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蛾ゆえに惹かれる

作者: 一色 良薬

「休憩入ります」

「ほーい」

 首から掛けていた“レジ”の名札を外し、事務所でシフト表を作っている店長に声をかけてから休憩に向かう。

 垣根書店はバックヤードの中に休憩室がある。簡易的ではあるが会議テーブルとパイプ椅子が設置され、大体の社員、アルバイトはここでささやかな休息をとっている。

 更に休憩室の奥に外へ通ずる扉があり、一歩出ると他店舗の従業員やお客が使用できるように喫煙所が設置されている。

 現代社会で肩身狭く生きている喫煙者の憩いの場所。私はエプロンからライターと煙草を取り出し、命をすり減らす包みを咥えた。

 ──ハイライトのメンソール。

「加賀さん、これあげる」

 十年前。二十歳なったばかりの私に“悪さ”を教えた人は、煙草とは無縁の見た目をしていた。まっさらな雰囲気とは裏腹に、臓器を黒く染めるほどに灰を蝕んでいたその人は「もう吸えないから」と寂しげに口元を触っていたのを覚えている。

「なんで私……」

「君にもらってほしいんだ、俺が」

 目尻をしわくちゃにさせて笑ったその人は、私の心を永遠に奪ってこの世から消えた。子どもだった私の気持ちには一切応えなかった誠実な大人だったのに、大人の私の気持ちは弄ぶ悪い大人。

(まんまとあの人の思惑通りに中毒者になっているのが一番馬鹿だって話だよね)

 喫煙所に射し込むストロボめいた陽が、あの人の薄い唇から漏れる紫煙を煌めかせていたのが、子どもながらに綺麗に見えてしかたなかった。

 憂いと快感を混ぜ合わせた横顔を遠くから見るのが精いっぱいだったのに、気付けば誘蛾灯に吸い寄せられる蛾のように「好きです」と告白していて。

「……最初から最後までフってくれたら良かったのに」

 最後の最後で強い光を置いていかないでよ。

 吸い込めば吸い込むほど先端がちりついて赤く燃えていく。いっそ光に焼かれて死ねたらいいのに。

 少しずつ酸素を吸いづらくなる黒ずんだ肺を外側から撫でて、寿命を吸い殻箱へ投げ捨てた。

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