ななとの距離感
「ふぅー。ひどい目にあった……」
晃輔はリビングのソファに座りながら、そう呟いた。
晃輔たちの家が会場だった二次会が終わり、賑やかだった晃輔たちの家は静かになった。
「ふふ、お疲れ様。でも楽しかったでしょ?」
そう言って、ななは晃輔に手に持っていた紅茶を手渡してくれた。
「お、サンキュ」
どうやらななは疲れている晃輔に紅茶を淹れてくれたようだった。
「美味しい……」
晃輔がそう呟くと、ななは慈しむような笑みを浮かべる。
「そう。良かった……」
「……まぁ楽しかったといえば楽しかったよ」
晃輔は、今まで打ち上げなどをしたこと無かった身なので、正直とても新鮮で楽しいと思った。
「ただ、罰ゲームさえ無ければもっと楽しかったんだけどな」
晃輔は、罰ゲームを思い出してげんなりとした表情をする。
晃輔たちの家でレースゲーム大会をやるまでは良かったのだが、問題はそこから。
レースゲーム大会の最下位者は罰ゲームを受けなければならないという、希実提案の理不尽の塊を強制させられることになった。
楽しい打ち上げで、楽しいゲーム大会になるはずが、希実が罰ゲームを組み込んだせいで、皆本気の顔でゲームをしていた。
何よりも酷かったのが、晃輔以外は全員念話でもしているのか、と思うぐらい息が合っていて、晃輔が最下位になるように全員で集中攻撃をされ、思わず泣き寝入りしたくなった。
晃輔は、先程まで行われていたレースゲーム大会を思い出してため息をついた。
「何であいつの考えたものって奇抜だったりぶっ飛んだものが多いんだ……」
晃輔はななが淹れてくれた紅茶を一口飲むと、隣に座るななにそう尋ねた。
すると、ななは身体を晃輔に寄せて告げた。
「そうね……何か本人曰く『冒険しないよりはしたほうが楽しいよ!』って」
「あ、あいつらしいな……」
小さく顔を引き攣らせた晃輔のすぐ隣で、ななは穏やかな表情でそう告げた。
「そうね……晃輔どうしたの?」
「な、なんでもない」
「?」
ななは不思議そうな表情で狼狽えている晃輔を見るが、晃輔が答えそうに無いと思ったのか、再び入れた紅茶に視線を落とした。
今までは基本的に隣に座っていても拳二つ分ほど距離が空いていたのだが、今はななの腕が触れ合うくらいの距離に居る。
甘い匂いがいつもより近いし、ほんのりと体温を感じるため、ななとの会話に全然集中出来ない。
「それにしても可愛かったなー。晃輔の猫耳」
穏やかな笑顔でとんでもないことを言い出したななに、晃輔は思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
晃輔はそれを必死に堪えて飲み込むと、ななの方にジトッという視線を向ける。
「……」
「何よ?」
「いや、ちょっとだけななの感性を疑った」
「何でよ」
「だって……」
「でも、実際可愛かったわよ。みんなもそう言ってたでしょ」
「知らん」
ななは面白そうにそう告げるので、当事者である晃輔はどう反応していいか分からなくなる。
「あと、男に可愛いって言っても嬉しくないぞ」
「あらそう。残念」
晃輔が不機嫌そうに呟くと、ななは可笑しそうに笑ったと思ったら、突然晃輔をじーっと見つめ始めた。
「ななさん?」
突然ななに見つめられて、どうして良いか分からない晃輔が固まる。
すると、ななはおもむろに晃輔の頭に手を伸ばした。
晃輔の頭に手を伸ばしたと思ったら、ななはその手をゆっくりと動かして晃輔の頭を撫で始めた。
突然のことに頭が追い付かない晃輔は、ななにされるがままの状態になる。
「あ、あの、ななさん? この手は?」
ななの突然の行動に驚いた晃輔がそう尋ねると、ななは穏やかな笑みで晃輔の頭を撫でることを継続したまま、まるで猫に話しかけるような優しい口調で晃輔に告げた。
「晃輔って本当に優しくて格好良くて頼りがいがあるのよね」
「はい!?」
晃輔の頭を撫でながら、突然褒め殺しをしてきたななに晃輔はすっとんきょうな声を上げる。
「男の子は可愛いって言われるより格好良くいって言われた方が嬉しいんでしょ?」
「……え、まぁそうだけど……」
「だけど?」
「いや、何でもない……」
晃輔はそれ以上は何も言わなかった。
というより言えなかったのだ。
晃輔を撫でるななの優しい手つきが晃輔の抵抗する気力を削いでいく。
「ふふ、可愛い」
「……」
ななは慈しむような表情で晃輔の頭を撫でるので、結局、晃輔は諦めて、ななにされるがままなることを選んだ。
「いつも助けられてるし、そのお礼ってことで」
「助けられてるって、それ多分生活面のことだろ?」
「そうね」
「だろうな」
「でも、生活面よりもやっぱり精神面も凄く助けられてるのよ」
「……そうなのか?」
「ええそう。今までは誰かに甘えたり、頼ったりなんて選択肢はしなかったからね」
ななは伏し目がちになりながらそう告げた。
晃輔の頭を撫でながら、シリアスな事を言うななに、晃輔はなんとも言い難いちぐはぐな雰囲気に混乱しつつ、取り敢えずななのやりたいようにさせる。
「晃輔、猫になればいいのに」
「は?」
突然何を言いだすんだ、と晃輔は微かに目を開いてななを見つめる。
すると、ななは大真面目に告げた。
「晃輔が猫になってくれたら、私毎日撫で撫でしてあげるのに」
「……え、遠慮しとく……」
ほんのりと顔を赤らめて晃輔の目を真っ直ぐ見据えるななに、居た堪れなくなった晃輔は思わず目を逸らしてしまう。
正直、ななの申し出は非常に魅力的な案だ。
猫になって美少女に撫で撫でしてもらう、なんて世の中の男子にとっては憧れみたいなものだろう。
「残念……晃輔も猫みたいに素直になればいいのに」
「……無茶なこと言うなよ」
「ふふ、そうね」
ななはそう言うと、満足したのか晃輔の頭を撫でるのを止めた。
「ごめんね。可愛かったからつい……あと、私だって恥ずかしかったんだからね」
ななは頬を紅潮させながらジトッと視線を晃輔に送る。
恥ずかしかった、というのは恐らく先程までやっていた二次会の希実が考えた罰ゲームのことだろう。
晃輔が皆が居る前でななの頭を撫でる、という羞恥心の限界を試される悪趣味な罰ゲームだった。
顔を紅潮させて恥ずかしそうに晃輔を見つめるななに、晃輔はななの頭に手を載せて、それからわざと少し乱雑な動作で頭を撫でた。
ななは特に嫌がるような表情は浮かべず、ただ驚いたように晃輔を見上げてくる。
「……こうすけ?」
「ん、何だ?」
「えっと……この手は?」
「さっきのお返しだ」
「お返し?」
「嫌だったか?」
「ううん、全然嫌じゃない。むしろ晃輔が頭撫でてくれて凄く嬉しいんだけど……」
晃輔に頭を撫でられたななは、ふにゃと顔を緩くさせた。
晃輔は、ななの嬉しそうな表情といろいろと誤解を招きそうな発言に、思わず喉を鳴らした。
本人は素直で純粋な気持ちから、そのような発言をしているのだろうと思うが、いろいろと自覚した晃輔にとってその表情と発言は致命傷になりそうだった。
「そうか良かった」
晃輔は、込み上げてくるいろいろなものをなんとか押し殺して、ななの頭を撫でた。
乱暴な動作から優しい手つきに変えて、しばらく頭を撫でていると、ななは耳まで真っ赤にさせた状態で晃輔を見上げてきた。
「こ、晃輔」
「ん?」
「あ、えっと……嬉しいんだけど、これ以上はちょっと……」
「嫌だったか?」
嫌だったのかと思い、撫でるのを止めようとすると、ななは紅潮した顔を晃輔に近付けててきた。
「ち、違うの! す、凄く嬉しいんだけど……えっと……」
ななにしては珍しく、要領を得ない言葉に晃輔が戸惑っていると、ななは顔を赤くしながら必死な表情で晃輔に訴えてきた。
「これ以上はちょっと、恥ずか死しそうなので、遠慮しておきます……」
「お、おう……」
晃輔がそう言うと、ななは顔を真っ赤にさせたまま俯いてしまい、調子に乗ってななの頭を撫でた晃輔も顔を赤くするのは当然の流れだった。




