あおいとお出掛け
翌日の放課後、晃輔は制服のまま学校の最寄り駅に来ていた。
久しぶりにあおいの家庭教師の仕事をしたと思ったら、突然あおいからデートに誘われてしまい、晃輔は戸惑いつつ、ななの了承もあったためあおいの提案を了承した。
「お兄ちゃん! 今日はよろしくね!」
放課後、学校の最寄り駅で晃輔と合流したあおいは心底愉しそうな声で笑った。
「おう、よろしく」
「固いね〜、お兄ちゃん。なんか緊張してる?」
「緊張って言うか……う〜ん……なんて言うんだろうな、何か落ち着かない気分」
「……お姉ちゃんと付き合ってるのに、私とふたりっきりで出かけるから?」
「言い方」
あおいが合流して来たので、晃輔とあおいは揃って駅のホームに向かう。
「でも多分そうでしょ? 大丈夫だよ。気にし過ぎだと思うよ?」
「そうか?」
「うん。だって、ちゃんとお姉ちゃんに話したら許可貰えたじゃん。流石のお姉ちゃんも私以外の女の子とふたりっきりでどっか行くってなったら流石に……だけど」
「それは色んな意味でアウトだろ」
「そうだね。あと、周りの目が気になるんだったらそれも大丈夫だと思うよ? それこそ気にし過ぎだと思う」
「……何で?」
何気に晃輔が最も気にしていた事を当てるあおいの鋭さに驚きつつ、晃輔は尋ねる。
するとあおいはげんなりとした表情に変わった。
「だって、体育祭終わって次の週。朝から手を繋いで登校して、あれだけ周りにお砂糖をばら撒いていたら嫌でも二人が付き合って分かるだろうし……それに、私がお姉ちゃんの妹である事は学校の皆は知ってるし、お兄ちゃんと幼馴染って事も皆知ってるでしょ?」
「仲良し幼馴染で遊んでいる、から大丈夫だと?」
「そ。だからそんなに気にしないで良いと思うよ」
そう言って、あおいは優しく微笑んだ。
駅のホームに着いた晃輔とあおいは、早速 来た電車に乗って目的地へ向かう。
今日はあおいの要望は、屋内型の複合レジャー施設であおいの気が済むまで晃輔と一緒に遊び続ける事。
どこがデートなんだろう、とツッコミたくなるが、今日はあおいの要望に応える日なのでその言葉は飲み込む。
目的地に着いた晃輔とあおいだが、制服のまま遊ぶのはちょっとアレなので、一旦それぞれ持ってきた運動が出来る適当な服に着替えた。
「おー! お兄ちゃんカッコいい!」
「そりゃどーも……あおいはガチだなその格好。本気か?」
「体育祭、全然動けなかったからねー。その分をお兄ちゃんと遊ぶ事で発散する!!」
「……お手柔らかに頼むぞ。死ぬから」
「大丈夫大丈夫! お兄ちゃんなら!」
一体何が大丈夫なのだろう、心の中で思わずそんな事を呟いた。
施設の中に入ると、あおいは目を輝かせる。興奮した様子で晃輔の手を取り、自分が行きたい場所に直進し始めた。
いきなりボウリングから始めて、ダーツ、ローラースケート、テニス、バトミントン、バブルサッカー、キックターゲット。
そして、最後は晃輔の希望で一度はやってみたかったビリヤード。
最後は晃輔の希望でビリヤードをやったが、怪物じみた体力を持つあおいによってとんでもないペースで色々な競技を行った。
因みに晃輔は見事に全敗した。
晃輔はヘトヘトになって休憩スペースで休む。
晃輔が隣を見ると、希望通りの競技を全てこなしたあおいは満足そうに笑っていて、晃輔もつられて表情が緩んだ。
目一杯遊んだ晃輔とあおいが外に出ると、すっかり日も暮れ、見上げると空は真っ暗になっていた。
疲労困憊の晃輔とは違い全然元気なあおいだったが、晃輔を気遣ったのか施設からは真っ直ぐ駅に向かってくれた。
電車に揺られて暫くすると、晃輔やあおいの実家がある駅に到着した。
「……着いた」
「ありがとうお兄ちゃん。わざわざここまで来てくれて」
「別にこれくらい……気にしなくても大丈夫だから」
「……そっか。ねぇお兄ちゃん、少し歩かない? 散歩がてらに」
「そうだな」
電車で座れたお陰で体力が少し回復した晃輔とあおいは、最寄り駅から少し離れた公園に歩いて向かう。
公園の直ぐ近くに設置されている自動販売機の前まで来ると、晃輔とあおいを感知して光った。
『こんばんは。今日もお仕事お疲れ様です』
晃輔とあおいは自動販売機で一本ずつジュースを買う。
「お兄ちゃんは今日楽しめた?」
「楽しかったよ。あおいのお陰だ」
「そっか……良かった」
「ん……ってどうした?」
突然隣居た筈のあおい声が聞こえなくなり心配した晃輔が振り返ると、あおいが自分の胸に手を当てて止まっていた。
「いや何でも…………」
そこであおいは言葉を止める。
「あ、あの……!」
すると、あおいに反応した自動販売機が光った。
『こんばんは。今日もお仕事お疲れ様です』
「………………」
「うん?」
「………………」
「あおい?」
「ううん。ごめんね。何でもないよ」
ふるふると首を振り、あおいは小さく微笑む。
自動販売機の光が消え、月明かりに照らされたあおいは、普段晃輔の知るあおいとは全然違う雰囲気を漂わせていた。
儚く、そして何処か神秘的とも言える雰囲気を纏うあおいに晃輔は息を呑んだ。
「行こっか……あんまり遅いとお姉ちゃんに怒られちゃうだろうし……お兄ちゃんが」
「え、何で俺?」
「ほら、お兄ちゃんはお姉ちゃんのご飯も作ってるでしょ?」
「そうだけど……今日は俺が遅くなるって分かってるから……ご飯はそれぞれって話で……」
「そっか。そうだったね」
「本当にどうした?」
「何でもないよ………………ここまでで良いよお兄ちゃん」
ゆっくりと時間を掛けて公園から移動して来ると、駅が見えてきた。
駅の方に近付いて行くと、あおいは晃輔の方を振り返る。
「大変だとは思うけど、お姉ちゃんの事、よろしくね!」
「ああ。もちろん。ありがとうなあおい」
晃輔が感謝の意味を込めてそう告げると、あおいは小さく微笑んだ。
「うん! それじゃあ! ……今日はありがとう! お兄ちゃん!」
そう言って、あおいは笑顔で大きく手を振り、晃輔に背を向けて歩き出した。
晃輔は、あおいが歩き出したのを確認すると、自分も駅に向かって歩き出した。
晃輔が駅に向かって歩き出し、距離が離れた事を感じたあおいはそこで立ち止まった。
「…………………………大好きだよ。こー兄」
月明かりに照らされた心優しい少女の小さな呟きは、想い人には届かず暗闇の中に溶けるように消えていった。




