14.最終章 真の帰還
最年長の山崎飛行士と再フライトの田中飛行士の帰還の日が近づいた。若い2人の飛行士と交代することになっている。
田中飛行士にはすべきことが残っていた。宇宙ステーションの拡大構築のノウハウは全て引き継いだ。残っているのは妻と約束した<地球へのメッセージ>を出すことである。しかし、それは宇宙ステーション管理局によって厳重に遮断されている。
田中は先ず山崎飛行士を味方に付けることから始めた。宇宙ステーション計画は火星移住を展望した火星探査の目的である。しかし、この計画が地球のためにならない「虚構」であることを説得した。山崎も同じ考えであった。只、メッセージを出そうとまでは思っていなかっただけである。
2人はクルー全員の協力を得るための訴えをした。クルーの多くは、田中の眼差しに宿る真摯な危機感に動かされ、協力を決めた。彼らもまた、この閉鎖空間で、自分たちの任務の目的について漠然とした疑念を抱いていたのだ。
山崎飛行士がステーション管理局に、帰還に際して、地球に向けた最後のメッセージを出す機会を作ってほしいと頼み込んだ。そしてそれはクルー全員の意思であると伝えた。
「山崎飛行士、それは宇宙環境局が禁止している、計画に批判的な内容は含みませんね?」
「大丈夫です。宇宙から見た感想を地球にいる人たちに伝えるだけです」
それは予期していた質問であり、その答えであった。
「分かりました。宇宙環境局に伺いを立てます。一旦切ってお待ちください」
その返事を2人は息ができないほどの緊張をして待った。それでも、田中には確信があった。それは管理局に申し込んだクルーが田中でなく、最年長者の山崎飛行士だったからである。
暫くして返事が有った。
「山崎飛行士、許可が出ました。テレビ放映の手配をします。3日後を予定しておいて下さい」
クルーたちは喜んでリハーサルをした。先ず全員で地球の皆さんに手を振る。山崎飛行士が宇宙から見た火星や地球のロマンのある話をする。そして一緒に帰還する田中飛行士を紹介する。そこで田中が<メッセージ>を伝える。
途中で放映を打ち切られない様に、絶えずクルー全員の囲みの中の会見にする。
テレビ放映が始まった。勿論、生放送である。田中の番が来た。田中は出来るだけ差しさわりのないことから始めて、少しずつ核心へと向かう原稿を書いて練習しておいた。
「地球の皆さん、こんにちは。2度目のフライトを間もなく終える田中です。宇宙ステーション計画は順調に進んでいます。山崎飛行士と2人が若い飛行士の2人と交代します。引き続きステーションの拡大の任務を遂行してくれるでしょう」
ここで田中は深く息を吸い込んだ。
「私達は火星移住の可能性を探求したり、宇宙へのロマンを追及する大切な任務を持っています。これを否定するものではありません」
再び息を深く吸い込んだ。
「私達は火星の探査を続けています。同時に地球の状況も見えてしまいます。特に私は2度目のフライトです。1度目のフライトを終えて地球に帰還し、地上から地球を観察しました。今、皆さんが感じているように地球温暖化の結果の気候変動が有ります。世界中で大規模災害が頻繁に起きています。又、自然の破壊が進んでいます。宇宙から見ると、もっと怖くなります。気候変動の傷が地球全体を蝕んでいます。陸地が減り、緑が減っています。早く止めないと大変なことになってしまいます。宇宙へのロマンを追及している場合ではありません。足元の地球を守ることが先決です」
宇宙環境局と政府は、ステーションからの予期せぬ通信にパニックに陥った。彼らは直ちに通信を遮断しようとしたが、遮断した時の国民の反応が予想され、その試みは周りの局員によって阻止された。
田中は通信が遮断されない事が分かり、次のステップに向かった。
「減反政策は間違っています。世界には飢えで苦しむ国もある中、国の方針で食料自給率を下げる等、方行が全く間違っています。又、人間が地球を壊しています。2酸化炭素削減に関しては見かけだけの努力ではなく、もっと真剣に地球を守る行動に移さなくてはなりません。それは地球人の責任だと思います」
国民が固唾をのんで見守る中、テレビ画面に、クルー全員の手を振る姿が映し出された。
「日本の皆さん、世界の皆さん。私は、この宇宙ステーションから、今、皆さんに語りかけています」
「私は、地球と言う、この青く美しい星を、心から愛する地球人です」
「私たちは、宇宙から見た真実を、皆さんに伝えます。地球の危機は、政治的な数字や、遠い未来の予測ではありません。それは、私たちが今、直面している現実です」
「最後の訴えです。皆さん、地球の未来は、あなたの手の中にあります」
地球の、とある場所の、ある部屋から美咲がテレビでこの映像を見て涙を流した。
その後、無事帰還した田中飛行士の記憶は、結局、全部は戻らなかった。 しかし、彼の心には、愛する家族と、守るべき地球の未来という、何より大切な「新しい記憶」がしっかりと刻まれていた。
そして、謎の男は、精神病院に保護された。彼は、最後まで自分が異星人だと信じ続けていたが、彼の狂言は、結果として、世界を救う大きな転換点をもたらしたのだった。
完




