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変わらないもの


「お邪魔します」


 楠木家に着いて、インターホンのチャイムを鳴らすと「鍵開いてるよー」とインターホンからあおいの元気な声が返ってきた。


 この家の防犯対策どうなってるんだ、思わず晃輔は心の中でそうツッコんだ。

 インターホンを鳴らした人間が良識のある晃輔なのでまだ良かったが、悪意の塊みたいな人が楠木家に近付いたら一体どうするつもりだったのか。


 そんなことを思いながら、晃輔は開いているらしい楠木家の玄関の扉を開けて家の中に入る。

 

「あ! こー兄お帰りー! 待ってたよー!」


 すると、リビングの方に居たあおいがドタバタとこちらに向かって……勢いそのままで飛びかかってきた。


「ぐふっ……!?」


 玄関を入ってすぐあおいに抱き着かれた。まだ途中までしか靴を脱げてない。


「ちょ、あおい! 転ぶって!」

「ほら、こー兄! いくよー!」

「人の話を聞け!!」


 強引にあおいに連れられて晃輔はあおいの部屋に入る。

 女の子の部屋に、しかも年が一つしか離れていないような思春期の子の部屋にこうも簡単に入って良いものなのだろうか。


 前回楠木家(ここ)に来たときはかなり久しぶりだったが、結構覚えているものだなーと思った。

 あおいの部屋に入った二人は、さっそく勉強を始める。椅子に座ったあおいが晃輔に向かって告げた。


「じゃあ、こー兄! お願いします!」

「はいはい」


 こうして、今日の家庭教師の仕事がスタートした。



***



「あれ? そういえば、ななは?」


 あおいの家庭教師を始めてから暫くして、あおいが勉強している横で、晃輔はななの姿が見当たらないことに気が付いた。


 楠木家(ここ)に来てから一回もななのことを見かけてない気がした。

 晃輔が楠木家に来た時にはどうだったんだろうか。


「あぁ、お姉ちゃんは、もう二人(そっち)の家に帰っちゃったよ」


 机に向かって真面目に勉強をしていたあおいは、その手を止めて晃輔の疑問に答える。


「え、そうなんだ……」


 晃輔はもう既にななが家に帰っているということに驚いた。


「なんか、学校で私の家庭教師と幼馴染ってことで話題になったじゃん」

「うん」


 昌平曰く、今日の校内では、その話題で持ちきりだったらしい。

 昌平や希実以外とはほとんど関わらないため、あまり詳しくは知らないが。


「だから、大丈夫だとは思うけど、念のため時間を外したいんだって」

「なるほど」


 ななの言いたいことはよく分かる。もし、晃輔とななが、同じタイミングで、同じ電車に乗って、同じ方向へ帰っていったら……もし、それを見かけた人はどう思うだろうか。


 ななと二人で帰っているところを見られたら、流石にあの二人は何かあるのではないか、そう考えてしまうだろう。

 ただ、ななと一緒の場所に帰っていると思われなければ別に大丈夫だとは思うが。


 最悪、それで一緒に住んでることがバレる危険性がある。それだけは絶対に避けなければならない。

 一緒に住んでいることが他の人にバレると、面倒くさいとか、もうそういう話じゃなくなってくる。


「う〜ん……」

「まぁ、お姉ちゃんの言いたいことはわかるけどね」

 

 あおいは複雑そうな表情でそう告げる。

 あおいはなんだかんだ言いながら、最も晃輔とななを理解しているからこそ二人の心配事が分かるのだろう。


「じゃあ、今日はななはいないのか……」


 ボソッと、いつの間にか晃輔は無意識にそんなことを口にしていた。


「なに〜? そんなにこー兄は、お姉ちゃんと一緒に私の家庭教師したかったの?」


 あおいはニヤニヤしながら晃輔の顔を覗き込む。


「へ?」


 突然そんなことをあおいに言われ、間抜けな顔から間抜けな声が出た。


「こー兄、今なんか寂しそうな、そんな顔してたよー」

「……え?」

「それに、今『今日は、ななはいないのか……』って結構真剣な顔で言ってたよー」

「え」


 晃輔にそんな自覚はない。

 どうやら、無意識に口を開いていたらしく、晃輔は顔を引き締めてあおいに向き直った。


「そんなことよりも、勉強の――」

「はい! 言われた通りのところまで課題やりました!」


 晃輔が勉強の続きを促そうとすると、それをあおいが遮り、課題ができたところまでを晃輔に見せてくる。


「いつの間に……」 

「さっき、こー兄が自分の世界に入り始めたときかな」

「え!?」

「あ、これ、こー兄しばらく戻ってこなさそうだなーって思って、わからないとこ以外は解いておいたよ」


 パッと見、いくつかは合ってるみたいだが、合ってないものもチラホラある。


「お、結構合ってるのもあるな」

「でしょ!」 

「あぁ、でも……間違っているものと空欄の数も割と……」

「まぁ、それは分からないやつだから、こー兄に教えてもらおうと思って。教えてくれるんでしょ?」


 そう言ってあおいは悪戯っぽく笑う。

 こういうところはほんとに変わらないな、と晃輔はそんな事を思った。


「一応、あおいの家庭教師だからな」

「うん! だから教えてね! せーんせい!」


 いつの間にか幼馴染(ななとあおい)の二人のお母さんが帰ってきていて、結局、楠木家の夜ご飯ができるまでの間、晃輔はあおいの家庭教師を続けた。



***



「ねぇねぇ」

「ん? どうした?」


 あおいの家庭教師が終わり支度をして帰ろうとした時に、突然あおいに呼び止められた。

 ご飯の話だろうか、一体何の話だろうと思い首を傾げた。

 

「……ちょっと提案があるんだけど」


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