美人に睨まれると威力は数倍
下駄を履くでもなし、名前のみが残った下駄箱へ到着した。
このまま、帰宅へ洒落込もうとしたところ厄介な案件を思い出した。
「裕よ、すまんが落とし物を届けなくてはならないので先に帰っていてくれないか」
「そんな寂しいことを言うな。そのくらい付き合うさ」
「助かるぜ、親友!」
「んっ、ちょっと待てよ。都合が良すぎる気がする。若干キャラもぶれている。ちなみにだが、落とし物とはどんなものだ」
このイケメン気がつきやがった。
自然な流れで厄介ごとに突き合わせる作戦が台無しだ。
素直に要件を言うことにした。
「にゃメルごん…」
シュバっつ
ガシっ、ギュううう
絶対に関わり合いになりたくない男と逃したくない男の攻防が繰り広げられた。
すべて言い切る前に逃げ切ろうとした裕を逃す俺ではない。
お前の右腕は確保した。
「まあ、聞けよ」
「ロクでもないことだろう、聞きたくない。聞きとうない。」
「そうか…、にゃメルごん限定ストラップだ」
「神などいなかった。すまん。親友とはいえども前言撤回だ、一人でいってくれ」
この反応は予想通りである。
妹と付き合っていることもあり、
にゃメルごニストたちのタチの悪さは身をもって知っているのだろう。
(実際、俺も気持ちが痛いほどわかるし)
行かなかったことが発覚するリスクを考えると行かざるを得ない。
懸念点はあるが流石に無理やり連れて行くのはかわいそうだと思い道連れを断念する。
「仕方がないな。独りで向かうことにするよ」
「ふー、そうしてくれ。アレにはできるだけ関わり合いになりたくない」
「妹と付き合っている限り逃れられない案件だが、別れるのか」
「?佳織が大切に決まっているだろう。比べるべくもない」
心底何をいっているのかわからないという表情をする裕。
このデキすぎ君はこのようなセリフをさらりといってしまう。
素直に心情を吐露している感じがまたズルいのだ。
これ以上のやり取りは眩しすぎでダメージが強そうなので、
若干ニヤける顔をひきつらせて別れを告げる。
「じゃ、また明日」
「また明日!」
ぶんぶん腕を振る貴公子に背を向け職員室へ向かうことにした。
◇
少々憂鬱な気分になりながら外廊下をツカツカ歩いていると
ふと人影が目端にうつった。
キョロキョロと周囲を見渡す不審な美少女がいた。
後ろ姿でもわかる。
黒曜石のように光沢のある黒髪ロングの持ち主は
本日邂逅したご令嬢である。
とっさに身を隠して様子をうかがうことにした。
いつ、ターミネーターさんが現れるかもわからない。
今朝の出来事を考えるに迂闊な行動は慎むべきである。
様子を伺っているとぶつぶつと何かを呟いている。
「どこへ、いってしまったのかしら。あれを無くしてしまうなんて。せっかくあらゆる手段を駆使して手に入れた逸品だというのに。落としてしまった?それとも盗まれてしまったのかしら。あの愛くるしいフォルムを見れば虜になってしまうのは確実でしょうが、ファンになった人間がそんなことをするはずもないし。迷子になってしまった線が濃厚ね。どうしよう…」
意図せず盗み聞きをしてしまった。
端的に言うと彼女は落とし物をしてしまったらしい。
非常に直視をしたくはないのだが、
落とし物に対する異常な信頼と愛情を鑑みると、今俺の手のうちにあるものがお目当ての気がする。
緊張から拳に力が入りそうになるが、握りつぶしてしまわぬよう慌てて弛緩させる。
いいかげん、この葛藤を終わらせて楽になりたいので声をかけることにした。
(突き出してみせるだけで終わる)
「あの、これっ」
「あなたは今朝の…んん?」
一瞬、怪訝な表情を浮かべたが俺の手の中にあるものを見て態度が変わる。
スススゥ、グワっし
「にゃメルごん!!!!」
どうやら俺の推測は正しかったようだ。
この興奮度、見かけによらずこの人もにゃメルごニストだったようである。
よほど気が動転していたようだ、俺の手をガッチリと掴んでいる。
間近で見ると改めて美少女だということがわかる。
化粧っけがないのにハリのある透明な肌、
ぱっちりとした瞳は爛々と輝き、
まつ毛は長く緩やかな曲線を描いている。
(ど、どしたらいいんだろう)
っサっっ
ドギマギしているこちらを察したのか、
ほんのりと頬を朱に染めた彼女は俯瞰で状況を理解して離れた。
女性にしては高身長とはいえ、俯き加減でスカートをギュッと掴んでいる様子は可愛らしい。
「見苦しいところをみせたわね。ごめんなさい。落とし物を拾ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「念の為確認させてちょうだい。あなたはその、愛好者かしら」
質問の意図が分からず、ぼんやりとした回答をすることにする。
おそらくにゃメルごニストかを確認したかったが、一般人だと伝わるか分からないため確認したのだろう。
俺は愛着はなく、フラットなため間違った回答にはならないだろう。
「?いいえ」
「そう…」
彼女から不穏な空気を感じたため顔を上げると、
明らかにこちらを疑う表情をして睨みつけている。
完全に良くない流れになってしまった。
虎の尾を踏んでしまったようである。
先ほどまでの感謝をしている表情は微塵も感じられない。
(表情をくずしても美人は美人のままなのだからコメディアンとしては茨の道だな)
などと逃避をしていても時間は解決してくれなさそうな重苦しい雰囲気がその場を包んでいる。
俺は必死に打開策を考えるのであった。