悪夢
「そんなんだから、お前はイジメられるんだよ」
頭上から聞いたことがある声がして晃輔は眠い目を擦りながらゆっくりと瞼を開けた。
目の前には中学の時の体操着とジャージに身を包んだ関原たち三人。
そして、晃輔と関原たちを悔しそうな顔でこちらを見ている泰地と元同じ部活の仲間たち。
どうやら、晃輔は過去に戻ってしまったのだろうか。
恐らく違う。
恐らく……これは、明晰夢だろう。
明晰夢とは、夢を見ている時に自分はいま夢を見ている、と自覚しながら見る夢の事。
明晰夢を見る人の中には、これは夢だと自覚しながら、その夢の内容を自由自在にコントロールできる人もいると聞く。
もし、本当に晃輔に夢を自在にコントロールできるなら、こんな思い出したくもない悪夢を見るのではなく、もっと楽しい夢を選択して見ていただろうに。
晃輔は明晰夢の事を知っていたので、これを夢だと気付くまではそこまで時間を必要としなかった。
何故、今こんなタイミングで悪夢を見るのか……それはきっと、日中に遊びに行ったプールで関原たち三人と邂逅してしまったからだろう。
目の前で晃輔を罵倒してくる関原たち三人に言い返してみようとして口を動かそうとしてみるが、思ったように動かせないし、思っているのと全然違うことを言ってしまう。
また、さらに厄介なのは、これは現実ではなく夢なので、この三人の罵倒の終わりが見えないことだろう。
ある意味、現実のイジメよりも質が悪いと思う。
これが夢なのは分かっているため、どうにかして夢から覚めて現実世界の方に戻れないかと試行錯誤しても、当然上手くはいかない。
夢の中なので正確には分からないが、晃輔の感覚的に小一時間程度罵倒大会が続いた気がする。
そして、晃輔への罵倒が終わり、今度は関原たちから晃輔への暴力を受けるようになった。
夢の中なのでそこまで痛みは感じないが、それでも痛いものは痛い。
夢の中で、無限にも感じる晃輔への罵倒と暴力で心が折れて涙が出そうになった時、突然、ドコン、という外部からの強烈な刺激を受けて晃輔は悪夢から目を覚ました。
「ーッ!」
飛び起きると、そこは当然二人の住む家。
閉じたカーテンからはまだ日が差し込んでおらず、荒い息遣いのまま慌てて時計を確認すると、時間はまだ朝方の四時過ぎ。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
飛び起きた晃輔は、荒い息遣いをしながら自分の顔を押さえた。
「……最悪だ」
悪夢のせいで変な時間に目が覚めてしまい、二度寝でもしようかと考えたが、もし、またあの夢を見ると思うと少し怖いのでこのまま起きる選択をした。
晃輔は、自分が大汗をかいている事に気が付いて軽くシャワーを浴びようと立ち上がろうとすると、身動きがほとんど取れないことに気が付いた。
最初は金縛りかと思ったが、よく見ると晃輔隣に寝ていたはずの少女が、あどけない寝顔をしながら晃輔の腰回りをがっちりホールドしていた。
「……マジか」
どうやら、先程の強烈な衝撃の原因はあおいだったらしい。
結局、夏休みに入っても規則正しい生活習慣をしているななに叩き起こされるまで、あおいは一切離してくれなかった。
***
「どうした、晃輔。お前朝から顔色悪いぞ」
朝食を食べ終わり、食後の珈琲を飲みながら、リビングで皆が朝からゲームをして楽しんでいるのを見ていると、怪訝そうな顔をした昌平が尋ねてきた。
「ん、そうか?別にそんな事無いと思うけど」
「……いや、正直、俺もそれは気になってた……晃輔、朝から……というか起きてからあんまり 元気無いよな。何かあったか?」
晃輔は順哉の恐ろしく的確な指摘に驚かされる。
「……そういうふうに見えるのか?」
「?……あぁ……」
晃輔が尋ねると、順哉は戸惑いつつもそう答える。
流石というべきか、本当に人をよく見ているなと思う。
こうして些細な人の変化に気が付けるのも順哉の美徳の一つで、順哉がななたちと同じスクールカースト上位集団にいる理由なのだろう。
「…………」
「え、えっと……晃輔、言いたくないなら全然言わなくても……」
晃輔が黙ってしまい、順哉は困ったような表情でそう告げた。
「…………ちょっと、嫌な夢を見てな」
「夢?」
「ああ。ちょっと昔……というより中学の時の部活の……まぁ多分、昨日関原たちと会ったからだと思うけど……」
「……もしかして、当時の夢を見たのか?」
苦しそうな表情をしている晃輔を見て、泰地まで苦しそうな表情をしながら尋ねてくる。
晃輔は無言で頷く。
すると、順哉と昌平が焦ったような表情で晃輔に謝ってくる。
「!……ごめん!晃輔!」
「本当に悪かった!」
「別に、お前たちが謝る必要なんかないだろう…………」
だんだん語尾が小さくなっていく晃輔を見て、あおいは心配そうに晃輔の顔を覗き込んだ。
「こー兄?」
「泰地とあおいは……知ってるんだよな?……なら、ちょうどいい機会だから話しておくか。これからも皆と友達でいるんだから、できれば皆にも知っておいてほしいし……俺とあいつらの当時の事について」
一旦ゲームを消した皆が見守る中、こうして晃輔は『当時の事』について語りだした。
「どこから話そうかな……そうだな。まず、俺や泰地が部活入ったところからかな」
晃輔は乾いた喉を潤すように珈琲を一口飲む。
「そもそも、俺と関原はそんなに仲良かったわけじゃないんだよな。小学校の時で既によくぶつかってたからな」
「ええ、そうね。よく覚えているわ」
晃輔の話を聞きながら、ななは思い出すようにそう告げた。
「天野や湯本とは、当時はまだそこまで仲悪いって言うわけじゃなかったかな。天野と湯本が本格的に敵に回ったのは……二年生の大会の新人戦の後からだろうな」
『……』
ななたちは静かに晃輔の話に耳を傾ける。
「俺や泰地、関原たちは一年生の時同時に部活に入った。俺たちが部活に入った時、二年生はいなくてな。三年生だけしかいなかった……三年生が部活を引退するまでは、そこまでは良かったんだけどな……」
「そこまではって……」
「ああ。そこからが問題だったんだ」
昌平の呟きに、泰地は晃輔の代わりに答えた。
「三年生の先輩が引退してから、直ぐに俺たちは次の部長と副部長を決めた……全員同意の投票をして、それで俺が部長になった。同じやり方で副部長も決めたんだけど……そこに不満を示したのが関原だったんだ」
「不満?」
「そう。自分が副部長をやりたかったらしくてな……あの時からだよな……結果に不満を持った関原が八つ当たりのように煌翔をイジメはじめたのは……」
「ああ……だな」
晃輔がそう告げると、泰地は自らの唇を強く噛んで……そして、苦しそうな表情になっていった。




