不穏なる遭遇
ガチャっ
新品特有の強い光沢を放つローファーを履き家を出ると、
春というのに謙遜することをやめた日差しが全身を指す。
日本のひかえめが美徳とされる時代が終わったのだろうか。
わかっている言いがかりだ。
地球温暖化の影響によるものだろうが言わなきゃやってられない。
余裕を持って出ているので、とぼとぼと学校までの距離を縮めていく。
さいわい徒歩圏内に学校があるため、
登校はそれほどおっくうではない。
さいわいといったがもちろん偶然ではない。
高校を選んだ理由として近いことを選んだ。
電車通勤で精神と身体に鞭打つなどギリギリまで回避したい案件である。
学校側から徒歩圏内であるため自転車通勤を断られたことは
根に持っているが仕方がないと諦めよう。
平日からタンクトップに短パンという格好でアイスキャンディーを頬張る
おじさんに視線を向けながら歩いていく。
失礼ながらくたびれた感じと頭皮の後退具合から
リモートワークの運動不足を自ら解消するような向上心があるタイプには見えない。
あらかた、奥さんに夜の店に繰り出したことがばれ、
くどくど説教をされたうえ誠意を見せようと運動宣言をしてしまったクチだろう。
家に居場所がないから束の間の自由を満喫しているとみた。
俺と同じように新品の靴を履いている時点でネタは上がっているのだよ。
思考は迷走したが、道には迷うこともなく、到着してしまった。
早めとはいえ入学式特有の人混みに辟易とする。
写真を撮るなどしてごちゃつく門前をツカツカと足早に通り抜ける。
親子の写真撮影はいいとして、
すでに友人同士で肩を組んでワイワイやっているのは目に毒だ。
地元が同じなのかある程度の団子をつくってつるんでいる。
すでに在校生や教師陣がちらほらと散見される。
勤勉なことである。
俺もこうなっていく自信はないが、
社会適合の名目で流されて行き着く終着点であろう。
敷地内から光景をぼんやり眺めていた、その時。
ざわざわ
人だかりが大きく割れた。
黒塗りのいかにもな高級車が颯爽と乗りつけたのだ。
ピシッとした出立に角のあるメガネ。
セバスチャンが扉を開けてかしずく。
(セバスチャンって勝手に呼ばせてもらいます。)
中から出てきたのは、
いいところのお嬢様と一目でわかるほどの美人であった。
(うわ、こりゃ美人だわ。)
すらっとして吊り目がちのため、気が強そうな印象を受けるが
圧倒的な品を漂わせている。
ラミネート加工でもされているのではないか。
着こなしも完璧で同じ制服を着ているとは思えない。
あっけに取られている間に、
ざわつく群衆を掻き分け、俺の脇を威風堂々と歩いて行った。
(あれだけ美人だと色々やっかみとか大変だろうな。俺には関係ないけど御愁傷様です。)
突発的なイベントを終えながらも
興奮冷めやらぬ男子生徒3人組の会話が聞こえてくる。
「やっぱ、麗華さんは美人だわ。踏まれたい」
「ばっか、気安くしたの名前で呼ぶな。小菅さんとお呼びしろ。氷の視線で見下されるのは俺だけだ」
「はぁはぁ、おそばでお仕えしたい。残り香こそ至高。」
「「「やっぱお前ら頭おかしいわ!あん?」」」
とんだ変態集団が生息する沼地へ来てしまったようだ。
我が国の警察は優秀なはずだが。
理性を重んじる統制の取れた法治学校生活はないかもしれない。
貴様らみたいなのがいるから善意のおじさまが危険視される世の中になっちまうんだ。
補導案件から距離をおこうとしたしたところ、
落とし物のキーホルダーが目にはいった。
先ほどまではなかったはずだが。
(こ、これは…にゃメルごん限定ストラップ…)
不本意ながら説明しよう。
にゃメルごんとは一部のコアなファンからのみ絶大な人気をほこる
きもカワキャラクターである。
様相として顔面は間の抜けた、ぬぼーっと舌をだした猫、
胴体はりゅうに、狐の尻尾が生えている謎の上下2股フォルムをしている。
頭には天使の輪っかがありキャラ渋滞した不思議ちゃん。
なぜこんなのが一部でも人気なのか。
作者も不明。
突如として現れたニッチなニューカマー。
厄介なのがコアなファンだ。
正直、俺は可愛いとも思わないのだが熱心なファンは愛着心が強く、
一種のカルト宗教のような熱をもっている。
その上、たいがい攻撃性の高い場合が多く、認めようとしない一般人にくってかかるのだ。
一方でファンの結束力は強く、情報交換や交流が盛んとされている。
コアファンの噂を聞きつけて転売を目論んだバイヤーは
7日間うなされたのち、ファンになり改心したとされる。
何があったのか真相はわからない。
まことしやかに囁かれる都市伝説ではあるが、
俺はこの話を信じている。
なぜかって?
身をもって熱量を体験しているからだ。
何を隠そう妹・佳織が大ファンなのである。
あれはいつだったか、父がなんとなく妹が好きそうと
ぬいぐるみを買ってきたのが始まりだった。
俺が誤って父の下着と一緒に洗濯してしまった時など思い出したくもない。
単体でおしゃれ洗いが最低限のボーダーラインなのだ。
迷子なにゃメルごんを見て見ぬふりをしたと妹に知られたら…
ゴクリ
(うん。これ、放置しちゃダメかな…)