迷惑なお客人
文化祭が開催されてから、三時間が経った。
十時から始まった文化祭は特に問題が起きること無く、順調に時間が進んでいった。
晃輔たちの教室では、最初こそは客の数が多すぎて捌くのに苦労したが、そこからは特に目立った問題は起きなかった。
このまま順調にシフト交代までいけると、晃輔はそう思っていた。
しかし、そう上手くはいかないらしく、ある意味晃輔たちが危惧していた問題が、お昼過ぎ、晃輔たちのシフトが終わる数十分前に起きてしまった。
ななを始めとした容姿が良い人たちが接客している、と言う噂でも流れたのだろうか。
明らかにガラの悪そうな少年が三人、教室内に入ってきた。
少年三人は案内された席に着くと、ぐるりと室内を見渡す。そして、ななを視界に入れるとニヤリと口元を歪ませた。
「すみませ~ん! ちょっといいですか?」
少年の一人がななを指名し呼び止めた。
それで、晃輔を始めとしたクラスメイトたちは一斉に警戒心を高める。
「……はい。ご注文はお決まりでしょうか?」
少年たちに指名されたななは、ちらりと周り見渡して少年たちの席へ向かう。
「………………」
教室内で接客に当たっているスタッフは、ななに何かあってもすぐ動けるようにとあくまで自然に、ななの近くに移動した。
ななを指名した晃輔は首元を見て、スッと目を細めた。更に警戒心を上げると、注意深く少年三人の様子を伺う。
「このコーヒーと、それとサンドウィッチを。お前らは?」
「俺は紅茶だけでいいや」
「俺もコーヒーとサンドウィッチ」
「……畏まりました。少々お待ちください」
下心が窺える不躾な視線と高圧的な態度を取ってくる少年三人に、ななは嘆息する。
すると、少年の一人がななに声を掛けた。
「ねえ、可愛いお嬢さん。この仕事終わったら俺たちと何処か遊びに行かない?」
「……申し訳ございません。まだ仕事がありますので。料理をお持ちするまで暫くお待ちください」
「あ、ちょっと……」
取り付く島もなくななが去って行き、少年の一人は恨めしそうにななに視線を送る。
一連のやり取りを見ていた晃輔は顔が歪みそうになるのを必死に堪えた。いつの間にか店内は静かになっていた。
「チッ」
ナンパに失敗したからか、少年の一人が盛大に舌打ちをする。
そして、他の二人と顔を見合わせてアイコンタクトを交わした。
晃輔は、そのやり取りを見て妙な違和感を覚え警戒を最大限まで引き上げた。
その後、ななと土井が珈琲やサンドウィッチを持ってくるまでは大人しくしていた。
このまま何事もなく終わってほしい。スタッフも店内に居た別の客もそう思っていた。
「おい」
先程ななをナンパしようとして失敗した少年の一人が、怒りの籠った声でななを呼び止める。
「……はい。何でしょうか?」
「さっき注文した紅茶に髪の毛が入っていたんだが? これはどういうことだ?」
「……申し訳ございません。すぐにお取替え致します」
そう言って、ななは紅茶を手にとってその場から退散しようとする。
「ああ? 申し訳ございません。じゃねえだろう。土下座しろよ」
「申し訳ございません。すぐに別の紅茶とお取替え致します」
ななは呆れを隠さずにそう告げる。
そもそもの話、ななと土井が料理を運んだ際、紅茶に髪の毛などは入っていなかった。
晃輔を始めとしたスタッフ全員が見ていたが、ななと土井が少年たちの席を離れた隙に、自身の髪の毛を引っ張って入れていた。
などで、ななは微塵も悪くない。むしろ悪いのは少年たちの方だ。
「さっきからなんだよその態度。お客様は神様だろうが。土下座しろよ。申し訳ございませんでしたって」
そう言って、バンッとテーブルを叩く。
「申し訳ございません。すぐに別の紅茶とお取替え致します」
ななは怯まず、まるでロボットのように同じ台詞を永遠と繰り返す。
「っ! ……いい加減にしろよ!!!」
ななのその態度が気に入らなかったのか、とうとう限界を超えたらしい少年の一人がななに掴みかかろうとした。
「お客様、当店のスタッフに不用意な接触をするのは控えてもらえませんか?」
少年の手がななに伸びた瞬間、素早く晃輔がその間に割り込みその汚い腕を掴んだ。
あくまで温厚に、営業用の笑顔を貼り付けて、表面上、相手を刺激しないように穏やかに注意する。
我慢の限界を超えていたのは晃輔も同じだ。
ななが仕事中だからと無理くり接客をさせて、ナンパが失敗したからといっていちゃもんをつけて罵声を浴びせさせ、最愛の彼女に手を出そうとした。
これだけ重なれば、いくら晃輔でも怒りに火が付く。
そして、晃輔自身も不思議なぐらい冷静だった。
「あ? なんだよお前、手を離せよ」
晃輔の怒気を正面から受けているためか、少年たちが全員怯む。
少年は必死に晃輔から手を離そうとするが、筋トレなどしっかりやっていた晃輔から逃れる事は出来ない。
「それはできかねます。離したところで、また当店のスタッフに手を出されては困りますから」
そう言って、晃輔がより一層強く腕を握ると少年が痛みで顔を顰める。
「くっ……」
「ところでお客様、先程紅茶に髪の毛が入っていたと仰っていましたが、それは本当ですか?」
「あ、ああ。本当だ。だから、クレームを――」
「私には、ご自身の髪の毛を千切って紅茶に入れていたように見えたのですが? それは私の見間違いですか?」
「「「っ……!?」」」
「せっかくですし、他のスタッフにも聞いてみましょうか? あれだけ騒がしかったので、誰かしら見ていると思いますけど……? いかがしますか?」
「っ……!」
淡々とそう告げる晃輔。絶対に逃さないという強い念を込めて少年を見つめる。
するとこれ以上は言い逃れできない、無駄だと分かったのか、少年の腕から力が抜けた。
晃輔から顔を背けた少年に対して、晃輔は新たな言葉の刃を研ぎ澄ます。
「ではもう一つ。お客様方の入校許可証は一体どうされたんですか?」
笑顔を張り付けた晃輔がそう尋ねると、少年たちの顔色が明らかに変わった。
校内では、来場客は入校許可証として、それなりに丈夫な首から下げられるネームカードを身に付ける事になっていた。
こういった人の往来が激しい文化祭では、来場客は必ず、見える位置に身に着けていなければならないのだが、少年三人は所持している様子がない。
少年たちが店内に入って来た時、晃輔は少年たちがネックストラップとネームカードを首から下げていなかった事に強い違和感を感じ、警戒心を最大限まで高め、注意深く少年たちを見ていた。
「そ、それは……」
言い逃れでもする気なのか、そう思った晃輔は握る力を強める。
すると、晃輔には絶対勝てないと悟ったのか観念したよう項垂れた。
「すみませんでした……」
晃輔に腕を掴まれている少年が謝罪する。
「す、すみませんでした……」
「ごめんなさい……」
他の少年二人も晃輔に頭を下げる。
頭を下げるべき相手が違うだろう、と晃輔は少年たち三人を軽く睨んでため息をつく。
「悪いんだけど、誰か先生を呼んできてくれないか?」
「もう呼んでるよ」
「すぐ来ると思う」
「さすが」
流石というべきか、順哉と土井は仕事がはやい。
二人の言う通りに、すぐに近くに居た先生が来て、少年三人を連行していった。
あの三人がどうやって高校へ侵入したのか。
あの三人の目的は一体何だったのか。
気になるところは多いが、これ以上の事は先生の管轄のため、晃輔が考えても仕方ない。
仕方ない、と気持ちを切り替えて爽やかな笑顔を浮かべる。
「お客様方、大変お騒がせいたしました。引き続きお茶をお楽しみください」
晃輔がそう言うと、スタッフや他の客も空気を呼んで、気持ちを切り替えてくれたらしい。
騒ぎになる前までのような雑談が聞こえてきたので、安心する。
「なな、行こっか」
「へ? こ、こうすけ?」
場面がどんどん変化していき、未だ何がなんだか理解しきれていないななを連れて裏手に戻っていった。
***
順哉に許可を貰い、ななを連れて裏手に戻ると、晃輔はななの顔を覗き込んで尋ねた。
「大丈夫だったか?」
「う、うん。大丈夫だった……よ?」
「何で疑問形?」
「本当に大丈夫か?」
「無理すんなよ」
「本当に心配したんだから」
教室での騒ぎを聞きつけて、ななを心配して慌てて戻ってきてくれた泰地や石見たちから優しい言葉が掛けられる。
「う、うん。本当に大丈夫だから。安心して。ちょっとびっくりはしたけど……まぁ何とか。晃輔が私のこと守ってくれたし」
ななはそう言って、先程の事を思いだして嬉しそうに微笑むと、同じ時間のシフトでキッチンを担当しているクラスメイトから受け取ったココアに口をつける。
「…………なんだか、最後はいちゃつきに巻き込まれた気がしたけど」
「ななが大丈夫そうなら良いのかな」
「あはは……」
いちゃついていません、と言おうとしたが、後でイジられるのが目に見えているので晃輔は墓穴を掘らないように口を紡ぐ。
晃輔は墓穴を掘らないように黙りこくってしまい、ななは嬉しそうに微笑んでいる。
騒ぎを知る進行役が居なくなってしまったので、仕方なく泰地が声を上げる。
「ええっと……そろそろシフトも交代だし、ちょっと早いけど、もう二人で遊びにいったらどう? 気分転換も兼ねて」
『たしかに、それが良いと思う』
泰地が提案すると、様子見のために一度裏手に戻って来た順哉と土井、それに昌平、希実、石見、高紘、筋乃、土井の皆が賛成する。
「じゃあ、ちょっと早いけど二人で行っておいで、二人については私たちから説明しておくから」
「ああ。任せろ」
「「ありがとう!」」
皆の優しさを身に沁みて感じ、晃輔とななは心の底から感謝の言葉を伝えた。