女神の強襲
今日の授業の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響くと、皆一斉に席を立つ。
昨日までゴールデンウィークで休みだったせいか、今日の授業は一つ一つがとても長く感じた。
もしかしたら噂になるかもね、と朝ななに言われてから、質問攻めになる身構えをしていたが特にそういう類の質問は来なかった。
身構え損かもしれないが逆に良かったと思う。
「良かったな、変に質問攻めにされなくて」
「あぁ……」
「楠木さんに感謝しないとな」
「え?」
晃輔は、昌平の言っている意味が分からず小さく首を傾げる。
「楠木さん、なんか誤解を解くために奔走してたぞ」
「ななが?」
「あぁ」
まさか、本当に朝ななの言った通り……ではなくて、結果的に大変なのはどちらかというと晃輔よりななになったらしい。
らしい、と言うのは単に晃輔が何も知らないだけなのだが。
「妹の家庭教師を頼まれてるって、親同士が仲いいからって、晃輔は気づかなかったみたいだけど、結構色んな人が楠木さんに尋ねてたぞ」
「そ……う……なのか?」
晃輔の目がほんの少しだけ大きくなる。その情報は初耳だった。そんなことがあったなんて全然知りもしなかった。
「ああ。その度に晃輔との関係聞かれたみたいだしな。でも結構丁寧に質問を返していたらしい」
「らしい?」
「だってほら、のんはカースト上位集団にいるからさ。あの集団の中にいる以上、そういう情報がこっちに流れてくるんだよ」
そう言って昌平はスマホの画面を晃輔に見せてくる。
画面には昌平と希実のやり取りが写し出されている。
「ご丁寧に、晃輔とは幼馴染だって付け足しながらな」
『また、晃輔とのこと聞かれてるー! もう今日だけで二十回目ぐらいだよー!』
『大変だなー』
『そうだよー。勿論なながね。それにしてもさー、晃輔とななが幼馴染ってこと、私初めて知ったんだけど』
『あれ? 言ってなかったけ?』
『うん! 知らなかった! 逆にしょうちゃんは知ってたの?』
『晃輔から聞いてた』
『えぇー! 裏切り者じゃん』
『裏切り者って……それより、じゃあ、楠木さんは晃輔と幼馴染ってこと言ったんだな』
『そうだねー。まぁ、言わざる負えなかったんだと思うよー』
「まぁ、こんな風にな」
そう言って、昌平はポケットにスマホをしまう。
なるほどな、と晃輔は思った。
ななが噂のせいで奔走していたおかげで、あまり噂らしい噂にはならなかった。
ただ、本当に噂のせいで奔走してたとすれば、かなりの徒労となっただろう。ななには本当に感謝しなければいけない。
「楠木さんに感謝だな」
「あぁ……」
晃輔は机に出ている教科書をバックにしまい帰りの支度を始める。
ななと二人で住んでることは大騒ぎになるかもしれないので、他の人には絶対知られる訳にいかない。
知られると確実に注目され面倒なことになるし、あまり人と関わらず過ごしてきた晃輔からしてみれば絶対避けなければならないことなのだ。
だから別々のタイミングで帰らないといけない。しかも、一緒に住んでることを隠すためのカモフラージュとして、わざわざ一回実家の方へ帰らないと行けない。
そして、ある程度の時間が経ったら今住んでいるマンションに向かう……というとても面倒くさい事をしなくてはならない。
「ところで……」
「ん?」
昌平が何か晃輔に話しかけようと声をかけようとしたところだった。
すると、突然、バンっと扉が勢いよく開けられる。
クラスにいた人たちは、一斉に音のした扉の方へ振り返った。
「お姉ちゃん! こー兄!」
「あおい!?」
「!?」
教室の扉に近かったななの方が、晃輔よりもほんの少し早く反応した。晃輔は窓際にいたため反応が少し遅れた。
「お姉ちゃん! こー兄! 一緒に帰ろー!」
「え!? あれって……」
「勝利の女神の……」
「楠木さんの妹さん!?」
「可愛い〜!」
「でもなんで?」
むしろそれはこっちが聞きたいんだけど、と晃輔は心の中で盛大にツッコむ。
あおいの登場で大騒ぎになりつつある教室を見渡した晃輔が頭を抱えていると、いつの間にかあおいは晃輔の机のところに来ていた。
「やっほー! こー兄!」
突如現れたあおいの登場により、クラスが更にざわめき出す。
「ちょっと! あおい! なんで?」
ななが慌てて晃輔の席に寄ってくる。晃輔はあおいの登場により、ぷちパニック状態になっていた。
「お姉ちゃんたちと一緒に帰ろうと思ってさ! いいでしょ? こー兄も帰ろう!」
あおいは満面の笑みで晃輔に手を差し出す。晃輔はトンデモ暴論を言うあおいに快諾できるわけない。
「だってさ、こー兄」
「だまれ」
昌平があおいの真似をしてからかってくる。
それを見ていたあおいが、なぜか昌平に頭を下げた。
「いつもこー兄がお世話になってます」
「こちらこそ、いつもお世話してます」
ペコリとお互いに頭を下げる。
なんだこの状況。
この不思議な光景に、クラスからはクスクスと笑い声が聞こえる。それとあと……微笑ましい、そんな風な視線を感じる。
色々と言いたいことはあるが、突然晃輔たちのクラスにやって来たあおいをどうにかする必要がある。
「おい、いつからお前の世話になった……いや……それよりも……あおいなんでいきなり……」
「いやー、だって私の家で家庭教師してもらうし、一緒に帰った方が色々と都合がいいでしょ? どうせ、家庭教師の仕事終わったら家で夜ご飯も食べるんだし」
『え!?』
あぁ、なるほど。そういうことか。晃輔はやっとあおいここに来た理由を理解した。
恐らく、あおいは噂になることをわかった上でこんなことをやっているのだろう。
ななとあおい、クラスのアイドルと勝利の女神の二人が公言すれば、恐らく誰も何も言ってこない。そう判断したのだろう。
これをあおいは狙ってやったのかは不明だが。ただ、これで晃輔が楠木家に出入りしても不審に思われることはなくなった。
代わりにとんでもなくドでかい爆弾を投下していったが。
「…………」
ななとあおいは自分の身を削ってまで動いてくれていた。
それに比べて、晃輔は自分の事しか考えてなかった事に強い自己嫌悪を抱いた。




