表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

ざわめく心

カチャリ


分厚い茶色の扉を開くと、こちらに背を向けて立つ騎士と、それを涙目で睨みつけている侍女の姿が目に飛び込んできた。


「ーーロゼリア様!!」


「メルリ、どうかしたの?」


こちらに気付いたメルリの顔に、安堵の色合いが見て取れ、ロゼリアは首を傾げた。


その質問に答えたのは、ゼクセンだ。


「ロゼリア様、申し訳ありません」


チラリとメルリに視線をやって、ゼクセンがロゼリアを振り返る。


「騎士様?」


「実は気分が優れずに、ふらつき、その拍子にバランスを崩して侍女殿に寄りかかってしまったのです」


ゼクセンは顔をしかめ、キュッと唇を噛み締めた。


ロゼリアは済まなそうな表情の騎士の顔をそっと伺う。


そう言われて見ると、何となく顔色が悪いような気がする。


体調が悪いのに、私のお願いに頷いてくれたわけだ。ーーー申し訳ない事をした。


「そうとは知らずに・・・私ったら。ごめんなさい。まだ気分はお悪いの?」


「ーーーいいえ、先程薬を」


ここでいう薬とは、具合の悪い時に飲むものではなく、暗にメルリを指し示しているのだが、ロゼリアはそんな事には気付かずに、額面通りの意味に受け取っていた。


メルリが顔を真っ赤に染めて、ゼクセンを睨みつける。


「そう。でも、無理はしない方がいいわ」


悪気があってしたわけではないのだろうが、メルリの男嫌いも随分なものだ。


「ええ、有難うございます」


そう言って浮かべた笑みが、何処か傷付いているような気がして、ロゼリアは目を伏せた。


悪いことをしてしまった。本当に。


恋心を抱いている相手にあそこまで嫌がられたのだ・・・こんな風に笑みを浮かべている今も、かなり傷付いているに違いない。


何となく、今の自分を見ているみたい。


「ところでロゼリア様、陛下とのお話はお済みになられたのですか?」」


「ーーーーそうね」


頷くと、メルリがこちらをじっと見つめた。


何だろうと首を傾げると、彼女はハッとしたように目を見張る。


「メルリ?」




「こんな所で皆で集まり何を話している」



ーーーーーっ!!?


「ーーーへ、陛下」


メルリが慌てて頭を下げ、ゼクセンは興味深そうにリヴァルトを見る。


ロゼリアは自身の真上から聞こえた声に身体を竦ませ、慌てて背後を振り返った。


扉から半分体を覗かせた陛下が、すぐ後ろで頭を扉の淵に預け、腕を組んで秀麗な顔を顰めていた。


ロゼリアは内心の動揺などおくびにも出さず、顔面一杯に笑みを浮かべる。


「まぁ、そのように眉目秀麗なお顔をなさっていると、歪めていても壮絶な色気が有りますわね」




「ーーーその言葉に、一体何と返せばいいのだろうな私は」


呆れたように眉を寄せるリヴァルト。


ロゼリアが微笑むと、彼はその顔を暫く見つめた後、視線を外してロゼリアの右斜め前に立っていたゼクセンを睨みつけた。


「どうも、陛下」


「どうもじゃないだろうどうもじゃ」


憤然とした面持ちで睨むリヴァルトに、ゼクセンがヒョイっと肩を竦める。


「失礼、では、ご機嫌麗しゅう、陛下?」


「全然麗しく無いな。ところで、一体何をしているんだ」


「申し訳御座いません陛下」


慌てて頭を下げるメルリを一瞥し、リヴァルトは片手を挙げてそれを制した。


「いや、別に構わない・・・ことは無いが、どうせゼクセンが原因だろう?」


「失礼ですね」


「お前は人に迷惑を掛けるのを生きがいにしているような奴だろうが。何を今更」


「陛下、俺がそんな非道な人間に見えると?ーーーどう思いますか、ロゼリア様」


急に話を振られたロゼリアは、若干戸惑いながらゼクセンを凝視した。


「ーーー私には、とても誠実な方だとお見受けしますわ」


「ええ、私ほど誠実な騎士は他にはそういませんよ、ロゼリア様。流石ですね」


「その言葉からして、既に誠実では無い」


リヴァルトはロゼリアとゼクセンを交互に見やり鼻を鳴らす。


ロゼリアは未だゼクセンを凝視していたのだが、その視界が突然陰る。


何だろうと顔を上げてみると、後ろにいたはずのリヴァルトがいつの間にかゼクセンとロゼリアの間に割って入ってきていた。


視界に映るのは、リヴァルトの広い背中だけだ。


急に割って入るなんてどうかしたのかしら・・・。これでは相手の顔が見えないのだけれど。


ロゼリアが首を傾げていると、メルリがすっと、横に移動してきた。


ゼクセンをどこか冷めた瞳で見つめていたが、メルリは隣に立つロゼリアに微笑んで、その後すぐ前に立っていた陛下を見て一瞬不快そうに眉根を寄せる。


だがそれは本当に一瞬で、すぐにいつもの彼女の表情に戻る。


「ロゼリア様、そろそろ・・・」


「そうね、メルリ。・・・陛下」


呼び声にリヴァルトがゼクセンから視線を外し、ロゼリアを振り返る。


青紫の瞳が僅かに揺れる様を見て、ロゼリアは思わず言葉を呑み込んでしまう。


「ーーー陛下?」



本当に、どうかしたのだろうか・・・。


そう思って尋ねたが、彼は緩く首を振ると、


「なんだ?」


と短く返す。


「ーーーいいえ、私たちはこれで室に下がらせて頂きたいのですが」


「ああ、分かった」


リヴァルトが小さく頷いて、ロゼリアをじっと見つめる。


ロゼリアは落ち着かない気持ちになり、そわそわと体を揺すった。


まだあまり気持ちの整理がついていないのだから、そんなに見つめられると正直胃が痛くなる。


耐えきれず顔を背け、ロゼリアは隣にいたメルリに顔を向ける。


「行きましょうか、メルリ」


「はい」


メルリは立ち尽くすリヴァルトの方へ向き直り頭を下げると、歩き出したロゼリアの一歩後を滑るようについて行った。









部屋に着いた途端、ロゼリアは全身の力が抜けて、ズルズルと床に座り込んでしまった。


「大丈夫ですか?!」


「ええ、ええ・・・大丈夫よ」


慌ててメルリがロゼリアに駆け寄り、腕を引いて立ち上がらせてくれる。


「多分、思ってた以上に力んでいたみたい。恥ずかしいわ」


片手を頬に添えて憂いたように呟くと、メルリがテーブルにつくようにと促して、お茶を入れ始めた。


いい匂いが部屋に漂う。


「ーーーこれは」


目の前に置かれた白色色のカップに揺らめく

入れたてのお茶に、ロゼリアは首を傾けた。


何だろう・・・。


不思議な香りだ。花のようであり、果物のようでもある香りが、漂ってくる。


「鎮静作用のある茶葉を煎じました。気持ちを落ち着かせてくれますから、今のロゼリア様には打って付けです」


「ーーーメルリ」


ロゼリアは顔を上げてティーポットを持ったまま、ゆったりと微笑むメルリを見上げた。


「執務室を退出なされてから、少々気落ちなさっておいでのようでしたので」


「よく、わかったわね」


感心して呟くと、メルリは嬉しそうに笑う。


「勿論です。ロゼリア様はメルリにとって、かけがえのないお方ですからね」


「もう、メルリたら。・・・でも、有難う。確かに少し心が落ち着いたかも」


「でしょう?」


「ええ。いい香りね」


お茶を口に含む。


微かな渋みと若草の味が口内に広がり、ホッと息を吐いた。


メルリが空になったカップに再びお茶を注ぐ。


それをぼんやりと眺めながら、ロゼリアは新しく入る側室に不安を抱かずにはいられなかった。


例え誰が来ても、昂然と微笑む心積もりはある。だが、それでも陛下が自分以外に微笑む姿を見るのは正直なところ辛いものがある。


ロゼリアでさえ、彼の笑った顔は片手で事足りる程しか見たことがない。


そんな彼が、何度も笑みを向けるであろう人物。


闇闇たる気持ちが、心の中を駆け巡り、ロゼリアはそれを吐き出しながら注がれたお茶を啜った。




側室出るまで長いですね。ここまで長くするつもりでは・・・。


次にちらっと影が出てきます。投稿続きますので宜しくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ