久しぶりの家庭教師の時間
結局のところ、晃輔の要望は届かず文化祭における晃輔のクラスの出し物は喫茶店に決まってしまった。
決まってしまったものはもうどうしようも無いので、諦めを含んだため息をついていると教室では昌平たちに散々からかわれた。
「……………………」
「お兄ちゃん、回想タイムは終わった?」
「……回想タイム?」
晃輔の隣でどこか哀れみを含んだ優しい笑みを浮かべるあおいにそう言われ、晃輔は少し戸惑いながら返した。
すると、突然あおいは姿勢を正して晃輔の方を向き直った。
「お兄ちゃん! 久しぶりだけど! 私の家庭教師よろしくお願いします!!」
「お、おう……よろしくお願い……します?」
「何で晃輔まで敬語になってるのよ?」
晃輔の隣にベッタリとくっついているななに呆れた表情でそう言われしまった。
「いや、なんとなく……体が勝手に」
「勝手にって……まぁいいや。始めましょうか」
「いやいや、お姉ちゃん。勝手に始めないで。っていうか、今ツッコミ担当のお兄ちゃんが機能してないから言うけど…………お姉ちゃん何で居るの?」
「……??」
「いや、可愛く首を傾げたってだめだよ!?」
あおいは悲鳴みないな声を上げてななに抗議する。
珍しくあおいがツッコミ側に回る事態に、晃輔は苦笑いした。
晃輔の周りは皆個性豊かな人たちが多く、それ故に、その辺が比較的しっかりしている晃輔やなな、泰地が事態を収拾させるために動く事が多い。
しかし、普段はツッコミ組に入って全体の調整をしてくれる泰地や筋乃は不在。
そして悲しいことに、今日にいたっては晃輔やななも機能しなくなると言う密かにとんでもない事態。
そのせいもあって、あおいがツッコミ側に回ると言う非常に珍しい混沌が起きていた。
「あおいが、珍しくツッコミ側やってる」
「本当にそうね。雪でも降るのかしら」
「誰のせいですか? お二人さん?」
「誰のせいなのかしらね」
「ほとんどお姉ちゃんのせいですけど!?」
あおいは悲鳴に近い声を上げた。
珍しく、あおいがななに振り回されている現状に苦笑いしてしまう晃輔。
「そもそも、お姉ちゃんが急に家に来たせいで、こんな事になってるんでしょ!?」
「……そうなの?」
「さあ?」
「可愛く首を傾げないでください……あと、お兄ちゃんはちゃんと同意してください。今日は私がお兄ちゃんに家庭教師やってもらう日だから、お姉ちゃんは正直いらないんだよ?」
「そお?」
「うん」
「でも、一人より二人でやった方が絶対効率が良いと思う。そう思うよね?」
「まあ、確かに……」
「それはお姉ちゃんがお兄ちゃんと居たいだけでしょ!? あと、お兄ちゃん! お姉ちゃんの言いなりにならないで!」
付き合いだしてから、日が経つにつれてどんどん可愛くなる実姉と自分の想い人のいちゃいちゃを目にして、頭を痛めるあおい。
あおいは、一度大きく深呼吸をして自分を落ち着かせると、晃輔に告げた。
「いいの? お兄ちゃん?」
「何が?」
「いや、何がって……二人でやったりなんかしたら流石に減給されちゃうよ……?」
「流石にそれは無いと思うけど……まぁ、その辺は気を付けるよ」
「そうですか……」
どこか諦めを含んだ目をしたあおいにそう言われてしまい、晃輔は反応に困る。
すると、晃輔の隣に居たななが口を開いた。
「そしたら、そろそろ始めましょうか」
「………………お願いします」
あおいはどこか諦めた様にそう告げる。
もうどうにでもなればいいや、とそんなあおいの心の声が聞こえた気がして晃輔は苦笑いした。
「えっと……それじゃあ、取り敢えず前回の復習からやりますか」
「うん。よろしくお願いします!」
***
「休憩ー! 疲れたー!」
どのぐらいの時間やっていたのだろうか。
晃輔もななもあおいもかなり集中していて、気付いたら結構いい時間になっていた。
「お疲れ様」
「良く頑張ったわね」
「えへへ〜! ありがとう! お姉ちゃん!」
「別に。どういたしまして」
「ふふ」
「何よ」
「何でもない」
若干素っ気なくも、ちゃんと頑張った人に頭を撫でてくれるななを見てあおいは笑みを深めた。
その様子を晃輔が側で見ていると、今度は晃輔に自分の頭を撫でるように要求してきた。
「お兄ちゃんは頭撫でてくれないの?」
「…………」
「ここ最近、お兄ちゃんに頭撫でてもらってないような気がして……だめ?」
大きい瞳を近づけて甘えるような声でそう告げるあおいに、晃輔は少し躊躇う。
許可を得る訳では無いが、ななの方に視線を寄せる。特にこれといった反応を見せなかったため、晃輔があおいの頭を撫でると、ほんの少しなながムスッとした気がしたが、直ぐに元の表情に戻った。
「ありがと!」
「…………おう」
「そういえばさ、お兄ちゃん! 教えるの上手くなったよね!」
「そ、そうか?」
晃輔はチラチラとななの方を気にしながらそう答えた。
「うん!」
「それは、半年近くあおいの家庭教師やってれば多少は教えるの上手くなるでしょ? でも、確かに晃輔人に教えるの上手くなったよね」
ななはそう言いながらすすっと晃輔に近付いてきた。
先程までは仕事をしていたため適切な距離であったが、自然と距離が近くなる。
あまりにも自然に距離が近くなったため、今度はあおいが微妙に複雑そうな表情になった。
「そうか?」
「うん。クラスメイトとかも何人かそう言ってた」
「……う〜ん、自覚無いな」
「…………」
ななにそう言われた晃輔が考え込んでいると、晃輔やななと同じ部屋に居るあおいがジト目になった。
「あの……二人共、私がいるんだよ……? ナチュラルにいちゃつかないでもらえますか」
「「……っ!?」」
ジト目になったあおいにそう言われ、晃輔とななは同時に頬を赤く染める。
あまりにも自然に二人の世界が形成され、あおいはなんとも言えなそうな表情をした。
「ずっと気になってたんだけど……何でお兄ちゃんは今日、そんな心ここにあらずみたいな状態になってるの?」
「それは……ななが……その……」
晃輔は、若干躊躇いながら昨日の夜ななに言われた事をあおいに言って良いか、それをななに確認して、今日晃輔が機能しなくなっている理由を告げた。
晃輔の告白を隣で聞いていたあおいは呆れたように大きくため息をついた。
「……なるほど。それで……」
「お、おう……」
すると、あおいは何やら考え込み始めてしまった。
「………………お兄ちゃん、明日って時間あるよね?」
「まぁ放課後なら。文化祭の準備とかは……まだ大丈夫だよな?」
「細かい所は今日明日で詰めるって言ってたし……大丈夫だとは思うけど」
ななが補足説明をすると、微妙な表情をしていたあおいは突然意を決した様な表情に変わった。
「…………そしたらさ、明日の放課後私とデートしてくれない?」
「…………!?」
「あおい!?」
家庭教師の仕事が一段落ついて休憩している最中、あおいから突然そんな言葉が放たれた。
即座に反応した晃輔と異なり、一瞬反応に遅れたななは驚いた様に目を見開いた。
「お、落ち着いてお姉ちゃん。もちろん、言葉通りの意味じゃないから…………あと、目怖いよ」
「言葉通りの意味じゃないって……どう言う……?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃん、やっと付き合い始めたでしょ?」
「そうね」
「ああ」
「あのね、別に、お兄ちゃんを取ろうって言う訳じゃ無いんだよ? ただ、これから文化祭が始まるし…………お姉ちゃんはお兄ちゃんと長く居られるけど私は一緒には居られないんだよ?」
「それは……」
「そ、れ、に……私、お姉ちゃんにも色々とアドバイスしたよね? 何がとは言わないけど……私結構頑張ったよね? 少しぐらいご褒美あっても良いんじゃないかなーって」
そう言って、あおいは吸い込まれそうな大きな瞳でななをじっと見つめる。
これはあおいのペースに巻き込まれるやつだな、と確信した晃輔が内心そんな事を考える。
すると、晃輔の予想通りと言うべきか、本当は身内に甘いななが考え込み始めた。
「…………そうね。確かにあおいのアドバイスのお陰で晃輔と両想いになれた訳だし……まあ、あおいだし……いいわよ」
「本当に? ありがとう! お姉ちゃん!」
元気な声でそう言いつつ、少し辛そうな表情をするあおいに、晃輔とななは気付かなかった。