ボランティアのお誘い
晃輔の苦い過去を思い出させられる事件から数日。
夏休みも後半に差し掛かってきた。
晃輔は今日、ななと一緒にここ最近ずっと忙しくて殆ど手を付けていなかった夏休みの宿題を進めていた。
恐らくこのペースでやれば夏休みが終わる前、恐らく、もっと早くに宿題が終わるだろう。
ななと一緒に黙々とリビングで宿題をやっていた晃輔は腕を伸ばして少し休憩する。
「俺コーヒー飲もうかと思ってるんだけど、ななはどうする?」
「……そしたら、私もコーヒーをお願いしようかしら」
「了解」
「今日中に終わりそう?宿題」
「……何にもトラブルが無ければ今日中に終わるな。ななは?」
「これが最後」
「マジか……」
もうスピードで夏休みの宿題を終わらせていくななに晃輔は軽く引いてしまった。
晃輔が二人分の珈琲を持って来て置くと、何か通知が来てないかと思いソファにあるスマホに手を伸ばす。
そう言えば、あおいの宿題の進み状況はどうなっているのだろうかと気になってしまった。
晃輔が手に取ったスマホであおいに尋ねてみようとすると、突然、晃輔のスマホが鳴った。
驚きつつ晃輔が電話に出ると、スマホから聞き覚えがある声がした。
『晃輔。もしもし。俺だ俺』
「新手の詐欺か……警察に通報だな」
『待て待て。絶対止めろ』
晃輔の兄である嶺だ。
現在は藤崎家の自宅警備隊隊長……即ち、藤崎家のただのニートだ。
『今からややこしくするな』
「一体何の用?どうでもいい用事なら切るけど」
『おい』
「今、ななと宿題中なんだよ」
『…………ななと?』
少し間を置いて、嶺がそう尋ねてきた。
「そうだけど……なに?」
『…………いや、何でも無い。幸せそうで何よりだこと』
不機嫌そうに晃輔が尋ねると、嶺は何処か呆れたような声になった。
「切るぞ。切って通報」
『待て待て落ち着け。ってことは、今はななも近くにいるんだな?』
「なな?……そうだけど。それがどうかした?」
思わず声を出して聞き返すと、宿題をやっていたなながこちらに目線を向けた。
『ななにも聞こえるようにスピーカーにしてくれるか?』
「?」
よくわからないが、晃輔は嶺に言われるがまま、ななにも聞こえるようにスピーカーに設定を切り替えた。
『……晃輔。この後、ななと一緒に家に来てくれないか?大事な話と渡したい物があるんだ』
こうして、晃輔とななは突然藤崎家に呼び出されたのだ。
***
嶺から割と真面目な声で電話を受けた晃輔とななは、手早く身支度を済ませ急いで藤崎家へ向かった。
「これから、一体何が始まるって言うわけ?」
深いため息をつきながら話すななに、晃輔は苦笑いする。
「さあ……」
正直、それが分かれば苦労しない。
晃輔の兄である嶺は、言ってしまえば少し……晃輔から見たら結構な変わり者だと思う。
地道な努力で今までやって来た晃輔と違って、嶺はどちらかと言うと天才と言われる類。
勉強だろうとスポーツだろうと、家事以外は何でも出来る万能ななな。
身体を動かす事が得意で、学校では勝利の女神と呼ばれているあおい。
そして、ななと同じく家事はからっきしだけど、それ以外の事は何でもこなす嶺。
このお化けたちと一緒に居ると、どうしても劣等感を抱いてしまうのが晃輔の困り事の一つでもある。
このお化けたちの中でも、嶺は頭一つ飛び抜けたお化けで、そして、とても変わり者だ。
「ウチの兄の事だし……どうせ、また面倒くさい、何か、なんだろうなー」
「……もしかして、また無茶苦茶な可能性が……?」
「どこかあおいと性格が似てるから、その可能性は高そうだな。もしかしたら、明日これ行ってくれ、って言うパターンかも」
「……………………」
無言になったななが大きくため息をついて、晃輔は思わず苦笑いしてしまった。
待っててくれ、と言われ晃輔となながリビングで待機していると、あおいが藤崎家にやって来た。
「あれ?こー兄にお姉ちゃん。どうしたの?」
あおいはリビングにいる二人を見つけて目を丸くする。
「嶺兄さんに呼び出されたのよ」
「お姉ちゃんたちも……?」
あおいは驚いた様子で晃輔とななを見つめる。
この様子だと、あおいも嶺に何だかの呼び出しを受けたようだが晃輔たち同様に何も聞かされてないようだ。
本当に一体何が始まるのか、全く想像がつかない。
「みんな揃ったな」
あおいがリビングに来てほんの一、ニ分すると、嶺がリビングに顔を出した。
「嶺兄どうしたの?いきなりでびっくりしたよー」
「ごめんな」
嶺は子犬みたいに駆け寄って来るあおいの頭に手を置いて宥めた。
「それで、いきなり呼び出しておいて何だけど……」
「うん」
あおいは一々相槌を打っていたが、晃輔とななは何も言わず黙って嶺の話に耳を傾ける。
こうして、わざわざ三人を呼び出すなんて何かしらの要件があるに違い無い。
それも恐らく相当面倒くさいものだろう。
下手したら残りの夏休みを潰されるような内容かもしれない。
何を言い出すかも、何をやりだすか分からない。
嶺はそんな人間だ。
あおいと同じで、嶺もぶっ飛んでるタイプなので深く考えるだけ無駄だ。
「えっと、三人に集まってもらったのは、今週にある大会に、ボランティアとして参加してもらうから集まってもらったんだ」
「「……!」」
絶句する晃輔となな。
嫌な予感は当たってしまったのだ。
「楽しそうー!」
晃輔とななとは対象的にあおいはとても嬉しそうに喜んでいる。
あおいは言われている意味をわかっているのだろうか。
ななは恐る恐る嶺に尋ねてみた。
「れ、れい兄さん……それってもう決定事項なの?」
「うん?ああそうだけど……一応辞退の連絡は出来るけど。嫌か?」
しかも、驚きの決定事項の事後報告。
本人たちの意思は何処にいったのやら。
「嫌とか、まずそれ以前の問題何だけどさ……もういいや。それで、俺たちは一体何のボランティアするの?」
「順応早!?」
晃輔がすべてを諦めた顔で嶺に尋ねると、ななが驚いた表情をして晃輔を見つめてきた。
「車いすテニス大会のボランティア」
「「「車いすテニス大会のボランティア?」」」
三人の声が見事にハモった。
車いすテニス大会のボランティア。
そう言われても全くピンとこない。
確かに、車いすに乗った人がテニスラケットを持って試合をしているのは、本当に時々テレビで見たりするので多少は知っている。
知ってはいるが、晃輔たちの周りに車いすを使う人がいないため、当日、一体何をどんな活動をするのかまるっきり分からない。
最低限度の知識しか無い晃輔たちにボランティアなんて出来るのだろうか。
というより、そもそも、何故いきなりそういう話が晃輔たちに舞い込んできたのだろう。
晃輔がそんな事を思っていると、話を進めようとななが嶺に尋ねた。
「……私たちはそのボランティアをやるの?」
「ああ、それで……その資料がこれな」
晃輔となな、あおいは嶺から手渡された資料に目を向ける。
「大会自体は四日ぐらい有るのね」
「そんで、俺たちの参加は土日の二日間だけか」
「嶺兄。何で土日だけ?」
「土日だけちょうど人が足りなくなったらしい」
「らしいって。大会関係者に知り合いでもいるの?」
あおいが嶺にそう尋ねる。
三人から視線を向けられた嶺はなんてこと無いようにして答えた。
「まあな。今回のボランティアの話はその関係者さんからでな。それで、当日着るビブスとか名前カードは既に預かってるから、あとは動きやすい格好で来てくれって。必要そうになるものは全部記載してあるから読んでくれたら分かると思う」
「丸投げかよ」
「嶺兄さんは参加しないの?」
「……行けたら行くって言ってある」
「それ、絶対行かない人が言うセリフじゃん」
嶺のそれに、そう言ってあおいは面白そうに笑っていた。
人の都合なんて一切考えない、相変わらずの無茶苦茶に晃輔は思わず頬が引き攣った。
唯でさえ今年の夏休みは晃輔にとってハードモードの夏休みなのに、そこに予定としてボランティアを加えるなんてことをしたら、一体いつ宿題が終わるんだろう、と晃輔は一人頭を抱えていた。




