妖精の寿命と恵みの期間が同等であったならどういうことになるのか?百年も安泰なわけがないから現実を見てね
姉は妖精の愛し子だった。
そのせいで、ルルシーは家族から放置されて、可愛がられたのは姉だけだった。
妖精の愛し子というのはそこに住む者たちに、恵みを与える存在。
だから、妖精の愛し子を大切にするというのは領地で当たり前のこと。
しかし、放置するのかと言うのは別問題。
一緒に、同じように育てれば良いのだから。
それなのに、父と母は姉と妹を分け隔てなくの真逆をいく育て方をした。
一体どういうつもりなのだろうかと今でも思っている。
それに、姉が嫌だというものだから本来姉が受けるべき後継者教育は妹のこちらへ御鉢が回ってきた。
そんな姉をまるで妖精のような甘い育て方をした結果。
わがままなモンスターに育ってしまった。
ということは、妖精も実はモンスターなんじゃないかなと思う。
恵みは妖精の寿命までの期間と決まっており、むこう百年は堅いのではないかと囁かれている。
「ねえ見てルルシー。これバトワイアの新作よ」
「へえ」
バトワイアというのは高級ブティックのドレスだ。
この小さい領地にそんな余裕はない。
いい加減辟易してきた。
どこにそんなお金があると言うのだ。
いずれ領地を管理するのは妹なのだからと、押し付けられたルルシーだ。
ドブに払う金はない。
今の所恩恵なんて見当たらないが。
書物によれば、妖精の恵みは愛し子を妻とした時から始まるらしい。
姉の年齢で他の人たちが迎えにくる年齢を考えると、そろそろ。
妖精の国に連れて行かれてそれはもうそれはもう、幸せになるらしい。
誘拐というのですけど、それは。
領地というほどの領地を持たない我が家は、一代前に爵位を返上しようかとなったらしいけど、どうやら考え直したらしい。
父へ二人の子供が生まれる前に、その妖精と出会って長子を愛し子に選んだ、と言いに来たという。
両親の反応は大喜び。
そこはやめてくれとかいうべきところではある。
生まれてないから自覚がないというわけではないし。
ルルシーはため息を今日も吐く。
両親は子供をこれでもかと甘やかす。
その尻拭いをするのはルルシー。
おかしい、自分は家族なのに。
全てのシワ寄せをされてしまうとは。
おかしいのである。
やめて欲しいと言ったらまるで被害者のようにボロボロと涙を流す。
三人で寄ってたかってこちらを悪人と言わんばかりに、責め立てる。
「ヨカッタネ」
最早、言っても買うし言わなくても買うので棒読みでヨイショしておくのがこの家の暗黙のマナー。
ひどいものだ。
責められたときに、こんな家を継ぐのは真っ平ごめんだとなった。
なにが楽しくて己を馬鹿にして放置して、搾取する両親を養わなくてはいけないのだろう。
領民も一代前の一部返却により、かなり先細ってほぼ無人。
雇いで農業をさせている人達なので領民じゃない。
「そうなのネイビーブルーとコーラルワインの色合いが今のトレンドらしいの」
「……へえ」
どこかで見たことがあると思ったら、赤と青のキャンディーだ。
ダサい。
めちゃくちゃダサい。
これは姉の独自デザインなのだろう。
高級ブティックがこんなだっさいデザインなど、信じられない。
早く両親ともども持っていって欲しい。
はあ、両親は連れていってくれないみたいでガッカリ。
「連れてってくれればいいのに、役に立たないな」
姉から離れてルルシーは自室にこもる。
親の仕事をちょっとずつやっているが、もうあまりやる気はない。
恵みがあっても、果たして再起できるのかもあやふやなのである。
「ルルシー」
母が呼ぶ。
「ルルシー」
父が呼ぶ
「うるさいなあの人達」
呼ぶのは勝手だが、自分たちの仕事はしてほしい。
彼らは、妖精の愛し子の親として大々的にアピールして、うちの領地は大きく発展しますよなことを言いにあちこちパーティへ顔を出している。
「母さん、見て、このドレス」
だから!
そのお金は!
どこから!
って……どうみてもうちの領地の資金に手を出してるよね。
「可愛いドレスね!」
それはやっちゃいけない。
今後使っていくものを今消費するとなると、その先に未来はないと身をもって知っている。
お金をルルシーに例えるのならば、ルルシーの気持ちはすっからかん。
この家を継ぐ気はなかったけれど、もうそれ以前の話になる。
未来に希望皆無となっている中、妖精が迎えに来た。
「迎えに来たよ」
「まあ、待ってましたわ」
姉は年若い男に手を渡して、共に妖精の国へと渡ろうとしている。
「すいません。少しいいですか」
ルルシーは手を挙げて妖精を見る。
「構わないよ。なんだい?」
「うちの領地の恵みってどれくらいになりますか?」
書物に質問しても怒られなかったと記述されていたので一か八か。
うまくいってくれた。
相手はにこりと笑う。
「ルルシー、わかりきっていることを聞かないで」
姉は水を差されて不機嫌なんだけど、そちらと違ってこちらは現実が明日も続くんでね。
「妖精様の機嫌を悪くするなんてつもりはないのですよ。ほほほ」
母がこちらを悪者扱い。
「いいよ。えっとね。恵みは」
三人が耳を大きくして待つ。
「十日だね」
暫し沈黙が支配して、やがて「は?」という父の声が部屋に響く。
妖精云々、機嫌云々をしてきておいて、そっちの方が余程失礼なことをしている。
「と、十日!?」
「ど、どういうことなの?」
親達はおろおろするが、姉にとってはこの地のことなど一番関係ないわという顔をして妖精に早く行きましょうと、催促。
待て、ダサいドレスを着た姉よ。
関係大有りすぎる。
少しずつ二人の体が透けていく。
「ねえさん。恵みの日にちは妖精の寿命なんだけど」
「……え」
うっとりと、妖精を見上げていた姉の目が点になる。
雪の日に、だるまを作って目に入れた点より大きい。
「ねえさんを伴侶にした妖精は十日で消えるよ」
殆ど、見えなくなりかけている姉達。
姉はなにか言おうとしたか、叫ぼうとしたかで口を開いたように見えたけどそのまま、なにもなかったように空間から完全に居なくなってしまう。
両親を見ると完全に放心状態だ。
そこらへんで種を買って、地面に埋めても十日でギリギリ芽が出るか出ないかの、恩恵。
そんな期間で領地が潤うことは不可能だ。
あの妖精はたったの十日でいなくなるくせに殆どタダで人間を貰ったようなもの。
元々誘拐だからね。
最初に嫌と親が言えば、貴族にとって大切な血筋の長女をすぐにいなくなる妖精に、みすみす渡さなくてもよかったというのに。
まあ、今更あの姉が跡取りになっても役に立たなくて結局、一緒になって沈んでいるので。
「父さん」
父が動かないので、父の当主の印を持って貴族返上の書類を書きに外へ行く。
その後、肉屋の知り合いの女性のいとこがいる牧場に仕事と住むとこを頼めば雇ってくれる手筈になっている。
妖精の恩恵をあてにするつもりはさらさらなかったけど、今まで散々未来のお金を現在に使い、すっからかんになった状態で経営なんて絶対に嫌。
父がこちらにいつ当主を譲るかもわからないし。
かもしれないで生きていけるほど、甘やかしてもくれなかった。
ルルシーは爵位返上の理由を述べて印を押すと、その印すら返却して牧場行きの馬車に飛び乗る。
ぽくぽくと蹄を鳴らす馬が可愛くて、牧場に馬もいるといいなと頬を緩ませた。
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