台風一過で心は晴れない
美人に関わって良いことなど起きえない。
弱腰と笑われようと若輩者の俺はそう結論づけている。
ある大物お笑い芸人は自己防衛のために、
みめ麗しくて自覚のない天然女性のことを
クズと思うことにしているそうだ。
とんで火にいる夏の虫になりたくなければ、
眩しいものには近づかないことである。
とはいえ、妹にバレた時のリスクを考えると身がすくむ。
致し方ないが、放置するわけにもいくまい。
獰猛なる、にゃメルごニストに狩られるわけにはいかない。
彼らの中には恐ろしく情報通である人物がおり、
一度彼のキャラクーをぞんざいに扱ったと知られようものなら…。
ピーをピーされ、ピーになるのは勘弁なのだ。
逃げの一手を投了し、光る彼女を追いかける。
いた!
さすが、いいところのお嬢様。
あたりに人が居なくとも背筋がピンとしてブレない歩き方をしている。
人気がないことは僥倖だ。
誰かに目撃などされ、初日から吊し上げられるのは遠慮したい。
サクッと用事を済ませてしまい、
漫然とした自由を取り戻そう。
深呼吸するひまもなく、声をかけた
「あ、あの〜、ですね。」
深呼吸はしておくべきだったか。
どもった声は鈍くかすれさる。
思った以上に緊張していたようだ。
新人の人見知り店員のような語りかけをしてしまった。
凛とした美人は一瞬ビクッと肩を振るわせたものの、
余裕たっぷりに振り返った。
「あら、いかがしたのかしら」
(ぐぅ、絵になる人だな。)
とここで、大きな問題が脳裏に浮かぶ。
落とし物の持ち主が彼女とは限らない。
落とし物があったことを教員などに伝えて
無難に引き取って貰えばよかったのである。
(おっぷす)
今更、あとのまつりである。
混乱したまま、返答する。
「さいきん、何か無くされたりしませんでしたか?」
「・・・。」
めちゃくちゃ疑った視線が刺さる。
そりゃそうだな。
お近づきになりたくて声をかけたようにしか思われないか。
インチキ占い師であろうとナンパ師であろうと
ろくなことにならないのは考えるまでもない。
当然、対応力という点で、
ドアに足を挟み込むことで取引に持ち込むセールスのように
強気な態度をとることなどできないし、
政治家のように曖昧に言葉を濁す技術力もない。
(落ち着け、やましいことはない。
物を見せて、心当たりがないか聞くだけでいい。
そうすれば今日のイベントごとは終了。
10時間ちょっともすれば漫画を読みながらポテチを食べているさ。)
彼の考えは決して間違いではなかった。
ただ、悲しいかな。
未経験の領域であるがゆえに、
これから起こることを想像することもできなかった。
物を見せようと慌てて右手をポケットに手を突っ込んだ、その時。
左方ででガサガサっと音がした。
何事かと思い目線を向けると、
ガシっ
右手を強く掴まれた。
(痛ぅ、何事?!)
慌てて振り返ると恐ろしい巨漢がいた。
サングラスにスキンヘッド、ブラックスーツ。
耳元に伸びる紐から眼帯をしていることが窺える。
○クザ丸出しである。
「兄ちゃん、お嬢に何の要かな。」
微動だにする勇気もない。
強面のガッチリ強者にブルってしまう。
(海坊主、ファルコン、伊集院隼人?)
「聞こえてんのかい?何をするつもりかきいてんだ」
いまだ石像になった身体は自由がきかない。
(変なゆるキャラに関わり合いになったせいでこんなことに。今日は厄日だ。)
などと逃避をしているところに、
鈴の音のように澄んだ声が奏でられた。
「そこまでになさい。本条」
「しかし、お嬢」
「本条?」
「へい」
どうやらコンクリート潜水は免れたらしいが、
右腕は棒のように固まっている。
感覚は無くなってきてミシミシと音を立てている幻聴が消えない。
「うちのものが失礼を。とはいえ、誤解をまねくような行動はひかえた方が身のためね」
「・・・。」
(腕が痛い。痛い、痛い。話なんかできない。ゴリラの園が出身地なのか。)
本条と呼ばれるブラックスーツは警戒心を解いておらず、
痛みから余裕がない俺も返答ができない。
それがかえって猜疑心をうむという負のループが出来上がっている。
「では、要もなさそうなので失礼するわ」
「行動には気をつけな」
2人は何事もなかったのように去っていった。
一人取り残された実はボー然と立ち尽くす。
片手をポケットに突っ込みながらたたずむ様は
気の抜けた顔とへっぴり越しがなければさぞ絵になっていたことだろう。
台風一過。
何もできなかった自分と、
変なゆるキャラに嫌悪感を抱きながらこの後どうするべきか思案する。
現状を鑑みるに再び話しかけるリスクは高すぎる。
さっきは気がつくとボディーガードが忍びのように現れていたのだ。
警戒心が高まっている中のリベンジは考えるに値しない。
ポケットから取り出したキーホルダーを眺めながら
どうしたものかと思った時、
キンコーン、カンコーン
鐘の音がなった。
式が始まりそうなので移動しなくてはならない。
手の中におさまるキャラクターの気の抜けた表情に
バカにされた気分になりながら、
ひとまずポケットに突っ込むことにした。
こうして痛みが戻ってきた腕をさすりながら重い足を動かすのであった。