私が彼の最愛になるまで、でも、実は…… 1話(全2話)
短編2つ目
「遠くの景色と藍の面影」の少し後くらいでしょうか。
登場した彼らとは別のところで繰り広げられているお話です。
心躍る冒険譚、騎士と姫の恋愛物語、剣を持って国を救うお話だって大好きだ。読むのはもちろん、書くことだって……。
そんな私は、メディウムの誇り高き四大公爵のうちの一つ、フルーミニス家の長女。癒し魔法の使い手で魔術研究が恋人の変わり者令嬢。それが多くの人が知る私の姿だが、親しいほんの一部だけが知る物書きとしての姿も持っている。
まぁ、今のところ、それは公言するつもりもない。
さて、一般に知れ渡る肩書だけ見れば華やかだが、本人の見た目も中身も地味。決して物語の主人公にはなれないし、パーティーでは壁の花で間違いない。
それなのになぜ、私は王宮のメインホールの真ん中で、人々の注目を浴びているのかわからない。
いや、正確に言えばわかる。目の前の男性の所為だ。
「どうか、私の婚約者になっていただけませんか?」
ダンスを終えた後、おもむろに膝をついた彼は、そういって私へ向かって手を差し伸べた。
は? っと淑女らしからぬ声が出てしまったのは許してほしい。
こんなことならダンスのお誘いも断ればよかったなんて思ったが、相手も同じ公爵家の令息なら断れないので仕方ない。
「えっと、あの……」
妹とお間違えでは? と、喉まで出かかって、それは寸でのところで押し込めた。
私をダンスに誘うとき、彼はちゃんと私の名前を言ったのだ。
「アウローラ・フルーミニス嬢」
そう、そうやってとても大事なものを見つめるような瞳で、柔らかな声音で彼――ルキウス・シオナールは先を促すように私の名を呼んだ。
あぁ、視線が痛い。
彼はシオナール公爵家の嫡子で、跡を継いで次の将軍となることが約束されている。つい先日「ウォーリア」のマスター称号を得て、現在、お婿さんとしてこの国一番の注目株なのだ。
そんな人が、公爵令嬢というほかに対してとりえのない私に公開プロポーズだなんて、そりゃ、世の令嬢たちが信じられないという目をその標的に向けていても仕方ないのだ。
あぁ、本当に、自分だって信じられない。
ちらりと視線を流せば、アカデミーの同級生たちの満面の笑みが見える。
王太子リヴェラ様にその妃となるセラス様、その隣には妹君のサラーサ様と婚約者のウラノス様。ウラノス様だけ複雑なお顔をしていたけれど、まぁ、要するにみんな知っていたのね。
なら、もうお家同士の話もついていて、国王陛下の承認も得ていると考えるのは妥当。ここで私が断ったとしても、なんの効力もないことは分かる。
はぁっと心の中でだけため息を吐く。せめて、フルーミニスの矜持とルキウス様の体面は保たなければと、幼いころに放り出した淑女教育のあれこれを頭の中から引き出して微笑んだ。
「ルキウス様、謹んでお受けいたします」
「アウローラ! ありがとう!!」
「きゃぁっ!」
ぱぁっとお日様が差すような笑顔になったルキウス様は、立ち上がるとそのままの勢いで私を抱き上げた。突然の出来事に目を白黒させていると、先ほどの同級生たちが近くまで来ていた。
「ルキウス、アウローラ嬢が目を回してしまうよ。おろして差し上げないと」
くるくると私を抱いたまま回るルキウス様に、くすくすと可笑しそうにしているリヴェラ様。何とかそんなことを頭の中で考えていたのだけれど……
「あぁ、すまない、アウローラ……」
が、時すでに遅し、私の記憶はそこで途切れた。
ルキウス様と出会ったのは、王宮のお茶会だ。五歳を超えると四大公爵家の子供たちが集められるそれは、将来の王の側近と妃や王配を決めるためのもの。
誰もが大なり小なり魔力を持つこの国で、ひときわ強い力を持つのが四大公爵家とされている。何故五歳なのかというのは、四大公爵家のみに現れる力がおおよそその年齢までに出ているからだ。
ルキウス様は少しだけ先に生まれ、私が慣例に従って参内した時にはすでに王子の側に在ることを定められていた。私はと言えば、ちょうど治癒の能力を顕現させていたが、フルーミニスとしては、使えない力。さらに言えば、癒しを使える者は貴族だけでなく、民の中からも出るさして珍しくもない力だった。
フルーミニスは魔術で王家の剣となり盾となる。だからこそ、そこに求められるのは、癒しの力では決してない。私は、フルーミニスの子としては落ちこぼれだ。
なのに……私は、両親からそれを責められたことはない。
「アウローラ……気が付いたか? すまない、俺がはしゃいでしまって……」
ベッドの脇でしゅんとうなだれるルキウス様は、公の場でないからか、とても砕けた口調だ。
大きな体で所在無げにする姿は、叱られた大きな犬のようだと思ったのは、今は心の中だけに留めておこうと思う。
と、その時、その大きな体を押しのけて私に抱き着いてきたのは妹のミスティークだった。
巷では『氷結の魔女』と扱う氷魔術に擬えた二つ名を持つ彼女だが、姉の自分が言うのもなんだが、俗にいう重度のシスコンである。
「姉さま! 姉さまに無体を働いたのはこの男ですね……今、私が成敗して見せます」
言うなり、手のひらに凍えるような魔力をため始めたミスティークを私はあわてて制した。
今日は夜会に出席するサラーサ様の代わりに任務に出ていたはずだが、彼女のことだ、私の話を聞いて戻ってきたに違いない。
「ダメよ、ミスティーク。この方はあなたの義兄になる方よ」
「認めません! 姉さまのような優雅な方の伴侶が、こんな武骨な大男だなんて認めません!」
優雅って、私はただの引きこもりよと言いかけたそれは、一歩踏み出たルキウス様の姿に喉の奥へ戻っていった。
「ミスティーク、俺は……」
「閣下の人となりは問題ないのです。でも……でも、あなたのような大きな男性が側にいたら、姉さまはきっと怯えてしまうわ。そんな、毎日、怯えて暮らすだなんて、ダメ! 絶対ダメです」
我が妹の目には、ルキウス様と私が熊と兎にでも見えているのだろうか。
彼女の言葉に、叱られた大型犬、もとい、ルキウス様はさらに身を小さくした。
「アウローラ、そうなのか? 俺が怖いか?」
萎れた花のようにうなだれるその姿は、ずいぶん可愛らしい。軍を率いるときの厳格な彼の様子は、今は影も形もない。
「いいえ、怖くなどありませんわ。むしろ今は……とても、可愛らしいですわ」
「か、かわいい?」
ミスティークは、私の言葉に信じられないとルキウス様を上から下まで遠慮なしに眺める。その視線に居心地悪そうにするルキウス様は、助けを求めるように私を見ていた。
二人とも知らないのだ。
私が研究室を抜け出して行く先は、いつも軍の訓練場の近くだったということを。知ってるのは、先ほど私を囲んでいた四人だけ。
癒し魔法の研究の一環として軍に所属しては? とリヴェラ様に提案してもらったこともあるけれど、私は別に近づきたいわけではなかった。遠くから眺められればそれで……。
そう思っていた。
だから、彼の妻となることは、私にとっても僥倖だ。けれど、一つ、確かめておかなければならない。
「ルキウス様、一つだけ、確認してもよろしいですか?」
「あぁ、なんでも聞いてくれて構わない」
「本当に、私でよろしいんですね?」
「アウローラ……」
じっと、まっすぐに互いを見つめる視線が重なった。
「私は、アウローラを妻に迎えたい。他でもない、ただ一人、あなたという女性だけが欲しいんだ。分かるかい? 君でいいんじゃない。君が、いいんだ」
そんな情熱的な言葉と瞳に、隣にいたミスティークは引き下がるしかなく、私はただただ、彼からもたらされる熱に浮かされていた。
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