試着
「一番最初に藤崎くんに見せたいから連れてきてほしいって」
ななに頼まれた土井たちによって、執事服にに着替えた晃輔はすぐ隣の教室に向かった。
最愛の彼女の希望と気の利く友達によって特別に与えられた時間、晃輔はななが待っているらしい教室の扉の前で立ち止まった。
本来はそれぞれ更衣室で着替える予定だったらしいが、朝早い時間であり、部活で朝練を行っている生徒も居ないので、少しの間教室をお借りしたらしい。
何かものすごい緊張する、扉の前に立った晃輔は一人そう思った。
彼女とは言え、同い年の女子が扉の向こうで、給仕服になって待機している。
この不思議な現状に妙な緊張と気まずさがあり落ち着かない。
晃輔は一呼吸すると、扉を軽くノックする。
すると、教室の方から「入っていいわよ」とどことなく強張った声が聞こえてきた。
ななも緊張しているのか、晃輔はそんな事を思いながらゆっくりと扉を開けると、扉から少し離れた所にななが静かに立っていた。
晃輔はあまり音を立てないようにゆっくりと扉を閉めると、給仕服を着ているななを見つめた。
ななが身に付けている服は、長袖に足首まであるロングスカートのもので、現代要素を取り入れたクラシカルタイプの給仕服だった。
二の腕あたりが空気を含んだように膨らんだ長袖と長い丈の紺地ワンピースにエプロンという組み合わせで、エプロンにフリルはついているものの、見た感じの肌の露出は殆どない。
給仕服にはミニスカートタイプもあるらしいが、今、目の前でななが着用しているのはロングスカートタイプ。
スカートのボリュームを抑えすっきりとした感じにまとまっていて、それがまた、清楚且つ清潔感のある雰囲気を醸し出していた。
「ど、どうかな……?」
「似合ってるよ……正直驚いた」
「そ、そう? それは良かった…………」
晃輔が思った事を率直に述べれば、ななははにかむように笑った。
「何か、梨香子たち曰くまだ微調整が必要らしいんだけど……」
「何処が何でしょうね? 俺にはそれで十分に見えるけど」
「そ、そうよね。私もそう思うんだけど………………どうしたの?」
自分をじっと見つめる晃輔を不思議に思ったのか、ななは小さく首を傾げた。
恐らく無意識だろうその仕草に、晃輔はいつも以上にドキドキさせられる。
「何か変だった?」
「え、いやそうじゃなくて」
「え、えっと……じゃあ、何でそんな無言でじっと見つめるの……?」
可愛くて綺麗なあなたに見惚れてましたからです。
そう自分が思った事を素直に伝えられれば良いのだが、晃輔は何だがそれを言うのが恥ずかし過ぎて言葉に出来なかった。
「いや、別に変とかじゃなくて……本当に似合ってるなって」
「本当に?」
「ああ」
「良かった」
「何か、その……本当にびっくりするほど似合ってるから……何か、他の男子には見せたくないなって……」
自分は一体何を言ってるんだか、晃輔は自分の口から放たれた言葉に半ば呆れ自嘲気味に笑う。
晃輔の口から告げられた言葉を聞いていたななは、どこか嬉しそうな表情でふわりと笑った。
「独占欲?」
「…………そうかもな」
「何で目を逸らすの?」
「とてつもなく恥ずかしいからです。というか、ななはニヤニヤし過ぎだろ」
「いや、そんな事無いよ?」
「頑張って取り繕ってるみたいだけど、声が笑ってるんだよな……」
「………………だって……晃輔から私の初めての彼氏からそんな単語が出てくるとは思わなかったから……」
「…………!」
自分で言ってて恥ずかしくなったのか、徐々にななの頬が朱色に染まりだした。
恥ずかしいなら言わなければ良いのに、と言う晃輔の内心と、同時にななの口から告げられた「初めての彼氏」という言葉に晃輔の心臓が跳ねる。
「……初めての彼氏」
「恥ずかしいから復唱しないでもらえますか?」
「……ちょっと無理かも」
「何でよ」
「…………………………」
「…………………………」
「「ふっ」」
晃輔とななはお互いに顔を見合わせて笑い合う。
「それにしても晃輔の執事服も似合ってるね。凄いカッコいい」
「……そ、そうか。ありがと」
「晃輔?」
「い、いや……何かストレートに褒められてなんか……」
「もしかして照れてる?」
「まさか」
「何で目を逸らすの?」
「気のせいだと思う」
そう言って晃輔が顔を正面に向けると、ななが笑顔のままピシッと固まった。
何事かと思い、晃輔が突然笑顔を貼り付けたまま硬直したななを見つめていると、その白い頬が徐々に赤く染まっていき、晃輔をじっと見つめていたななの目が右往左往に泳ぎ始めた。
「えっと……どうした?」
突然完熟トマトの様に顔が真っ赤になっていくななを見た晃輔は、若干困惑しながらななに尋ねる。すると、ななは必死に晃輔から視線を逸らそうとする。
「いや……その……今、私晃輔とふたりっきりなんだなって……急に意識しちゃって……」
そう言って、ななは恥ずかしそうに呟く。よく見るとななの耳まで赤く染まっていた。
耳まで赤く染まっていくななにつられたのか、晃輔も内側から頬が熱くなるのを感じた。
「…………そうですか」
「…………はい」
ななが目を逸らしたまま器用に頷くため、晃輔まで恥ずかしくなってしまってななを直視出来ない。
「「………………」」
どうしよう恥ずかし過ぎて顔見れない、そんな晃輔とななの心の声がシンクロする。
チクタクチクタクと時計の針の音が教室に響く。
ななのお願いで晃輔とななは特別に教室お借りしているので、いつまでもこうして居るわけにはいかない。
晃輔が勇気を出して前を向くと、全く同じタイミングでななも顔を動かしたらしく、ななと再び目が合った。そして同時に目を逸らした。
本格的にどうしよう、と再び二人の心の声がシンクロした時、トントンと扉を叩く音がした。
「「……!?」」
晃輔とななは誰かが教室の扉を叩く音に驚き、ビクッと体を揺らした。
「ふたりともー? 大丈夫ー?」
扉が開くのと同時に希実の声が聞こえる。
どうやら、あまりにも遅すぎる晃輔たちを心配してわざわざ様子を見に来てくれたらしい。
じゃんけんに負けて代表になった希実が教室の扉を開けると、耳まで真っ赤にした晃輔とななが二人しか居ない教室で至近距離で見つめ合……ってはいなく、何故かお互いに顔を背けているという謎の状況を目撃した。
「……………………どういう状況?」
流石の希実も訳が分からなくて首を傾げた。
最初は状況がよく分からず戸惑っていた希実だが、自分の友達が付き合い初めで両方共初心な事を思い出しニヤリと笑った。そして、敢えて教室の扉を開けっ放しにして泰地たちが居る教室へ向かって叫んだ。
「皆聞いてー! 朝からふたりがねー! いちゃついてたの〜!」
朝から晃輔たちにとって爆弾的な発言をする希実によって我に返った晃輔とななは、これ以上余計な事を言いふらされる前に執事服と給仕服のまま全力で希実を捕まえに行った。




