも、どこが傷付いているのか,・・・。


ニコリと微笑んだまま、宰相が圧力をかけてくる。もの言わぬ迫力というか、その顔で凄むのは勘弁して欲しい。


本当に背筋が凍る。


リヴァルトは特に意識していなくとも伸びてしまう自分の背中を感じて、苦笑が漏れた。


全く、恐れいる。


「陛下、何だか機嫌が良いですね。如何なされたので?」


「ーーーまぁな、助っ人が来たんだ。機嫌も良くなるさ」


待ちに待ったこの日。


ようやく、前に進めるかもしれない。


「ああ、成る程。」


リヴァルトの言葉に、宰相が納得が言ったように頷いた。


それに相槌を打ちながら、リヴァルトは頬が緩みそうになるのを慌てて押しとどめた。


ニヤニヤと笑っていたら、目の前に居るこの宰相に小言を貰いかねない。それは今のところ遠慮願いたい。


だが、一瞬緩んだその顔を、目の前の彼は見逃してはくれなかった。


「それは結構ーーーですが陛下。少々顔に出過ぎですぞ。そんな締まりのない顔で表を出歩きになられますな。側室様はともかく、ロゼリア様に出会ったが最後、愛想を尽かされても知りませんぞ」


途端に、リヴァルトは苦虫を噛み潰したような面持ちになった。


言ったそばから、内心が顔に出ている。


宰相は小さく溜息を零して、哀れんだような顔付きでリヴァルトを眺めた。


「・・・その顔はやめてくれ。俺とて分かっているんだ」


自分が何をやっているのか、それは自分が一番よく分かっている。何とも情け無い事にも気付いてはいるのだ。


だが、それでも自分一人ではどうしようもない。


事実はどうあれ、自分で側室を望んだのだ。


正妃である彼女がどう思うかなど、手に取るように・・・とは言わないが、まぁまぁ分からないことも無い。きっと良くは思わないだろう。というか、思ってくれなければ困る。


いつもいつも笑ってばかりで、その胸中を推し量る事は、今の自分には酷く難しいのだ。


自分で蒔いた種。


ならば、摘み取るのも自分ですべきだろう。


だが、相手にされない時点で、自分で成し遂げるのは諦めた。


最初に、その手を引き剥がしたのは自分の方だ。例え仕方なかったとしても。


触れて欲しく無かった。


でも。


それでも、何度も何度も手を伸ばしてくれた。


どんなに拒絶しても、背を向けても、罵っても、ただそうすることが当たり前のように手を差し伸べてくれた。


それが愛情ゆえか、同情か、はたまた憐憫かは聞く勇気も無い為知る由も無いけれど。


それでも、救われたのは確かだから・・・。


「成る程、羽虫よりも軟弱なお方ですなぁ、陛下は。先代のお父上が今頃雲の上で嘆いておいででは?」


「煩い。誰が軟弱なんだ。全く、孫が孫なら祖父も祖父だな」


「はて、ゼクセンが何か?」


宰相は首を傾げてリヴァルトに微笑を向ける。


その顔に一瞬だけ顔をしかめたリヴァルトは、慌てて頭を振った。


「ーーー気にするな。戯言だ」


ゆったりと首を傾げて微笑むその表情は、人をからかう時の幼馴染の表情とよく似ていた。


あいつは絶対この祖父である宰相の性格を、そっくりそのまま引き継いだに違いない。もっとも、まだゼクセンの方が可愛げ?があるが・・・。


「何ですかなぁ、その胡乱げな視線は」


顎を撫でさすりながら、猫のように目を細める様を見て、さっと視線を逸らす。


駄目だ。あの目は駄目だ。


何故か分からないが、背筋がゾクゾクする。


「全く、先が思いやられますな」


肩を落し呟く彼に、リヴァルトはうな垂れた。こめかみを揉みほぐしつつ低く唸ると、元々の要件を思い出して持っていた手紙に目をやった。


このまま話していてもしょうがない。


何より、さっさと話を変えたい。


そう思いながら、肩を落として溜息を吐いている宰相に顔を向けた。


まとう空気は、既に王としてのそれに切り替わっている。


その空気の変化に、宰相も表情を引き締め、厳しい顔付きになった。先程まで若干緩かった部屋の雰囲気が引き締まり、ピリリとした緊張が辺りに漂う。


「ーー何か動きはあったか」


「いえ。今のところ沈黙したままですな。中々に慎重で御座います」


「だろうな」


険しい表情でそう話す彼に小さく頷き、手に持っていた手紙を突き出す。


「ーーーこれは?」


少々驚いた様に目を見開いた彼に、リヴァルトは視線を机の上に落とす。


「これからの予定、だ」


少々面倒だがな。


「成る程。失礼致します」


手紙を開き、文字を辿るその表情が驚愕の色に染まっていくのをチラリと見やり、リヴァルトは唇を噛みしめる。


そして、宰相は手紙から顔を上げて、リヴァルトに視線を向けた。


「ーー本当に宜しいのですか?」


一言、そう囁く彼に、リヴァルトは厳かに頷くと、ゆっくりと告げた。


「ーーああ」


そしてチラリと時計を見やり立ち上がる。


そろそろ、正妃と側室である彼女が対面している時間だ。


「陛下?」


首を捻る宰相に、リヴァルトは緊張した面持ちでぎこちない笑みを向けた。


「少し席を外す」


そう言うが否や、さっさと部屋を後にする。








一人部屋に残された彼は、余裕のないその態度に、酷く呆れたような溜息を漏らした。


賢王と呼ばれた先代にはまだまだ及ばずとも、自分が仕えるに価する能力のあるお方だ。


何をさせても器用にこなす。


きっと、先代以上に立派に国を治めるだろう。


だが、だ。


どんなに有望であっても、それが己の恋愛方面となるとからきし駄目だ。


亡くなられた寵妃様の事も、少しは影響があるのだろうが、それにしたってああも尻込みするのは何故なのだろう・・・。


やっと前に進む気になったかと思っていたが、あれでは微妙だ。


そこまで考えて、ふと思った。


そう言えば、先代もそうだった・・・と。何かと自分にアドバイスを貰いにきては、うだうだと先に進むのを拒んで、その癖相手の一挙一動にいちいち浮き沈みしていた。


何度面倒だろうと思ったか・・・。


それを思うと、あれはーーー遺伝しているのだろうか。


・・・実に面倒な。


どうせならば母方の性格を全面的に受け継げば良かっただろうに。後先考えずに突っ走り、その癖全て丸く納めるその手腕は、尊敬に値する。


「ーーはぁ」


顔を掌で覆ってうな垂れる彼を、見ているものは誰もいない。


持っていた手紙に書かれた文章にもう一度目を通し、彼はどこか疲れたような表情で呟いた。


「蛙の子は蛙、ということですかなぁ」






双方の行き着く先に何が起こるのかは、未だ定まっていない。




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