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第八話 再会、それは始まりの調べ

第八話

再会、それは始まりの調べ

目の前の女性から発せられる、言葉にならない悲しみ。悟は、胸に迫る痛みに、言葉を失っていた。夢の中で見た面影と重なるその姿は、確かにあのペンダントの持ち主だった。しかし、夢の中のほのかな微笑みは消え、今はただ、深い淵のような悲しみが、彼女の全身を覆っている。

タケオもまた、目の前の光景に息を呑んでいた。長年、この地に住み、様々な出来事を見てきた彼でさえ、この状況の異様さに、言葉が見つからない。忘れられた島にひっそりと佇む祠、そして、そこで出会った、まるで幽鬼のような女性。全てが、現実離れしていた。

沈黙を破ったのは、女性の掠れた声だった。それは、風の音にも似た、か細い呟きだった。「あなたは……誰……?」

その言葉は、悟の胸に深く突き刺さった。彼女は、自分のことを知らない。それどころか、この世界のことすら、よく分かっていないのかもしれない。

「私は、悟といいます」悟は、できるだけ穏やかな声で答えた。「あなたは……?」

女性は、ゆっくりと首を横に振った。「わからない……私の名前……思い出せないの……」

その言葉に、悟は衝撃を受けた。記憶喪失。それは、リナの事件でも重要な鍵となった要素だった。この女性もまた、何か大きな出来事によって、記憶を失ってしまったのだろうか?

「あなたは、どこから来たのですか?」悟は、さらに問いかけた。

女性は、遠い空を見つめるような、ぼんやりとした視線を彷徨わせた。「遠い……海の向こう……故郷……桜の舞う……優しい場所……」

その断片的な言葉は、悟の夢の中で見た光景と重なった。彼女は、やはり海の向こうの、桜が美しい国から来たのだ。そして、何らかの理由で、この忘れられた島に流れ着き、記憶を失ってしまったのだろうか。

タケオが、そっと女性に近づき、温かい眼差しを向けた。「お嬢さん、辛かったでしょう。何も思い出せなくても、大丈夫ですよ。私たちが、あなたのことを助けますから」

女性は、タケオの優しい言葉に、わずかに肩を震わせた。そして、再び悟の方を向き、潤んだ瞳で、彼の胸元にあるペンダントを指さした。「それ……私の……」

その言葉に、悟は深く頷いた。「はい、そうです。あなたが持っていたペンダントです。私たちは、このペンダントを手がかりに、あなたを探していました」

女性は、自分のペンダントを、愛おしそうにそっと撫でた。その指先は、微かに震えていた。ペンダントに触れることで、彼女の心の奥底に、何かが蘇ろうとしているのかもしれない。

「再会……」女性は、まるで独り言のように呟いた。「誰かと……再会する……」

その言葉は、あの紙片に書かれていた、最後のメッセージと同じだった。この女性は、誰との再会を願っていたのだろうか? そして、悟がこの島に辿り着いたことは、その再会の一部なのだろうか?

その時、祠の外から、けたたましい鳥の鳴き声が聞こえてきた。それは、この島では聞いたことのない、異質な鳴き声だった。警戒したタケオが、祠の入り口へと近づこうとした瞬間、祠の奥の、さらに小さな空間から、別の気配が感じられた。

それは、先ほどの女性とは異なる、もっと強い、そして、どこか焦燥感を帯びた気配だった。悟とタケオは、互いに顔を見合わせ、静かに身構えた。

次の瞬間、暗闇の中から、一人の男が現れた。その男もまた、女性と同じような、見慣れない異国の衣装を身につけていたが、その表情は険しく、鋭い眼光が、悟たちを射抜いた。

「貴様ら……何者だ! なぜ、ここにいる!」男は、低い、威圧的な声で、悟たちを詰問した。その手には、見たことのない、装飾的な短剣が握られている。

突然の闖入者に、悟は警戒心を露わにした。この男は一体何者なのか? そして、この女性と、どのような関係があるのだろうか?

「私たちは、この女性を探して、この島に来ました」悟は、冷静さを保ちながら答えた。「彼女は、記憶を失っているようです」

男は、悟の言葉を無視し、女性の方へと歩み寄った。「姫様! 無事でしたか!」

「姫様……?」その言葉に、悟は驚愕した。この女性は、ただの漂流者ではないのか? まさか、異国の王族なのか?

女性は、男の呼びかけに、戸惑った表情を浮かべた。「あなたは……?」

男は、信じられないといった表情で、女性を見つめた。「姫様、何を言っているのですか! わたくしは、貴方の家臣、イサクです!」

イサクと名乗る男の言葉に、女性は依然として混乱した様子だった。記憶を失っている彼女にとって、目の前の男も、悟たちと同じ、見知らぬ存在なのだろう。

「イサク……」女性は、その名前を、まるで異国の言葉のように、ぎこちなく繰り返した。

その様子を見たイサクは、焦燥の色を濃くした。「姫様、どうか思い出してください! 私たちは、あなたをお守りするために、はるばる故郷からやってきたのです!」

故郷からやってきた……その言葉に、悟の心は大きく揺さぶられた。この男もまた、あの女性と同じ国から来たのだ。そして、彼女を「姫様」と呼ぶことから、彼女が特別な身分の人間であることは、ほぼ間違いないだろう。

しかし、なぜ、彼女はこんなにも寂れた島で、記憶を失い、一人でいたのだろうか? そして、彼女を追ってきたはずのイサクは、なぜ、今まで彼女を見つけることができなかったのだろうか?

数々の疑問が、悟の頭の中で渦巻く中、イサクは、警戒を解くことなく、悟たちに鋭い視線を向けた。「貴様らは、一体何が目的だ? なぜ、姫様に近づいた?」

悟は、イサクの敵意に、静かに答えた。「私たちは、偶然、彼女のペンダントを手に入れました。そして、そのペンダントが導くように、この島に辿り着いたのです。彼女を助けたいと思っています」

イサクは、悟の言葉を簡単には信じようとしなかった。彼の目は、疑念の色を深く湛えている。「助ける、だと? 貴様らのような異国の者が、姫様に何の力になれるというのだ?」

その時、女性が、ゆっくりと立ち上がり、イサクと悟の間に入った。「待って……イサク……この人たちは……敵ではない……ような気がする……」

彼女の言葉に、イサクは驚いたように目を見開いた。「姫様……?」

女性は、まだ記憶を取り戻せていないにも関わらず、悟たちに、わずかな信頼を寄せているようだった。その理由は、悟にも分からなかった。ただ、彼女の瞳の奥に、微かな光のようなものを感じた。それは、絶望の中の、ほんの小さな希望の光なのかもしれない。

「私たちは、本当に、あなたを助けたいと思っています」悟は、改めて、真摯な眼差しで女性に告げた。「あなたの故郷のこと、あなたのことを、もっと知りたいのです」

女性は、悟の言葉に、静かに頷いた。そして、再び、胸元のペンダントを握りしめた。その小さなペンダントが、彼女と故郷、そして、失われた記憶を結びつける、唯一の繋がりなのかもしれない。

イサクは、依然として悟たちを警戒していたが、姫と呼ばれる女性の言葉には、逆らうことができないようだった。彼は、短剣を納めると、険しい表情のまま、一歩下がった。

「姫様がそう仰るのなら……しかし、貴様らの行動次第では、容赦はしない」イサクの言葉には、強い牽制が含まれていた。

こうして、忘れられた島での、予期せぬ再会は、新たな謎と、複雑な人間関係を生み出した。記憶を失った姫、彼女を追ってきた家臣イサク、そして、ペンダントに導かれ、この島に辿り着いた悟とタケオ。それぞれの思惑が交錯する中、彼らは、姫の失われた記憶を取り戻し、彼女の故郷へと繋がる手がかりを見つけることができるのだろうか?

そして、悟自身もまだ気づいていない、この異世界の探求の、本当の意味とは一体何なのだろうか? 古びた木箱から始まった物語は、予想もしない方向へと、大きく舵を切ろうとしていた。

(第八話完)


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