小さな不満
「晃輔、大丈夫か?」
クラスの出し物についての話し合いが終わり、黒板の方をじっと眺めていたら、いつの間にか直ぐ側まで近付いてきていた昌平に声を掛けられた。
「……?」
「あれ? 理解してない?」
「?」
昌平の反応で、更にわからなくなった晃輔が首を傾げる。
「最終的にクラスの出し物がメイド喫茶になって、晃輔、結構面白い顔してたから」
「…………そんなに変な顔してたか?」
「してた。よな?」
「してた」
「してたね」
「だな」
いつの間にか晃輔と昌平の直ぐ側まで来ていた泰地たちが、首を縦に振る。
すると、何故か晃輔の席に石見たちまでやって来て晃輔の席の周りが人で埋め尽くされてしまった。
「そうそう。藤崎くん、結構面白い顔してたよ? 向こうから見てたけど」
「そんなにか?」
「はっきり言って、滅茶苦茶不満そうな顔をしてた」
怪訝な顔をした晃輔が尋ねると、泰地と石見は楽しそうに笑った。
「ちょっと笑いそうになったよね」
「ああ。笑っちゃいけないけど、正直……くくっ……」
泰地と石見は不満そうな顔の晃輔を思い出す。
どうやら我慢できなかったらしく、不満そうな顔をしていた晃輔を思い出して笑い出した。
そんなにだったか、と自覚の無い晃輔は首を傾げるばかり。
すると、先程まで先生に呼ばれて教室に居なかったななが晃輔たちに近付いてきた。
「随分楽しそうだったけど、一体何の話してるの?」
晃輔たちに近付いてきたななが不思議そうな顔をしながら尋ねると、希実が答えた。
「ん? 晃輔が面白い反応をしてたからそれについてだよ」
「? 面白い反応って?」
「ああ、晃輔がさっきの出し物決めでーー」
ななの疑問に泰地が答えようとすると、教室の扉がガラッと開いた。
晃輔たちが一斉に音のした扉の方に目を向けると、先生が教室の中に入って来るのが分かり、晃輔たちは慌てて席に着いて授業の準備を始めた。
***
「それで、朝は一体何の話をしていたの?」
お風呂も上がり、後は寝るだけとなった晃輔となな。
二人仲良く並んでソファに座っていると、ななにそう尋ねられた。
「あ、ああ。朝の話か…………何か、皆曰く、メイド喫茶に決まってから俺の顔が面白い顔になっていたと」
「面白い顔……?」
「そ。俺には全く自覚ないんだけどな」
そう言って、晃輔は手をひらひらと振る。
晃輔には全く自覚が無かったが、教室の前に居た泰地や石見には晃輔の表情が変わっていた事に気が付いていたらしい。
晃輔には全く自覚が無いが。
「面白い顔……もしかしてだけど、私がメイド喫茶の服着るのがあまり……ってこと?」
「…………………………」
「ふふ」
晃輔の沈黙を肯定と受け取ったのか、ななは可笑しそうに笑った。
「………ああ、そうだよ。悪いかよ。大好きな彼女がメイド服を着て見世物にされるのは、面白くないし……何より、ななは俺の彼女だしななのメイド服を他の人に見せたくない! ってそう思ったんです!!」
もうどうにでもなれ、と晃輔は半ばやけくそ気味にぶちまけた。
当たり前ではあるが、最愛の彼女が不特定多数の人間の視線に晒されるのは、面白くない。
ななは幼馴染の晃輔から見ても贔屓目無しに可愛いく、人を惹きつけるので嫌でも他の人からの視線が集まる。
百歩譲って、それが好奇の視線だけだったのならまだしも、色欲などが混じった視線などを向けられるのは、はっきり言っていい気分はしない。
晃輔が心の中でそんな事を考えていると、晃輔の不満を聞いたななが満足そうに笑った。
「ふふ。そっかー。晃輔は私のメイド服を他の人に見せたくないんだ」
「悪いかよ」
「ううん。全然。むしろ、ちょっと嬉しい! 晃輔に大切にしてもらってるんだなーって」
「……そうかよ」
「うん! それに、晃輔にもそんな独占欲みたいなものがあったなんて……私知らなかったし」
そう言って、ななはご機嫌そうに笑った。
晃輔は、ななに指摘されて改めて自分が強い独占欲を持っている事に気付き、羞恥で顔を赤らめた。
「晃輔、顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
「…………ななさんって時々小悪魔になりますよね?」
「ん〜?? なんのこと?」
「…………………………」
このまましらを切り通すつもりなのか。
晃輔は抗議の意味を込めてジトッという視線をななにぶつけるが、ななは愉しそうな笑みを浮かべるばかり。
これ以上の追求は無理だと判断した晃輔は、大きくため息をついてソファに深くもたれ掛かった。
「まぁでも、泰地たちがメイド喫茶を取ってこなかったらそれでいいわけだし」
「嫌なの? メイド喫茶」
「別に。ななが良いなら良いんだけど」
「そう。まあ私は……皆のクラスの総意なら別に私はやるよ。それに、メイド服可愛いから一度着てみたかったし……あ、でも一番最初に私のメイド服を見せるのは勿論晃輔だから……覚悟しておいてね?」
「そ、そうですか……お、お手柔らかにお願いします」
今回の文化祭は色んな意味でドキドキするやつだな、と心の中で小さくそう呟いた。
翌朝。朝のホームルームの時に文化祭実行委員である泰地たちと石見から「このクラスは無事喫茶に決まった」との報告があった。




