異世界の詐欺師
1
国を分断する大きな橋の真ん中でぼんやりと流れる川を眺めている青年がひとりいた。
もうすぐ夜になる。
それだというのに家に帰ることもなく、そもそも何かを考えているでもなく青年はただただ川の流れを見つめている。
この時期にそんな忘我する理由はわりと簡単に想像がつく。
ははぁ、さては精霊の加護が無しと選定された加護無しじゃなとすぐにわかった。
通常生き物はなにかしろの精霊の加護を受けている。
今日という建国記念日に協会でその加護が如何なる精霊のものによるものかを判定してもらうのだ。
そして協会が下した加護の内容に沿って仕事が斡旋され、そのままその職業につく場合が多い。というかほぼほぼ九割以上そうする。
火の精霊の加護を受ければ鍛冶職人に。
水の精霊の加護を受ければ上下水道関連に。
土の精霊の加護を受ければ農業関連に。
などなどと精霊の加護が職業に直結している以上、加護無しなんてどこも雇ってはくれないじゃろう。
働き口がない以上、稼ぎ口がない以上、世捨て人にでもならない限りこの青年の人生は積みである。
数多くのヒトがいる限り、どうしてもこういうやつは出る。
この国は比較的大きくて加護無しにも働き口を用意し喰わせるくらいの余裕がありはするけれど、それでも加護無しに与えられる仕事は本当に簡単なものばかりであり、加護をもっているヒトから憐憫やら嘲りを受けることも少なくない。
それらの将来に絶望して意味も無く流れる川を見つめ続けているのじゃろう。
人生に絶望している若者、まことにわしみたいな詐欺師の舌先三寸に踊らされやすい獲物じゃ。
せっかく見つけた獲物じゃ。これを逃す気なんてわしにはさらさらない。
「どうした若人、神様にでも見放されたような顔をしておってからに」
声をかけたけれど返事は帰ってこない。
どうやら無視されたわけではなさそうじゃ。
回りの情報の一切に気を配れないくらいに頭の中がグルグルしておるのじゃろう。
加護無しはこの青年にとって死刑宣告に等しいのかもしれん。
挙げ句にこの死刑宣告、本人にはなんの罪もないときてる。嫌な意味でたまたま選ばれただけ、逆天才パターンじゃ。
そりゃあ頭の中がぐっちゃぐちゃにもなることじゃろう。
「精霊の加護がなくても生きれる方法を知りたくないか?」
ますます好都合。
こういった輩は人生に絶望している。一時の過ちで人生を棒に振っても構わないくらいには簡単に自暴自棄に追い込める。
相変わらずわしの問いに返事はないが言葉自体は届いているようで意識がすこしだけこっちに向いた。
「精霊の加護がないなら無いなりに生きていける方法を知りたくないか?」
青年の体がこちらを向いた。
ようやく真っ直ぐに見れた青年の顔は涙と鼻水となんかあらゆる体液でぐちゃぐちゃじゃった。
あとひと言で墜とせる。詐欺師でなくてもわかるくらの焦燥感。
「人生の先輩であるわしがおぬしに持たざるものの生き方ってやつを伝授してやろうぞ」
ほれ、と手を差し伸べる。
青年はわしの手をぼんやりと見つめておった。
「ほれ、握手じゃ。
この国では挨拶に感謝に手助けとあらゆる感情を握手でまかなえると聞いたぞ?」
次の瞬間には青年はわしの手を飛びつくように襲いかかるようにとっておった。
そしてさっきまで押し殺すように抑えていた涙と嗚咽を我慢することなく垂れ流す。
「うぐぅ、ぼく、さいのうないって、きょうかいのひとに、いわれて。
ひっぐ、それからみんながめをあわせてくれなく、なってぇ。
うぇ、かぞくにこんなこといえなくってぇ。もう死んじゃおうっておもって……でもこわくてしねなくて、うぇぇえええん!!!」
泣いて、わしに縋りつく。
まっことチョロい。
青年の心に入り込むことは成功した。そもそも失敗することが難しいくらいのイージーゲームじゃ。
ホントにこういうヤツらチョロくて助かるい。
わしは内心ほくそ笑んだ。
それにしてコイツ、あらゆる体液を垂れ流して、握りしめたわしの手はぐちょぐちょで汚ったねぇなぁ。
2
「ステータス、オープン!!!」
わしは大仰に叫び両手のひらを前へと突き出した。
「は? すてーたす?」
そんないきなり奇声をあげたわしを怪訝な顔でみておる。
この青年にはボケた老人がいきなり狂ったようにも見えたことじゃろう。
「なんじゃ知らんのか、ステータスというのは対象の得意不得意を数字で客観的に見ることができる超技術じゃ」
青年は相変わらずぽかんとしておる。
別にステータスについて理解させる気は無い。
「要は本人が無自覚でもどんな才能を秘めているかを一発で白日の下にさらすことができるってことじゃ。
それによると、ふむふむ、確かにおぬしには加護は何もないようじゃな」
わかっていても第三者に落伍者の烙印を掘り返されると凹む。
「ホントに良いところは……無いのぉ。
あ、待て。ある。
なるほど、ほーん、お前さん、こんなことが向いとるのかぁ」
最初に落として、次に持ち上げる。そして結論をもったいぶる。
心に余裕がないエモノはホントにこれよく引っかかる。
「なんだよ! もったいぶらないでさっさと教えてくれよ!」
はい釣れた。
こんだけ素直に引っかかってくれると嬉しくなってしまうわい。
演技の練習をした甲斐があったというものじゃ。
「えー、どうしよっかなぁ」
ここでさらにもったいぶる、焦らす。
とにかく焦らせて冷静になってしまいそうな要因を出来るだけ消してしまう。
そうなればこちらの意のままに操れるってもんじゃ。
「おい、頼むから教えてくれよ!!」
そして引っ張るだけ引っ張って相手がキレそうなタイミングで。
「わかったわぁったって教えてやるよ。そんなにがっつくな若人。
おぬし自身も気づいていないおぬしの才能はズバリ……筋肉じゃ!!!」
とりあえず端的にわかりづらく伝えて相手に興味を惹かせるのじゃ。
「筋肉ってどうこと?って顔しとるな。
そのままの意味じゃよ。
おぬしのステータスによるとじゃな、魔法の才能はほぼゼロじゃ。それは諦めろ。
じゃがおぬし最大の才能は筋力じゃ。鍛えれば鍛えただけ結果を出せる。この数値の高さはちょっとほかのヤツらと比べても類を見ない。
本来であればトレーニングのやり過ぎは逆効果じゃから適度に抑えろと一般論ではいうじゃろうけどおぬしは別じゃ。
無理したら無理した分だけ結果がついてくる。
このステータスの高さならば魔法が使えないハンデを補ってなお有り余る。
とにかく鍛えてみろ。回りにどれほど馬鹿にされても聞く耳もつな。
まわりは無責任なことをほざいて裏切るやもしれんが、いいか? 筋肉は裏切らん、おぬしが筋肉を見限らんかぎり筋肉もおぬしを結して見放さん」
青年はぽかーんと聞いておった。
おそらく半信半疑じゃろう。じゃけど半分疑っているということは半分は信じているということでもある。
それで充分じゃ。
「とりあえず騙されたと思って1年、真剣に筋トレしてみぃや。ビックリするぞ。
モチベーションが保てるか不安なら安心せい。
これからおぬしはまわりに加護無しとひたすらに馬鹿にされるから反骨心だけなくさなければ見返したるボケがぁ、と心の炎は消えんはずじゃ」
相変わらず青年はわしを全幅で信頼しとるわけではない。
じゃけどとりあえずわかりやすく目標を与えて筋トレのやり方や回数の目安などを記した書物も与えた。
絶望しかなかった先程に比べれば幾分かマシなはずじゃ。
トボトボと帰路につく青年を見送る。
一年がとは言ったが三ヶ月も真面目に筋トレやっとれば出るじゃろう結果に驚くことじゃろう。
「ほんっと、チョロォ……」
ぶっちゃけ、わしにステータスなんてもんは見えない。
あれと情報がなんでも調べられる薄い板は異世界人の特権じゃ。
異世界人なんかじゃないただのじじいであるわしにはあの青年の真の才能なんてさっぱりわからん。
「まぁ、精々がんばれよ。見放された青年よ」
じゃがまったく的外れな事を言ったわけでもない。
良くも悪くも皆は魔法に、精霊に依存しておる。
それありきで文明は発達してきたし、出来る出来ないは魔法を前提としている場合がほとんど。
ヒトは自分自身の秘めている可能性、言い換えると筋力を侮って自らセーブしておる。
使わなんでいいものじゃから衰えていくのは当然と言えば当然。
じゃから鍛えれば本来ヒトがもつ筋力分ほかの者と差が付く。
それくらいの簡単な理由じゃ。
見たところあの青年、ガタイはよさそうじゃからよく食べ、よく眠り、よく鍛えればそれなりの結果を出すことが出来よう。
「さて、わしもそろそろ次へ行くとするかぁ」
うーんと伸びをして青年と反対の方向へ歩き出す。
願わくば、幸無きあの青年の自ら切り開くこれからがそれなり以上のものとなりますように……。
ホントにヒトを騙すのはたまらないわい。




