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嶺とあおい


 あおい主催で行われたななの誕生日会から二日後の話。

 引き続き実家で引き籠っていた嶺は、先日の功労者であるあおいを家に呼び出していた。


「……来たか」


 あおいが家まで来たらしく、玄関のインターンホーンが鳴った。

 嶺は、外にあおいがいるのを確認すると、玄関の扉を開けてあおいを藤崎家に迎え入れた。


「お、来たな」

「やっほー、嶺兄」


 嶺がドアを開けると、あおいは元気良くそう言う。


「晃輔と違って抱き着いてこないんだな」


 嶺は、あおいに向かって意地の悪そうな顔で告げる。すると、嶺にそう言われたあおいは怪訝な顔で首を傾げた。


「……抱きつかれたいの?」

「いや、冗談。というか、社会的に死ぬから遠慮しとく」


 あおいは、嶺の真意を確かめるように、しばらく嶺を見つめたあと、大きくため息をついて告げた。


「はぁ……ほんっと、嶺兄ってどこかやりにくいよね……」

「あら、いらっしゃい、あおいちゃん」


 あおいに気付いた真美が、あおいに挨拶をする。


「……こんにちはー!」


 真実に挨拶されたあおいは、元気の良い挨拶で返した。


「お邪魔しまーす!」

「ふふ、今日も元気ねー。ゆっくりしていってねー」

「はーい!」


 さっきまでの嶺への態度とはうって変わって、いつもの、皆がよく知る姿の、元気なあおいに戻っている。

 なんともまぁ身代わりの速さの持ち主だこと……と嶺はそんなことを思いながら、あおいを自室に招き入れる。


「悪かったな、晃輔と違ってやりにくくて」


 自室に入った嶺は、同じく部屋に入ったあおいに苦笑いした。


「……別に嶺兄が変人だってこと、みんな知ってるし?」


 今日のあおいは少し辛辣だった。

 嶺の自室に入って、部屋に置いてあった椅子に座ったあおいは、呆れながら嶺にそう告げた。


「それはそれで、傷つくんだけど……」

「というか、嶺兄はなんでそれを知ってたの?」


 あおいは嶺にそう尋ねる。

 あおいは「こー兄たち以外、誰も知らないはずなんだけど……」と若干不貞腐れた顔でそう言うと、嶺はすぐにその疑問に答えるように告げた。


「ほら、晃輔とななの二人が向こうの家に住んでから、学校終わったら、晃輔はわざわざ一回ここに帰ってくだろ?」

「まあそれは……それはお姉ちゃんもだけど……」


 晃輔とななは、自分たちが一緒に暮らしているということを、他の人に気付かれないようにするために別々のタイミングで家へ帰っている。

 晃輔はあおいの家庭教師があるため、意図的に帰る時間をずらすことができるが、ななはそういう用事がないため、晃輔と同様に一度楠木家に帰ってから、タイミングを見計らって二人が住んでいる家へ帰宅している。


「その時に晃輔が話してくれるんだ」


 嶺からそう聞いた時、あおいは少々驚いた顔で嶺を見た。


「こー兄とお話するの?」


 あおいから見た嶺と晃輔の二人はあまり仲が良いふうには見えないからだ。

 どちらかというと、晃輔が一方的に嶺との距離を取っているだけになるが。


「まぁな……」


 そう言う嶺は、どこか悲しそうな表情をしていた。どう反応していいか分からないあおいは、その場でオロオロしてしまう。

 

「嶺兄……」

「まぁ、たぶん俺が仕事辞めてニートになったことに、いろいろ思うところがあるんだろう……あと、たぶん……」


 あおいが姉のななや晃輔の気持ちや思いを察して汲み取れるように、嶺もあおいの思っていることはなんとなくわかる。

 晃輔やななほどでは無いが、あおいも十分分かり易いのだ。嶺からしてみればの話だが。


「……」


 そう言って遠い目をする嶺に、とうとうあおいは何にも言えなくなってしまった。

 何とも言えないような、そんな空気が部屋を支配する。


「……それにしても、ずいぶんとお早い到着だったな」


 自身が作り出した部屋の空気感に耐えきれなくなった嶺は、無理矢理別の話題にした。


「え? まぁ、そんなに距離があるわけじゃないからね……あと、それと……」


 突然の変化にあおいは驚いたが、恐らく自分で作ったこの空気に耐えられなくなったのかな、とそんなことを思い、すぐに立ち直り告げる。


「嶺兄、ありがとね」

「何が?」


 そう言って嶺はとぼけてみせる。


「いろいろと」


 あおいは嶺に向かって、小さく頭を下げた。

 わざわざ口に出さなくても嶺相手なら分かると思ったのか、あえて言葉を濁したあおい。

 そして、あおいは可愛らしく微笑み本題を引き出そうとする。


「ふふ。それで、今回私を呼び出した本当の理由は?」


 あおいはこれ以上何を言っても無駄だと思ったのか、今日わざわざ嶺に呼び出された理由を尋ねた。

 今のご時世では、スマホがあれば大抵のことができる。なのに、わざわざあおいを呼び出すには何かしらの理由があるはず。そう考えたあおいは静かに嶺の言葉を待った。


「ああ、それはこれ」


 そう言って、嶺は手に持っていた物をヒラヒラさせたあと、そのヒラヒラした物をあおいに見せた。


「これって……」


 あおいが目にしたのは、水族館のチケットだった。


「す、水族館のチケット?」

「そ」


 間抜けな声のあおいが尋ねると、嶺はたった一言、そう答えた。


「え、こ、これを渡すために、今日私呼び出されたの?」

「ああ」 


 あおいは驚いて少し目を開き、そして顔を引きつらせる。そして、あおいはどこか困ったような表情で嶺を見た。


「一昨日の、お姉ちゃんの誕生日会の時に渡してくれれば良かったのに……」

「いや、まぁそうなんだけど……」

「でも、なんでいきなり水族館のチケットを? お姉ちゃんの誕生日はもう過ぎちゃたよ?」


 嶺が言いどよんでいると、あおいは困惑した表情でそう告げる。


「いや……ほら。今月末中間テストだろ?」

「うん……そうだけど。なんで嶺兄が知ってるの?」


 嶺がそう言うと、あおいはますます困惑した顔になった。


「いや、ほら……晃輔の高校の年間スケジュール、ちょっと前までリビングの壁に貼ってあったから」


 嶺は、リビングのほうを指さしながらそう告げる。


「な、なるほど……?」


 あおいは嶺の説明に納得したようだったが、あおいはまだ肝心なところを嶺に聞けていない。


「でもなんで水族館のチケットを私に?」

「質問が振り出しに戻ったな……」


 嶺は思わず苦笑いする。


「ほら、来週は中間テストだろ。だから、テストが終わったら三人で遊びに行ったら? と思って」

「……え……え!?」


 嶺がそう言うと、あおいは驚いて素っ頓狂な声を上げた。


「いいの!?」

「ああ、というかそのために用意したもんだし……」


 そう言って、嶺はあおいにチケットを渡す。


「ほんとに!? ありがとう嶺兄!」


 嶺からチケットを受け取ったあおいは嬉しそうな表情でチケットを見つめた。すると、数秒程チケットと睨めっこをしていたあおいから笑みが零れた。


「……ふふ」

「どうした?」

「ううん。なんでない!」


 これを渡すことが今日のメインなら最初から渡してくれればいいのに、とあおいはチケットを見つめながら小さく思った。

 嶺もいろいろ不器用な人間であることを知っているあおいは、余計なことは言わずに、素直に感謝の言葉を口にした。


「ありがとね! 嶺兄!」



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