放課後のだべり場
「いやー晃輔たちの家っていつ来ても広いなー」
「だよねー。晃輔のくせに贅沢」
放課後、晃輔たちの家にやって来た昌平と希実はリビングに足を踏み入れるなり、そう口にした。
人の家に入るなり、唐突に昌平と希実に悪態をつかれた晃輔は軽くため息をついた。
「あのなぁ……それで、一体何の用だよ? 突然家に行きたいだなんて」
晃輔がそう尋ねると、リビングのソファに深々と座り、ぐでぇーと溶けかかっている希実が告げた。
「う〜ん? そう言えば、ちゃんと晃輔とななの住んでる家探索出来て無いなーって思って、今日はその探索のために家行くよーって。さっき言ったよね?」
「今すぐお帰りいただこうか」
いきなりとんでもないことを言いはじめた希実に、晃輔の顔が思いっきり引きつる。
希実と同じように、ソファに座っている昌平に、こいつどうにかしろ、という視線を向けると、残念だが諦めろ、という視線が返ってきた。
「人の家を探索って、お前の頭大丈夫か?」
「大丈夫だよ! ノープロブレム」
「病院行って診てもらったほうが良いと思うぞ」
「病院って、失礼な! 正常だよ!」
「いや、絶対異常だと思う」
晃輔と希実の不毛な争いが繰り広げられているのを、希実のすぐ横で聞いていた昌平が二人を宥めるように告げた。
「まぁまぁ。のんも晃輔も落ち着いて」
そう言って、昌平は希実の頭に手を置き、希実の頭を優しく撫でた。
すると、昌平に頭を撫でられた希実は、途端に大人しくなった。
「あのさ、人の家でいちゃつかないでもらえません?」
何が悲しくて、目の前で友達カップルのいちゃつきを、それも自分の家でそれを見なくてはならないのか。
自分の家のはずなのに、非常に居心地が悪い。
ホームのはずなのにアウェーな気分だ。
「一緒に晃輔家の探索しような」
「うん!」
正確には違うが、一応家主である晃輔を無視して、どんどん話が進んでいく昌平と希実を見て、晃輔は疲れたように呟いた。
「うん! じゃねえよ……ふざけんな絶対させないからな」
「えーケチ」
「何がだ」
晃輔が疲れたようにそう言うと、キッチンの方へ向かい告げた。
「紅茶とコーヒーどっちがいい? あと、緑茶もあるが」
晃輔がそう尋ねると、昌平は苦笑いをしながら告げた。
「諦めたな」
「ね」
「……うるさい。探索はさせないからな」
「ななには許可取ったよ?」
「取ったよ、じゃねーよ……ななもなんで許可してんだよ……」
そう言って、晃輔は頭痛を抑えるように小さく頭を抱えた。
「わ、悪いな晃輔……ついでにのんと同じ紅茶をお願いするわ……」
完全に疲れ切ってる晃輔の様子を見て、昌平は申し訳無さそうな表情で告げる。
「分かった。準備するから大人しく待っててくれ」
晃輔がそう言うと、晃輔の言う通り昌平と希実は大人しく? なのかは分からないが、お構いなしに人の家のソファでいちゃつき始めた。
人ん家でいちゃつかないでほしのだが、と晃輔はそんなことを思いながら自分の分のコーヒーと昌平、希実の分の紅茶を淹れる。
コーヒーと紅茶が出来上がり、それをリビングのテーブルに持っていったところで、ななが帰宅してきた。
「ん、お帰り」
「ただいま」
「お、ななお帰りー! ねぇ、ななたちの部屋探索しても良い?」
希実はななが帰ってくるなりそう尋ねた。
昌平はこの暴走列車を止められないことが分かっているのか、温かい目で希実を見守っている。
というか、そんなことをどストレートに聞けるとは、一体どんな神経をしているのだろうか。
内心ハラハラしながらななの返事を待つ晃輔。
「良いわよ」
「良いのかよ!?」
ななの即答に思わず晃輔はキレのある突っ込みを入れてしまった。
驚いている晃輔を見て、ななは小さくため息をつきながら告げた。
「そういう約束だからね」
「……やくそく?」
「やったー!」
そんな約束いつしたのだろうか、晃輔の目が点になりかける。
ななから了承を得た希実は、寝室や晃輔とななの自室に手当り次第入って行った。
「マジでお前の彼女の暴走癖なんとかしてくれ」
「あはは……いやーあれはあれで可愛いだろ?」
「おい、目を逸らすな」
一通り晃輔たちの家を探索し尽くした希実がリビングに戻ってくると、希実はドカッとソファに座り晃輔に尋ねてきた。
「ねぇ晃輔、今日はあおいちゃんの家庭教師もないんでしょ?」
「そうだけど……いきなり何だよ?」
昌平と希実がリビングのソファを占領しているため、晃輔とななはテーブルの方の椅子に座っている状態だ。
「いやー、あおいちゃんとゲームしたいな~って」
思っていた以上にしょうもない理由に、晃輔は顔を引きつらせる。
「ゲームがしたいのか? だったらお前、一回留年してみたら? そしたらあおいと同じクラスになれると思うぞ」
「酷くない!?」
希実は晃輔の辛辣な言葉に悲鳴じみた声を上げる。
すると、希実が家の大探索をしている間に着替えてきたななが小さくため息をついた。
「あおいは球技大会の実行委員の一人なのよ」
「球技大会の実行委員……」
「そうよ、実行委員は忙しいから。それにクラスで最も出場数が多いから、練習もあるから、しばらくの間は家庭教師は無いのよ」
「えー! じゃあ遊べないじゃん!」
そう言って、希実は不満そうな表情で晃輔を見る。
既にななが述べたが、晃輔たちが通う学校では六月の最後の週に球技大会がある。
球技大会には、大会を盛り上げることと、大会を円滑に進めるために実行委員が存在しており、ななとあおいはその実行委員として大会運営に関わっている。
「ななも実行委員なんだもんね……」
「そうよ。だからしばらくはみんなでお昼ご飯とかも難しいかもね」
「えー!」
なながそう告げると、希実は不満そうな声を上げた。
確かにななの言う通り、しばらくは皆でのお昼ご飯は難しいだろうと思う。
最近仲良くなって一緒にご飯を食べ始めたメンバーを思い返して見ると、よくよく考えたらそれぞれの部活のエースだったり部長だったりとする。
確か去年もそうだったが、運動部に所属していると、大体何かしらの仕事が回される、みたいなことを聞いたことがある。
恐らく仕事と言っても、会場準備などの程度だとは思うが。
他にも、順哉は放送部の仕事があり、石見は吹奏楽部として実行委員の皆を支えるお仕事、土井に関しては、よくわからないが生徒会として何らかの仕事があるらしい。
「仕方ないだろのん。楠木さんも忙しくなるだろうし……他のみんなもそうだろ。しばらくは晃輔とご飯だな」
「嫌なら一人で食べるが?」
「ごめんって。そんな事言わずに一緒に食べようぜ」
「どうしようかな」
コーヒーを飲みながら、晃輔はそう告げると、唐突に希実が晃輔に尋ねてきた。
「ねぇねぇ晃輔。ところで、晃輔は球技大会何やるの? 確かアンケートはもう取ってたよね?」
「ん…………」
「晃輔?」
「ん? あぁ、いやごめん。たぶんドッチボールかな? 無難に。変に目立たないし」
少し考え事をしてしまいフリーズしていた晃輔を心配してか、気付くと、三人とも心配そうな表情で晃輔の顔を覗き込んでいた。
どうやら皆を心配させてしまったようだ。
「晃輔らしいというべきか……」
「やっぱり根暗陰キャ」
「追い出すぞ」
「やーん怖ーい」
晃輔が軽口を言い出したことで安心したのか、昌平や希実は表情が元に戻ったが、ななだけは心配そうな表情で晃輔を見つめたままだったことに、晃輔は気付いていなかった。




