小さな変化
「ただいまー」
帰りに寄り道したコンビニで、ななとあおいの分のアイスを買い、その買ったアイスは「どうせ、このあとそっち行くから」とあおいに預けた。
「お帰りー」
実家に帰ると嶺が出迎えてくれた。当然両親は居ない。嶺がおかしいのだ。
「……」
「どした?」
嶺は玄関で静止している晃輔に向かって尋ねる。
「……いや、嶺兄さんは働かないのかなーって思って……」
いくら大金が手に入ったとはいえ、ずっと実兄が家に引き篭っているというのは、内情を知っている人ならまだしも、何も知らない人からするとあまり印象がよろしくない。
それこそ、また違った意味で変な噂になりかねない。
「う〜ん……一応、マンション買ったし、別にいいかなーって思ってる」
嶺は立ち止まって答える。
「割とマンションの、入居希望者が多くてさ。まぁ、場所が場所だけに人気なんだろうな。だから、わざわざ働く必要もないだろうし……一旦上がったら?」
「あぁ……」
嶺に促されて晃輔はリビングの方へ向かった。
「あおいの家庭教師まではまだ時間あるんだろ?」
「まぁ」
「なら……ほら」
そう言って、嶺は冷えた緑茶をコップに注ぎ晃輔に手渡す。
「ん。ありがと」
平日のあおいの家庭教師は学校から帰ってお互い少し休んだらやる、という話になっている。
「制服から私服に着替えるから、ちょっと待っていてほしい」と言われたためだ。なので、帰宅してから多少の隙間時間ができる。
喉が乾いていた晃輔は嶺からもらったお茶を一気に飲み干すとキョロキョロと周り……今居る部屋を見渡す。
「どうした?」
「いや……生活は……できてるのか?」
「見ての通りだ」
見たところ、部屋はそれなりに綺麗にされていた。晃輔がいなくてもなんとか生活はできているようだ。
晃輔が感心していると、嶺は興味津々な表情で晃輔に尋ねてきた。
「それより、どうだった?」
「何が?」
「学校だよ。むしろ、それ以外にどうだった? なんて聞かないだろ」
「……」
「……? 何もなかったことはないだろ?」
「疲れた」
「え…………それだけ?」
「それだけ」
何を話そうか考えはしたが、単に答えるのが面倒くさくなった。
「ふ~ん……そっか」
「……?」
「いやー、随分と楽しかったんだなーって、そう思っただけ」
嶺はニヤニヤしながら、晃輔の心を見透かしたように告げる。
「……そろそろ行こうかな」
「え」
いきなり立ち上がった晃輔に嶺は少し驚いているようだが関係ない。
これ以上話してると完全に嶺のペースに巻き込まれる気がする。
「そろそろ行く。ほら」
そう言って晃輔は嶺に自分のスマホの画面を見せる。画面には晃輔とあおいのやり取りが写し出されている。
「あおいから、もう来ても大丈夫だって。お呼ばれされた以上、家庭教師でお金も頂いてるんだし、行かないわけにはいかない」
「それは、まぁ……ご愁傷さま」
「じゃあ、また。どうせ、あおいの家庭教師有る無し関係無く、一回実家に帰ってこないと行けないし」
晃輔は心底面倒くさそうな顔をしてため息をつく。
「大変だなー」
「誰のせいだと?」
まるで他人事のような、めちゃくちゃ棒読みの嶺に思わず強めにツッコんでしまう。
さっきも似たようなことをあおいに言った気がした。
「…………」
「晃輔?」
晃輔が妙な表情をしていることに気付いた嶺が声を掛けてくる。
「いや、何でもない」
そう言って、晃輔はさっさと準備を済ませて玄関のほうへ向かった。
準備と言っても、制服を着直してスマホをポケットに入れるだけだか。
実家には、晃輔のものは多少残っているが、着替えや諸々の生活用品は向こうにある。
「晃輔」
「……?」
「大変だとは思うけど、頑張れよ」
嶺はどこか真剣な表情で晃輔に告げる。ただ、あおいの家庭教師に行くだけなのに、どこにそんな真剣な表情になる必要があるのかはよく分からないが。
「うん、ありがとう」
「……やっぱり少し変わったな、晃輔」
嶺は晃輔には聞こえないぐらいの小さな声で呟く。
「……? なんか言った?」
「いや、なんでも。ただ、少しだけ、前より明るくなった気がするなーって。そう思っただけ」
「そう」
明るくなったのだろうか。晃輔には良く分からない。
「ほら、あおいのとこに家庭教師行くんだろ? 止まってないで行かないと」
「誰が止めてるのかな?」
嶺との話に一区切りがついたので晃輔は玄関の方へ向かう。
晃輔は玄関の扉を開けてリビングにいる嶺に向かって告げた。
「それじゃあ、行ってきます」
そう言って、晃輔は楠木家へ向かった。




