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第四話 少女の名は

え?これがさっきの女の子?

今の状態でも美少女だが痩せてしまっているし顔色もまだ少し悪いところはある。

でも多分万全の状態になれば前世とこの世界での記憶全ての中で一番可愛い美少女になれる可能性を秘めている。

というかなるだろう。


「い、いかがでしょうか……ご主人様……」


ご、ご主人様!?

こんな美少女からそういうふうに呼ばれる日が来るなんて……

でも俺は常にカッコよくありたいので動揺を心の内に隠した。


「綺麗になったな。見違えたよ」


「は、はい……ありがとうございます……」


少女は恥ずかしそうにモジモジとする。

そこで俺はまだ名前を聞いていないことに気がついた。


「君の名前を聞いていなかったな。なんていうんだ?」


「い、イリスです……」


なるほど、イリスか。

なんとも可愛らしくていい名前じゃないか、うん。


「俺の名前はレックス=マクファーレンだ。よろしくな、イリス」


「レックス様……」


イリスは口の中で小さく俺の名前を呟く。

その瞬間、イリスのお腹からきゅるきゅると可愛らしい音が鳴った。

イリスは慌てて自分のお腹を抑えるけどばっちり聞こえてしまっていた。


「……ふっ、あっはっは……!」


「も、申し訳ございません……!我慢しますから痛いことはしないで……ください……」


「……!」


イリスは顔を真っ青にしてひたすら謝る。

今までどんな環境で過ごせばこうなるんだろうか。

イリスに酷いことをした奴らに怒りが湧く。


「大丈夫だ。誰ももうお前を傷つけたりしない。一緒に飯を食おう」


「ふぇ……?」


「女将、頼めるか?」


「任せときな。二人分超特急で作るよ」


そう言って女将は部屋からダッシュで出ていった。

俺はイリスの手にそっと自分の手を重ねた。

やはりまだ少し怖いらしくビクッとする。


「一緒に食べよう。な?」


「は、はい……」


俺はイリスにフードを被せ食堂がある一階に向かう。

そして端っこの方に空いているテーブルを見つけたのでそこにイリスを座らせる。

隣に座るのはイリスも居心地が悪いかと思って俺は対面の席に移動した。


少しだけ待っていると女将が料理を持ってくる。

出す早さを重視したであろうスープとパンというシンプルなものだ。

目の前に料理が置かれイリスの目が輝く。


「待たせちゃってすまないねぇ。ちゃんと出来立てだからゆっくりお食べ」


「ありがとう、女将。こんな早さで用意してくれると思ってなかったよ」


「ふふ、良いってもんさ。わたしゃまだ仕事が残ってるから戻るけどあんたがしっかりイリスちゃんの面倒を見てあげるんだよ」


女将はイリスに小さく手を振って去っていった。

俺が苦笑してイリスの方を見るとイリスは少しソワソワしながら俺を見ていた。

その目には期待と申し訳無さが混在している。


「あ、あの……こんなに高そうなものを私なんかが頂いてしまってもよろしいのでしょうか……」


「女将はイリスのために用意してくれたんだ。お金のことは大丈夫だから好きなだけ食べろ」


「あ、ありがとうございます……そ、それでは……いただきます……」


イリスはパンを小さくちぎってスープにつけた。

小さく可愛らしい口でパクリと一口。


「どうだ?女将の料理は美味いだろ?」


「は、はぃ……」


そのとき、イリスの頬に一筋の涙が流れた。

その涙は止まることなく次々と流れてくる。


「お、おい……どうした?」


「ご、ごめんなさい……こんなにあったかくて優しいご飯は生まれて初めてで……美味しくて……」


イリスは今までどんな人生を送ってきたんだろう。

それは決して楽なものではなかったはずだ。

俺がこの子にしてやれることはなんだろうか。


「はふはふ……本当に美味しいです……」


「したかったらおかわりしろよ。ほらメニュー表やるから好きなものを頼め」


「で、ですが奴隷の私にそこまでしていただくわけには……」


「命令だ。食べたいように食べろ」


「……ありがとうございます」


本当はもっと食べたかったんだろう。

申し訳無さそうにメニュー表を持ったものの目を輝かせて見始めた。

いつかは彼女も遠慮しすぎず過ごせるようになるときが来るのだろうか。


イリスはその後2回ほどおかわりをして食事を終えた。

俺は支払いを済ませイリスを連れて部屋に戻る。

部屋に戻ったイリスは少しうつらうつらとしており目が閉じそうなのをなんとか開いてこらえていた。

今日一日色んな事があったし回復魔法で怪我を治すのは体力を消耗するから眠くなるのは仕方ないと言えよう。


「そろそろ寝るとするか」


そう言った瞬間、イリスの顔が赤くなる。

しばらく目が泳いでいたものの数秒後には覚悟を決めたような顔をして頷く。


「わ、わかりました……貧相な体ではございますが好きにしてくださいませ……」


イリスの言葉の意味がわからず一瞬キョトンとなってしまう。

そして猛烈な誤解が生まれていることに気がついた。


「ち、違う違う!睡眠の方の寝るだ。俺はお前に手を出すつもりはない。そういうことは愛した人とやってくれ」


悲しきかな俺の前世は童貞だ。

こういうときにどう対応して良いのか分からない。

だけどこの娘には幸せになってほしいのだ。

望んでもいないのにそんなことはさせたくない。

正直手を出したくなるくらいイリスは魅力的で可愛いけども俺はヘタレなので手を出すことはないだろう。


「よ、よろしいんですか……?」


「ああ。それと申し訳ないが部屋の空きがないから他の部屋を取ることはできない。俺はそこら辺で適当に寝るからイリスはベッドで寝てくれ」


「そ、それはできません……!」


イリスは恐れ多いと首を横に振る。

でも俺の価値観的には女の子を床で寝かせて自分はベッドで寝るなんて絶対に無理。


「命令だからベッドで寝ろ。じゃあ明かり消すぞ」


「あっ……」


俺は明かりを消してさっさと座り込む。

そして壁に身を預け目をつぶった。


どんなところでも寝られる、というのは優秀な冒険者には必要なこと。

そしてこの体は十分に優秀な冒険者と言えた。

俺の意識は暗闇へと消えていった──


◇◆◇


朝、僅かに入り込む日差しに気づき目が覚める。

どうやら熟睡までとはいかずとも体をしっかりと休めることはできたようだ。

俺は凝り固まった体をほぐしながら立ち上がる。


「さて……イリスはちゃんと眠れてるかなっと……」


ベッドまで歩いて確認しに行くとそこにはベッドで身を縮こめて眠っているイリスの姿があった。

あのあとちゃんとベッドで眠ってくれたようで安心した。

しかし──


「お父さん……お母さん……」


悪夢にうなされているというわけではない。

イリスは静かに父と母を呼び涙を流していた。

俺はイリスを起こさないように静かに扉を締めた。


これからどうしようか……

イリスのこと、将来のこと、考えるべきことは山積みだった。

でも選択を迷い自分で選んで進んでいくことこそ本当の自由だ。


俺の人生は、俺が掴み取るんだ。


だがこのときのレックスはまだ知らない。

己の意思に反する数奇な運命は既に手を伸ばし始めているのだと。

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