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休み明けの憂鬱


「なぁ晃輔」


 ゴールデンウィーク明け、授業の準備をしていた晃輔に昌平が話しかけてきた。

 晃輔はあまり人と関わらないため、教室で話すのは大体昌平になる。


「なんだ?」

「楠木さん家行ってるってほんとうか?」

「誰から聞いた?」

「いや、噂になってるぞ。ゴールデンウィーク、晃輔が楠木さんの家に行ってるって」


 これは無理に隠すと逆に詮索されそうだなと思い、晃輔はゴールデンウイーク中に起きたことを少しだけ話した。


「妹のほうにな、家庭教師を頼まれて」


 幸いにも一緒に暮らしていることはまだ知られてないらしい。

 しかし、クラスのアイドルの家に行っているというのは事実なのでどうしようもない。

 晃輔は小さくため息をつくと、朝食時にななが言っていたことを思い出した。

 


***



「私たちが一緒に暮らしていることは相当な事が無ければバレないと思うの」


 朝ご飯のトーストを食べながらななは真面目な表情でそう告げた。


 朝はお互い忙しいので朝ごはんの時を除いてほとんど会話が無い。そのため、こうしてまともに会話ができるのは朝食だけになる。


「それとね、たぶんだけど晃輔が学校で話題になるかもしれない、かも……」

「なんで?」


 晃輔はトーストを食べ終わり、コーヒーを口に含むと小さく首を傾げた。


「あおいが、『こー兄が(うち)に来るのクラスの子に見られちゃったみたい』って言ってて、噂になるんじゃないかな……って」

「…………」


 そう言って、ななは少し申し訳無さそうな顔をする。


「まぁ、仕方ないんじゃないか。実家の方はマンションだし、知り合いもそれなりに多いからな。不可抗力だろ」

「うん……ありがとう。だからね、それを上手く利用しようかなって」

「利用?」


 さっきまでの申し訳無さそうな顔とは違い、ななは突然いたずらっ子のような表情に変わった。

 

「そう、晃輔はちょっと大変かもしれないけど、あおいの家庭教師をしているって言えば、皆そっちの方に興味がいくと思うから」

「変な噂がたつ前に、違う噂でみんなの興味を逸らすってこと? 木を隠すなら森の中的な?」

「うん……まぁちょっと違うけど、似たようなものかな」

 

 確かにちょっと違うとは思ったが、まさかそんなことを考えていたとは思いもよらなかった。


「あおいの家庭教師をやってるって、ちゃんと説明すれば大丈夫だと思う。あおいと晃輔の方で話題になれば、たぶん、どうしてそうなったとか絶対聞かれるはずだから」

「確かに、そうだな」

「で、私たちが相手の納得いく説明して、納得させることができれば、そこで追求を止められると思う。まあ、しばらくは晃輔たちの方に興味が行って大変だとは思うけど、そっちの話題で持ち切りにしておけば、皆そっちの話題に興味が惹かれるから、多分私たちが一緒に暮らしている事に気が付かないと思うの」

「なるほどな」


 晃輔は一生懸命話をするななを見ながら頷く。


「もし仮に……無いとは思うけど同居がバレて理由を聞かれたら、私たちは幼馴染で、両親同士が仲良くて私たちの知らない間に両親同士で勝手に話し合いが進んだって。そう言えば良いと思う。そういう理由なら納得せざる得ないから」

「わ、わかった。でも、そんなんで納得して貰えるのか」


 正直に言ってしまえば少し心配だ。

 ななの隠れファンの集いみたいなのがこの学校にはあるって昌平やあおいから聞いたし、もし聞き分けのない、見境のないような人間だったら素直に信じてくれるとは思えない。


「できると思うわよ。いい? 大事なのは私たちが幼馴染だということ。親同士も仲が良いこと。そして、それで勝手に話が進んじゃうこと。この三つをちゃんと順を追って説明すれば大体の人は納得するから。親が決めたことって言えばそれ以上の追求は普通できないと思うわよ? 流石に」


 ななは、小さくて可愛らしい指で数字を作りながら晃輔にそう告げた。


「わかった。ななの言う通りにする」

「お願いね」



***



 晃輔が朝にななが言っていたことを思い出してると、昌平が口を開いた。


「そっか……大変だなお前も。まぁ頑張れ。アイドルの家に行けてるんだ。他の人からしてみたら相当羨ましい話だけどな」

「うるさい」

「まぁ、でも良かったじゃん。」

「何が?」

「楠木さんと関われるじゃん。関節的にだけど」


 ぺしっと思わず昌平の頭を叩く。


「いて、暴力反対ー!」

「うるさい」

「まぁ、頑張れ。いろんな意味で。もしかしたら質問攻めに合うかもしれないな」


 昌平は可笑しそう笑っている。なんかそれを見ると無性に腹が立ってくる。


「なんか楽しそうだな」

「いやだって、お前もそれぐらいは想定してるだろ」

「まぁ……」

「だろ。じゃあ頑張れ。まぁ、今日一日ぐらい我慢しろ。大変だとは思うけどさ」


 哀れんでるのか楽しんでるのかよくわからない昌平を後にして、晃輔はもうすぐ始まる授業の準備をはじめた。



***



 チャイムが鳴り午前中の授業が終わると、皆は一斉に席を立ち買ってきた物を机の上に出したり、食堂に行ったりなどする。

 晃輔は、今日は登校途中で買ってきているので教室で昼食をとる。


「お、今日は買ってきたんだな」

「ああ」


 コンビニ袋を片手に昌平は近くの椅子を動かして向かいの席に座る。

 あまりクラスの人と関わろうとしない晃輔は、基本的に昼食は昌平と一緒に食べるのだ。


「いつも思うんだが、お前は希実(のぞみ)と食べなくていいのか?」


 登校時に買ってきた焼きそばパンの袋を開けながら晃輔はそう尋ねた。


「ん? あぁ……それはお互いの人間関係というか、なんというか、のんは昼は大体あいつらと食べるから。あいつらとの関わりも大切にしたいんだとさ。どうせ帰りは一緒なわけだしいいかなって。何? 晃輔は俺にあのキラッキラとした中に突入してこいと? というかどうした?」

「そんなことは言ってない、いや、ただ俺と一緒にいるとつまんなくないのかなって思って」

「卑屈だな……相変わらず……俺は別にそんなこと思ってないから。俺が居たいからここに居るわけだし」


 昌平は若干呆れた表情で答える。


「そうか」


 それだけ言って晃輔はパンにかじり付く。


「おや〜? 照れてるの?」

「なんでここにいるんだ」

「なんでってここ私たちの教室だし」


 いつの間にか、昌平の彼女の吉橋希実(よしはしのぞみ)がすぐ側に来ていた。


「しょうちゃんに割り箸貰いに来たの! 別にいいでしょ?」


 そう言って、明るい茶髪をショートカットにしたボーイッシュな少女は昌平から割り箸を貰う。


「そうそう、気になってたんだけど、晃輔ってななの家行ってるの?」

「はぁ? 希実には関係ないだろ」

 

 割り箸を貰うという目的を果たした瞬間、今噂になってるらしい晃輔に興味が移る。


「やっぱのんも気になるか?」

「そりゃーもちろん。関係ないなんて酷いなー。ななは私の大切な友達で、私は晃輔の友達でしょ。そして、しょうちゃんの親友。全然関係あるよ」


 二人共ニヤニヤして晃輔を見てくる。

 何故こういう時だけ息ぴったりになるのだろうか。


「はぁ……妹のほうにな家庭教師をしてるんだよ、頼まれて」

「ふ~ん」

「なんだよ」

「いやー、別にー」


 正直、晃輔は希実が苦手だ。

 希実が、というよりは希実のテンションの高さが苦手だ。


 基本的にあまり人と関わらない晃輔にとって、常にテンションの高い希実とはどこかやりにくい。

 また、希実に絡まれるとだいたいイジられるのが晃輔の小さな悩みのタネでもある。


「そうだ! しょうちゃんと晃輔、私たちと一緒に食べようよ?」

「お断りだ」


 何故、そんな自殺行為に近いことをする必要があるんだか。


 あのカースト上位集団の中にいきなり俺みたいなのが来たら、なんだこいつ、ってなるだろうし、もし、本当に噂になっているのなら目立つような行動は避けるべきだ。


「……即答」

「ゴメンなのん、晃輔の今の状態だと流石に……」

「いいの、いいの! まぁ、気が向いたら来てよ! みんな二人と食べたいって言ってたからさぁ! それじゃあ、しょうちゃんまた後でね!」

「おう!」


 希実は言いたいことだけ言って、笑顔で手を振って廊下の方へ消えていった。


「マジで嵐なみたいなやつだな」

「まー確かにな、でも、あれものんの良いところだぞ」

「うるさいバカップル。それより早く食べよう。昼休み終わる」

「え、いやまだそんな時間」


 昌平は教室に掛けてある時計の方へ振り返る。時間はまだ十二時半を回ったばかりだ。

 午後授業の開始は十三時十分からなのでまだ時間はたっぷりある。


 ただ、晃輔からしてみれば希実を相手するのはとても疲れる。なので一刻も早く補給と休憩をしたい気分なのだ。


「いいから、食べようぜ」


 そう言って、晃輔はさっきまで希実と無駄話をしていたせいで全然を食べれていないパンの続きを食べ始めた。


「お、おぅ……」


 晃輔に気圧されたのか、同じ様に昌平も持ってきたものを食べ始めた。


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